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ハレを望む  作者: 明深 昊
8章『実技試験』
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4話 はじまりの罪

「――――」


 声が聞こえて目が開く。なにも見えない中で一人立たされていて、辺りを見渡した。


 だるさで思考が回らない。どうしてここにいるのだろう。


 人影のようなものが見えて、息を呑む。


「お母さん?」


 追いかける。たどり着けない。


 わからない。なぜここにいて、なぜお母さんがいて。わからない。そもそも、あの人影が本当にお母さんかどうかなんて確証はどこにもないはずで。


「――――」


 相変わらず遠くで声がする。追いかけているそれが発しているのか、はたまた違うところからなのか。


 がむしゃらに歩いていると、唐突にぽっかりと空いた穴にそのまま落下してしまった。



******



 気づけばまた別の場所で立っていた。森の中、周囲はぼんやりとしか見えないが、視線の先に見えた親子に息が詰まる。


 知っている。お母さんは一度魔力量を確かめてみようと父さんが遠くから見守る中二人でここに来て。あそこにいる俺は、このあと。


「やだ……やだ、お願い……いや……」


 目を背けたくても許されず、止めるために駆け寄りたくても足は少しも動かせず。


「いい? アクト。この魔法陣を壊したらきっと、魔力がいっぱい中から出てきてびっくりすると思うの」


「やめて……」


「お母さんがおさえてあげるから、がんばって自分の中に戻すのよ。わかった?」


 "俺"が笑顔でうなずく。俺の言葉はどちらにも届いていなくて。


 このあとの景色は知らない。気づけば自分の部屋で寝かされていて、さっきまで目の前にいたお母さんはいなくなっていた。


 ――いやだ、見たくない。


 お母さんが"俺"の胸に手を当てる。魔法陣が破壊されて、強い魔力が母を。


「……あ、れ」


 "俺"は魔力に意識を乗っ取られることはなく、母が切り刻まれることもなく。


 自分の乱れる呼吸と荒い心臓の音だけが聞こえる。お母さんと"俺"は笑顔で、父さんと兄ちゃんも来て"俺"を褒め始めて。


「ちが……おれ、だって」


 わからない、おかしい。――なにが?


 お母さんが俺を見る。ひゅ、と喉の奥が詰まるように息を止めた俺に、優しい笑顔で手招きした。


「おいで」


 だめだ。だめだだめだだめだ。


 わかっている。これはありえない幻想。手に入れては行けない幸福。


「――――」


 また声が聞こえた。


 お母さんは動けずにいる俺にいつまでも手を差し伸べている。


「アクト」


 俺を呼ぶ声はあの日と変わらず優しい。


 思わず踏み出した足が濡れていて視線が落ちた。


 ――地面が真っ赤に染まっている。さっきまで見ていた家族の姿はどこにもいなくなっている。


「あ」


 視界が歪む。遠のく感覚を戻されるようになにかに押し倒され、周囲の異様な熱にあぁ、と息が漏れる。


 首を押さえながらいくつもの涙を俺に落とす兄の顔は、当時の俺が今まで見たことのないものだった。


「お前の……お前の、せいで」


 俺の部屋が燃えている。それでも兄は俺を燃やすことはなくて、そもそもこの炎だって幻で。首にかけた手だって、苦しいけれどそれ以上ではなくて。


「ごめ……なさい……」


 かすかにつぶやいた俺の声に、兄の手が震えた。さらに強く首を絞められて、息がつまる。


「お前なんか弟じゃない! 許さない、お前のせいで……っ!」


「――――」


 ずっとずっと、耳鳴りのように聞こえる声はなんだろう。ノイズのような声がどこかでずっと。


 暗くて痛くて苦しい世界の中ですがれるものはそれしかなくて、腕を払い除ける。


「人殺し」


 さらに迫る兄の手から逃げるように、あの日と同じように、ベッドの真横にある窓から飛び降りるように落下した。



******



 落ちる。落ちる。真っ暗な景色の中で、ひたすら落ちていく。


 きっとどんなに母が気をつけていても封印を解いた時点で結末は変わらなかった。きっとあのままいても、兄は殺してなんてくれなかった。わかっている、わかっているのに。


 このまま落ちていれば、この夢の中は。


「いいよ」


 その声で目が開く。


「夢ならアクトの望みが叶う。私も一緒にいてあげるよ」


 アズサはそんなこと言わない。わかっている。


「ほら、おいで」


 優しい言葉が俺を引き寄せようとしてくる。手を伸ばせば届く距離。


「――――」


 目の前にいるそれに警鐘を鳴らすように響く声。


「全部を捨てて楽になればいいよ」


 うなる。だめだと知っているのに、そうしてしまおうと考えてしまう自分が恐ろしくて。


「……でも、俺、は……俺が」


 声がかすれる。捨てたって、どうしたって事実は変えられない。


「抱えていかないと、いけないもの……だから」


 微笑んでいた顔が歪む。どうして、と俺に迫ろうとする彼女は、アズサとは似ても似つかない。


「――――」


 再び聞こえた声は少しだけはっきりしていて、その存在を理解することができる。


「セト、助けて……」


「よく言った」


 頭の中のもやが晴れていく。セトの魔力が俺を包んで、ほっとして目を閉じた。


「上げてやる。そうすれば自分でどうにかできるだろう?」

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