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ハレを望む  作者: 明深 昊
1章『逃げた先』
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6話 夜のとばり

 気配を闇に隠し、守衛の目の前を堂々と通って一昨日校内を歩き回って目星を付けていた場所で弓を引く。

 

 門限は夜の十一時で、今は夜中の二時だ。本来学生が出歩いてはいけない時間帯。事実辺りはしんと静まり返っていて、キリト以外の人影は見えなかった。想像以上にあっさり抜け出してしまえたことに拍子抜けしてしまうが、好都合である以上喜ぶ他ない。

 

「キリト」

 

 しかしながら十分ほどで声をかけられてしまい、見つかったかと頭をかきながら振り返る。怒られると思っていたのだが、イルガの顔は穏やかだった。


「闇の発散か?」


「……まあ。てか隠れてたはずなんですけど」


 やっていることを的確に当てられて驚きつつ、見つかってしまったのが見知った人、なおかつ怒られなかったことで緊張がほぐれる。


「隠れるなら音も隠せないとな」


「いや、音も隠してたつもりなんだけどな……」


 "耳がいい"人を誤魔化すにはまだ未熟だったということか。そう考えると目がいい人には姿が見えてしまうかもしれない。


 まだまだだな、とイルガが笑って先ほどまで矢を打ち込んでいた木の根元に座る。いよいよイルガの考えていることがわからなくなって、とりあえず同じように座った。


「……怒らないんすね」


「お前にとって必要なことだというのは理解しているからな。だからといってこんな時間にやることはないと思うが」


 その言葉に、それもそうだ、とキリトは乾いた笑いを漏らす。


「夜出歩くのが禁止なのはわかってるんですよ。でも、少しは正直でいないとどうにかなっちまいそうで……」


 闇に染まる事に、キリトは恐怖を感じる。しかし同時に、半分許容しないと本当に全て呑まれてしまうのもわかっている。


 いい意味でも悪い意味でも闇に正直であろうとした結果として、あっけらかんとしたキリトの性格は作られた。


 それもイルガはある程度わかっているのだろう。門限を破ったことに対しての罪悪感を感じている様子のないキリトに、それを咎める言葉は口にしない。


 しかし、これを見過ごしてはいけないのがイルガの立場でもある。


「上手く折り合いをつけているようだな」


 素直に言うとキリトは驚いて、少し困惑したような笑顔を見せた。あまり"らしくない"笑顔。


「そう見えます? ならいいんですけど」


 なぜ闇属性の魔法が術者の精神に影響を与えるのかはよくわかっていない。感情の昂りなどが魔力の活性にも繋がるため、元々魔力と精神を同一視する説もある。しかしあくまでも魔力は自分自身のもののはずで、それが本人に影響を与えてしまう理由ははっきりしていない。「闇属性を扱う者は元々の心が悪なのだ」と性悪説を語る者もいるが、賛否両論といったところ。


 だが少なくとも、イルガはキリトが悪であるとは微塵も思っていない。それが伝わったようで、肩の力が抜けたようだった。


「ま、ほどほどにして寮に戻れよ」


「さすがに見つかったのに続けたりはしませんって。おとなしく帰ります」


 そう言って立ち上がり、じゃ、と手を振って寮に歩いていくのを見送る。途中で姿は闇に消え、気配も隠された。夜ということもあってか、その隠密性は見事なもの。


「……今年はうるさいな」


 ぽつりと呟き、イルガも自室に戻るためにその場から姿を消した。




「ただいま戻りました」


「たっだいまー!」


「闇帝、雷帝、おかえりなさい。どうだった?」


 学校の演習に連れ添っていた軍人二人が本部に戻って、黒い髪を後ろで縛った背の高い男――闇帝が偽装魔法を解く。二人の平均的であったはずの魔力レベルが数段跳ね上がり、出迎えた光帝が微笑んだ。


「ほんと、いつ見ても完璧ね。さすがのアクト君でも気づかれなかったでしょ」


「ああ。特にこちらを気にしている様子はなかった」


「クラスの子とも話してたし、思ってたより元気そうだったよ! 魔力も落ち着いてたしこの前副隊長が言っていたみたいな心配はなさそう」


 小柄で少年のような顔立ちの雷帝がねっと闇帝を見上げ、闇帝もうなずく。帝の中でも最年長と最年少の組み合わせ。得意とすることが違うため普段の任務では滅多に顔を合わせないが、闇帝にとってはなんだかんだと弟のようにかわいがっている後輩で、雷帝も兄のように慕っていた。


「というか、思ったより普通の男の子だったね。もっと無機質な感じかと思ってた」


 雷帝の呟きに、実際に話したことがある光帝が苦笑いする。たしかに噂を聞く限りでは強くて淡々と仕事をこなすイメージを持っても仕方がないが、話してみると存外に幼さを残す歳相応の少年だ。


「無機質だったらあんなことにはなってないんじゃないかしらね……まあでも、大丈夫そうならよかった。闇帝、もう一人は?」


 普段なら一般兵が行う学校の試験同行をわざわざ実働部門のトップある帝が行う異例。それには二人の新入生の様子を軍が把握する必要性を感じていたから。


 そのために魔力知覚の強い雷帝と、闇属性を使いこなす稀有な人物である闇帝が選出された。


「ああ。今のところは平気そうだ。魔法も見たけど特に懸念点はなかった。このまま安定すればいいんだが……あの時期は辛いからな」


「それならよかった。担任はイルガさんなんでしょう? あの方なら安心できるわ」


「今日の先生? すごい人なの?」


 常時魔力で耳栓を作っていたようだが、強いていえばといったくらいのことで特別目立った魔力の特徴は見られなかった。しかし雷帝の何倍も顔が広い二人が彼ならと太鼓判をおすのなら、なにかしら理由があるのだろう。


「そっか、らいちゃんは会ったことないのね。簡単に言えば先生に向いているのよ、あの人」


 仕事の話が終わって呼び名がいつものラフなものになる。ピンと来ていない様子の雷帝に、闇帝が苦笑いした。

「ま、プライバシーもあるからこの辺で。らいも知らないところで自分の魔法特性話されたくないだろ」


 そう言われてしまうと雷帝はうなずくことしかできない。今度会ったら聞いてみよ、などと呑気なことを言いながら魔力チェックしてくると部屋を出て行ってしまった。


「珍しい、自分から行くなんて」


「多分娘さんのこと話しに行ったんじゃねえか」


 その言葉に、光帝がえっと声をあげる。


「ユリちゃんも今年入学なの? アクト君と同い歳だったのね」


「……俺もそれはびっくりした。同じクラスってのもずいぶんな偶然だよな」


 元気そうだった? と穏やかな笑みを浮かべながら話を聞く姿が親戚の子どもを愛でるようで、笑いそうになるのをこらえるのに必死になってしまった。

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