5話 手に入れた安心
「よこせ、よこせ」
体の奥からがんがんと悪魔の声が響く。起き上がりたいが体が動かない。それでも夢から浮上できた意識が現実を認識してほっとした。内側から魔力を食いあらし、得たアクトの記憶を見せていたのだろう。
盗れるものがなくなって、まだ豊富に魔力が残っている封印の奥へとずるずると入り込もうとしてくるが、その手前で進めなくなっているようだ。胸の奥がひどく痛む。しかし、その痛みが魔力の場所を教えてくれた。
「ふ、ざけるな……」
封印を解く。一度破壊された魔力に再び晒され、悪魔がアクトの体外へと逃げ出した。体の自由を取り戻して悪魔から距離をとる。
「よこせ――!」
魔力を手に入れ力を取り戻していた悪魔の手がアクトに襲いかかる。しかし、洞窟内であることを無視した光の暴力で一瞬にして消し炭になっていた。
先ほど入り込まれてしまった欠片すら残さぬように。崩れていく洞窟も意に介さず、周囲を激しい光が荒れ狂う。
『アクト』
セトが静かに名前を呼んで頭を冷やしてくれる。
ようやくまともに息を吸えた気がして力が抜け、座って深呼吸を繰り返し魔力を落ち着かせた。封印し直してしばらくしてもさっきのような闇は訪れなくて、ほっと息を吐く。
影ではなく胸の中からセトが出てきて仰け反ってしまう。小さな球の形状から元に戻って、拍子抜けしているアクトに微笑んだ。
「おみごと」
「セトが……守ってくれてたんだろ」
「ああ。だが抵抗できないと考えていた。そのときはあれを中で喰らってやろうと思ってたさ。悪魔は判断をまちがえたな」
その言葉に首をかしげると、不敵な笑みを浮かべてアクトの胸を尖った爪でつつく。
「封印が解かれたあともここに居座っていればまた飲み込むチャンスはあっただろう。悪魔に身を落として獲物の食い方も忘れたらしい。こんな大物を罠にかけたのに」
冗談めかしく語るセトに、少しだけ笑いがもれる。それを見たセトがすまなかったなとつぶやいた。
「あんな残りかすのような状態でアクトの内に入るほどの力があるとは思っていなかった。しんどかっただろ」
外の方から風帝たちが近づいてくる気配がする。どっと安心が押し寄せて、素直にうなずいた。
「悪夢を見たことを忘れさせてやってもいい」
優しい言葉に首を横に振る。きっと、以前の自分ならそうしてもらっていたのだろうけれど。
「アクト!」
風帝と光帝が来て立ち上がろうとすると、無理しないのと光帝に肩を抑えられた。
そのまま目を合わせるようにしゃがんで怪我は? と聞いてくる。
「大丈夫です……」
「セト様が洞窟内に通してくれなくて。助けに行けなくてごめんなさい」
「アクト以外の人間は庇えないからな」
「それは……わかっています。それでも入れてもらえれば外から力を貸すことだってできたかもしれないのに」
再び大丈夫と伝えるとそう、と小さくうなずく。その様子を見ていたセトがそれじゃあ、とアクトの頭を撫でた。
「帰るぞ」
「本当に大丈夫? 軍に連れていこうと思っていたのだけど」
光帝の言葉に首を傾げる。
「なんで?」
「ミルナさんに診てもらったほうがいいだろ、お前」
そう言われて、普段より魔力を消費しているのは確かなのでため息をつく。ミルナを頼るのは気が引けるが、このままだと魔力回復に時間がかかりすぎる。
「そうしてもらっておけ。じゃあな」
セトも同じ考えに至ったのだろう。そう言って姿を消してしまって、他に選択肢がなくなってしまった。
「じゃあ行くか」
風帝の言葉で光帝が軍の医務室に転移してくれて、ミルナがおかえりなさいと出迎える。その様子に戸惑いがなくて、事前に来ることを告げられていたようだった。
「アクト君、久しぶり」
「お久しぶりです」
「じゃあベッドに横になってね。光帝と風帝もお疲れ様。風帝はまだ元気そうだから今日は大丈夫。明後日いらっしゃい」
わかりました、とアクトと風帝がうなずいて、光帝がよろしくお願いしますと頭を下げる。手短にまた、と二人に挨拶して、奥のベッドに腰掛けた。
「ユリたちに全部話したんでしょう? あの子から聞いたよ」
「……はい」
今でもノエルのことまで話してしまったのが、本当によかったかどうかわからない。結局、悪魔に利用されてしまうくらいアクトにとっては嫌な記憶で。
「あんまり気負うんじゃないよ。せっかくそれだけ心を許せる相手ができたんだから、甘えたいだけ甘えればいいの」
そう言って、ミルナがアクトの胸に触れて魔法陣が展開する。まぶたが重くなってきて、慌てて首を横に振った。
「ミルナさん待って、これで寝たくない」
「なに言ってんの、だめだよ。熱ないんだから寝ないと回復しないよ」
そう言いつつ、理由は聞いてやろうと少しだけ出力を弱めてくれる。
「これで寝たら明日起きれない」
「大丈夫大丈夫、先生には連絡しておいてあげるから。悪い夢も見ないよ」
遠慮のなくなった魔法に頭が沈んでいき、横になろうねとされるがままに寝かされた。
「明日、起こして欲しい……」
「学校行きたいの?」
うなずくと、そっかと笑って頭を撫でてくる。
「声はかけてあげるから、起きられたらね」
返事を待たずに寝息を立て始めてしまったアクトにそう告げてから、ふふ、と笑った。
「ずいぶんと素直になっちゃって。おやすみなさい」




