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今日は隣に座った本庄さんはいつもと様子が違った。いつもの「気怠そう」というレベルではない。本気で寝不足の顔をしている。
白い肌が、心なしかさらに白く見え、綺麗な二重の目蓋は今にもくっついてしまいそうだ。時折、こくり、こくりと舟を漕ぎ、そのたびに長いまつげが不安げに揺れている。
「本庄さん、大丈夫? すごい眠そうだね」
声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。焦点の合っていない、とろんとした瞳が俺を捉える。
「んー……昨日、徹夜でゲームしてて……」
かろうじて聞き取れるような、か細い声が返ってきた。このSSS級美少女が徹夜でゲーム。学校でのイメージと違いすぎる。
「徹夜で……意外だね……」
本庄さんはハッとした顔をして目を見開く。そして、恥ずかしそうに上目遣いで俺の方を見てきた。
「あっ……す……する時もあるよね?」
「する時も……あるね」
「ふふっ、良かった」
笑うために目を細めた本庄さんはそのまま目を閉じてカクンと寝落ちしそうになっている。
「ふあぁ……新作のリリースと普段やってるやつのイベントとスタミナ消費が重なると忙しすぎる……」
「マルチタスクだねぇ……」
「もうダメ……仮眠したい」
本庄さんはそう宣言すると、人差し指で俺の左肩を、つん、と突いた。その仕草さえ、どこかおぼつかない。
「ねえ、高崎くん。肩、借りれる?」
「え、あ……い、いいけど」
「やった……ありがと」
俺が頷くが早いか、こてん、と本庄さんの頭が、俺の肩に預けられた。
じんわりと伝わってくる体温。鼻息が荒くなっていると思われたくないため、必要以上に力を込めて呼吸を制御してしまう。
「ふぁ〜あ……」
当の本庄さんは俺の肩に頬をすり寄せるようにして、大きなあくびを漏らした。完全にリラックスしきっている。
「でもさ、こういう短い睡眠って、大事なんだって」
「え? そうなの?」
寝不足の張本人が言うと、説得力があるんだかないんだか。
「ん。『パワーナップ』って言うんだけど……。脳の疲労回復には、20分くらいの仮眠が一番効率的なんだって。それ以上寝ると、深い眠り――ノンレム睡眠のステージ3とかに入っちゃって、起きた時だるくなるから」
「へ、へえ。詳しいね……本庄さん、よく寝不足になるから調べたの?」
「や、昨日寝る前に時間かけて調べたんだよね。短い睡眠でも睡眠の効率を上げる方法がないかなって思ってさ。おかげで4時間寝られたところが3時間になった」
「寝る間を惜しんで睡眠の効率を調べるって、本末転倒じゃない? 質より量だよ」
「や、ぐうの音も出ない正論」
「本庄さんはぐうぐう言いながら寝そうだけどね」
「ふはっ……ちょっと笑わせないでよ。寝られなくなるじゃんか」
本庄さんがそう言うので、話すのをやめる。
すると、向こうから「……寝た?」と聞いてきた。
「本庄さん、全然寝る気なくない?」
「そのうち静かになるよ……でさ、高崎くん」
本庄さんが肩に顔をうずめたままくぐもった声で呟く。
「ん、なに?」
「休憩利用なんだけど、いくら?」
「ラブホみたいな料金体系はしてないよ!?」
俺が慌ててツッコむと、本庄さんは「んー……」と唸った。
「じゃ、宿泊素泊まりで」
「だから違うって! なんでそっち方面で考えちゃうの!?」
「ふふっ」
本庄さんは、俺の肩で小さく笑った。その振動が、肩から直接伝わってきて、心臓に悪い。完全にからかわれている。楽しんでるだろ、これ。
「……友達料金で、タダでいいよ」
俺が言葉を絞り出すと、彼女は少しだけ顔を上げた。まだ眠そうな潤んだ瞳がすぐそこにある。その目がいたずらっぽく笑った。
「へえ。じゃ、彼女からはお金取るんだ?」
「それは……未定」
「ふうん? 未定、か」
「いないから未定ってだけだよ」
「ふふっ。開業前だ、開業前」
「開業前なのに素泊まりしにきた輩がいるんですよ」
本庄さんはまたふふっと笑うと反省していない声で「ごめんなさーい」と言った。
「ちなみに、今まで払った人は?」
「え?」
「あ、これはラブホの休憩利用の話じゃなくて、肩の話ね」
「い、いないけど……」
「……ん。よかった」
本庄さんはそう呟くと、心底安心したように再び俺の肩に頭を預け、すーすーと静かな寝息を立て始めた。
……よかった?
良かったの!?
今の「よかった」って、どういう意味だ? 俺に彼女がいないことを確認して……喜んだ? 俺の彼女の有無を気にしてる、とか……? いや、まさか。そんな……自意識過剰だ。
◆
電車が高校の最寄り駅のホームに到着する。人の波に紛れて本庄さんと二人で降り、階段を登る。
本庄さんは小一時間の睡眠でかなり回復したらしいが、寝起きなのもあって気怠そうな目つきで隣を歩いている。
「あ、そうだ。高崎くん」
「何?」
「その……さっき、寝る前に言ってたやつ。彼女の有無を確認したやつ。あれは……だってさ、ほら。あのー……彼女さんに、悪いからね。いたらさ。だから確認した」
「え?」
「や、ほら。その架空の彼女目線だと、他の女が自分の彼氏に甘えてるってことになるわけじゃん?」
本庄さんは早口でそう言ってきた。
「まぁ……架空だけどね」
「私が彼女だったら殺すね、そいつ」
「過激だね!?」
「や、殺すしかないっしょ。彼氏の肩にもたれかかって寝てる女なんてさ」
本庄さんは恐ろしいセリフを、世界一幸せそうな顔で言い放つ。
「あー……そういうことか」
「ん。そういうこと……ってなにが?」
「だから、良かったって言ってたんだね。俺に彼女がいたら、本庄さんは今頃八つ裂きにされてる……と」
本庄さんはずっこけながら苦笑いをして「そうそう。そういうこと」と言った。
「ま……しばらくは毎日でも貸せるから……肩」
俺の言葉に本庄さんは「ありがと」と言い、少しだけ階段を登るペースが早くなる。
先に登りきった本庄さんは振り向きざまに笑顔を向けながら「じゃ、今日も徹夜でゲームできる」と言ってきた。
そこで喜ばれるとは思わなかったな。




