1話「ある日突然」
「あんたがアイリーン・ミシェラですわね?」
ある日突然私の住む家にやって来たのは見知らぬ女性だった。
可憐な印象を与える目鼻立ちの華やかな人で、一見可愛らしそうなのだが、どこか黒い空気感をまとっているような人物だ。
悪者のような見た目というわけではない。ただまとっているものに悪者感があるというかなんというか。そういったような印象のある女性である。
「ええと、貴女は……」
「わたくしの名はララン! 代々王都で本屋を営む高貴なる家柄のお嬢さまですわ!」
自分のことをお嬢さまと言うなんて……ちょっとおかしな感じね。
「今日はあんたに用事があって来ましたの」
「あの……お知り合いではないですよね」
「そういう問題ではありませんわ! そちらが興味がなくてもこちらは興味がありますの! というより、言いたいことがありますのよ!」
「言いたいこと?」
「ええ! ええ! そういうことですの! わたくし、ずっとずっと我慢して差し上げてきましたけれど……でももうこれ以上は我慢できませんわ! ということで、はっきり言うことにしましたの!」
暫し間があって、ラランは鋭く言い放ってくる。
「あんた! カイールさまから離れなさい!」
まさかの発言に戸惑う。
すぐには状況が呑み込めない。
ただ、カイールという者が誰なのかというのは分からないわけではない。というのも、私の近くにもカイールという人物がいるのだ。あくまで多分、ではあるけれど、彼女が言っているカイールというのは恐らく私が知っている彼のことなのだろう。
カイール・ディボロス――それは私の婚約者の名だ。
「婚約しているからといっていつまでも縋りついてんじゃないわよ!」
「……何を仰っているのですか?」
「カイールさまが愛しているのはわたくしですわ!」
「ええと……すみません、本当に、意味が」
「だ! か! ら! わたくし、カイールさまとそういう仲になっているんですの。あんたはただの婚約者で本命はわたくし、そういうことですわよ! いい加減現実に気づきなさいよ!」
ラランは好き放題強気なことを言ってくる。
でもその発言一つ一つが明日の自分の足を引っ張っている。
婚約者がいる男性に手を出している、そんなことを自ら言ってしまったら後でどうなるか。少し考えれば分かることだろう。ほんの少しでの先のことを考える知能があるなら、普通はそんなことは口から出せないはず。男性との実際の関係がそういうものだとしてもできる限り黙っておくはず。それを敢えて言ってしまうというのは、一体どういう神経をしているのか、と思わずにはいられない。
「ラランさんはカイールと深い仲になっている……というお話ですか」
「そうですわ!」
「……それって、明かして良いことなのですか?」
「もっちろん! 事実ですもの! 本当のことを言って何が悪いの、としか思えませんわね。わたくしは何一つ嘘はついていませんわ!」
彼女は呆れるほど堂々としていた。
「婚約者がいる男性に手を出すとどうなるかご存知ですか?」
「はぁ?」
「貴女がしていることは問題になることです」
「あららぁくっだらない負け惜しみぃ」
「そういう問題ではありません。私は今、貴女から慰謝料を取れる状態です。もし私がその気になれば、貴女は痛い目に遭うことになりますよ」
「はあ? 何よそれ! うっざい! 痛い目に遭うのはあんたでしょ、これから婚約者に捨てられるんだもの」
まだ分からないのか?
どこまで愚かなのか?
敢えてチャンスをちらつかせてあげているのにそれに気づけないなんて……彼女はなぜそんなにも思考力がないのだろう、謎過ぎる。




