2話 あこがれたもの
「ねーねー、アクト」
いただきますとフォークを手に取ったところでアズサに呼びかけられて、一旦置き直す。
「なに?」
「ずっと思ってたんだけど左利き? この前背負ってるの見た限り剣は右手だったよね?」
鋭い指摘に思わず苦笑いした。キリトとユリも言われてみれば、とアクトの手元を見てくる。
「うん。ただ魔法の利き手は右手だったり、剣はどっちでも使えたりするけど……」
魔法の利き手というのは魔力に指向性を持たせるときに魔力を放つのが得意な手のことを言う。右手の人が多い利き手とは違って左右均等で、アクトのように利き手と違う人や両利きも珍しくない。
そのためか、三人が興味を持ったのはやはり後半の方だった。
「左右で持てるってこと!?」
「えっ、じゃあじゃあ、"真似"とかできるの?」
アズサの興奮気味の言葉に、吹き出してしまう。両手で使えることを言った時点である程度の反応は予想していたが、実際に言われると不思議な気持ちになった。
「そんな簡単じゃないし……見たこともないからわからないよ」
見たこともない、という言葉にユリが本当? といった目を向けてきたが、お互いその会話をキリトたちの前ですることはできない。
「そりゃ、簡単にできるなら騒がれたりしねえだろうけど」
「でもちょっとくらい試したことはあるでしょ」
キラキラとした目で問われてしまうと、こちらも期待している言葉を返したくなってうなずいた。
「まあ、双風と同じで風属性得意だしね」
"真似"される対象を名指ししたことで、アクトから双風へと話がシフトしていく。ここで「本人だ」などと気にせず言えたらおもしろかっただろうに、と柄にもないことを考えてしまう。
二振りの剣を持っているからその目立つ特徴ばかり噂されるが、実のところ剣を使って戦うことはあまりない。考えてみれば直接だれかが噂しているのを耳にしたことはほとんどなかったため、興味半分恐れ半分で三人の会話を聞いていた。
「そういえば最近話聞かなくなったよな」
毎月ギルドに張り出される貢献順位で毎回他者を引き離してトップに君臨することで一気に有名になっていった。
目立つことを嫌がってギルドの中ですら姿を見せなくなったが、当然誰かと接したり目撃されたりすることはあったし、順位は相変わらず双風の独壇場。進んで姿を見せなくなったくらいで人々の双風に対する興味が薄れることはなく、むしろさまざまな尾ひれがついてしまっているようだった。
しかし、五ヵ月ほど前からぱったりと目撃情報やギルドの掲示板の双風の文字は消えたことで、死亡説なんかもとりだたされたそうだ。確かに死んでいたようなものなのだが、三人が大丈夫なのだろうかと話しているのを聞いていると若干の罪悪感を抱いてしまう。
「でもかっこいいよね。あんまり姿見せないって言っても助けられた、みたいな人はたくさんいるし、あたしも助けられたことあるんだ」
「えっ?」
思わず過剰に反応してしまったがほかの二人も興味津々なようで、少しホッとした。
「商屋さんの荷物に混ざって街の移動してたときにね、魔物に襲われてたのを助けてくれた」
貿易商は街の外を移動する都合上最低限の戦闘能力はあるのだが、それでも魔物に襲われて大きな被害が出てしまう事件は後を絶たない。人が移動しているのに気づいたときには魔物に襲われないか任務に支障がでない範囲で気配を追って、アズサの言うように助けることもよくあった。
助けた人が今も元気にしているというのがわかって、少し嬉しくなる。よくではないがそれなりに覚えのあることなので、それでアズサのことを思い出せたわけではないが。
「でもなんで急に消えたんだろうな」
「死んだとはとても思えないけど……消えた理由もわからないよね」
その会話に、思わず目をそらしてサラダを口に運んだ。
「戻ってこないかなぁ」
アズサのつぶやきに、首をかしげる。
「なんで?」
「え? だって……うーん、なんでって言われると難しいな。すごい人じゃん、双風って。そういう人がいるってがんばれるんだよね」
「目標?」
ユリが簡潔にまとめたその言葉に、アズサがそう! とうなずいた。
「絶対双風みたいにはなれないのはわかってるけど、今後……まだなんも考えてないとはいえ魔法使って食べていきたい人間だからさ。憧れなんだよ」
「……そっか」
憧れ、なんて初めて言われたこと。なんて受け入れればいいのかわからなくて、こんな返事しかできない。
「アクトだってそうじゃないの? さっきも話してたけど結構得意な属性とか似てるじゃん」
思わず笑ってしまって、怪訝な顔をするアズサに首を振る。アズサが双風に抱いているイメージと自分があまりにもかけ離れていて、でもなにもかもがうまくいっていればきっとそんな"双風"になれたのだろうと。
「俺はそういう存在にはなれないってわかってるから。とっくのとうに目指すのはやめた」
諦めてしまった今ではそれこそ夢物語で、ごめんねと心の隅で思うことしかできなかった。




