2話 農園防衛
風帝の転移で最寄りの町まで転移し、山の麓まで移動する。そこまで標高がある山ではないが、一人ならこのまま目的地まで飛んで行っただろうことを考えると登山は気が滅入ってしまう。飛行魔法は長時間となると魔力消費量が馬鹿にならない。風帝ならまだしもショウもいるのにそんな提案はできなかった。
「それじゃあ行こうか。基本的に俺は見守っているだけにするから、魔物の対処は二人でがんばれよ」
「……全部回避でいいですか」
アクトの言葉に、風帝が苦笑いする。
「いいよ。じゃあアクトが先頭にしようか」
「まあ、大丈夫でしょうけどね」
アクトの想定通り魔物の視界に入らないようにだけ気をつければ、縄張りであろう領域に入っても魔物に襲われるようなことはなかった。ただ、山道を進むのは体力も魔力も奪われる。一時間ごとに小休止を取りながら堅実に進んでいた。
物資転移陣から魔法食を取り出して、風帝とショウにはいと手渡す。風帝は素直に受け取ったものの、ショウに今? と首を傾げられた。
「任務の途中で食ったら無駄に熱出て動きにくくないか? そもそも別に戦ってもないから魔力かなり残ってるぞ」
アクトはそもそもほとんどの魔力を封印しているせいで魔力が減って回復するために熱を出す、といったことはまず起きない。そのせいもあってか今使える分の魔力があとどのくらいあるのかという実感を掴みにくい自覚がある。
「まあ、お前は先食べた方が効果はあるよな」
気づいたら魔力がなくて魔法が使えない事態を何度か経験していて、長い任務だと事前に魔法食を食べることで魔力回復を促すようにしている。風帝の言葉にうなずいて、そっかと一人で納得した。
おそらく風帝も豊富な魔力量で魔力消費の感覚が鈍いだろうし、ショウの方が自然なはずなのだが状況が逆転している。もしかしたら以前イルガに魔法食を渡して拒まれたのもこういった理由かもしれない。
「風帝もですよね」
「だけど俺はほら、今はなにもしてないから。前よりはわかりやすい」
ざっくりと他の人の二倍ほどの魔力があるように見える。それを常に封印しないで扱えるようになるまで、どれだけかかったのだろう。
「そうですか」
なんの話かわからずきょとんとしているショウに、ごめんとだけ声をかけて魔法食をしまった。
「着いたら魔法食のフルコースが待ってるかもしれないけどな」
風帝の言葉を聞いて、たしかにとアクトとショウの二人で目を合わせる。 魔法食は基本的にスナック菓子にマジックリーフが練り込まれた加工品だが、マジックリーフを料理に使用したレストランなども存在するらしい。過剰摂取はよくないだろうが、農園が作るものならその辺りは弁えられているはずだ。
「ちょっと楽しみになってきたかも……」
ショウの言葉に、風帝は笑ってじゃあもうひと踏ん張りと立ち上がる。
「もうすぐ着くと思うからがんばろうか」
開けた山肌一帯がマジックリーフの栽培地となっており、広大な土地のいくつかに魔物避けのための魔法陣が存在していた。近くの魔法陣は特に壊れていなかったが、農地のあちこちが荒らされている。被害の様子を確認していると、農地を管理しているのであろう年配の男性が声をかけてきた。
「ようこそ起こしくださいました。道中大変でしたでしょう。まずは本日お休みいただく離れへご案内します」
「ここの管理はあなたが?」
移動しながら風帝が男性に問う。
「失礼しました。私はコルダと申します。今はほとんど孫夫婦が農地の管理を。仕事の覚えも早くこれで農園は安泰と考えていたのですが、一週間ほど前から魔物の被害が急に増えておりまして……」
孫達は山に住んでいるのもあり魔法にも精通しているそうなのだが、対処しきれず原因もわからないために依頼を出したらしい。
離れと言いつつ基本的な家の機能は備わっており三人分の寝具も用意されていて、用意周到な辺りがなんとかして欲しいという気持ちを表している。
「この中のものは飲食物含めご自由に使っていただいて構いません。魔物は夜の襲撃が多いので、それまではごゆっくりお過ごしください」
夕飯は母屋にお呼びしますと言い残してコルダは向かいの家へと戻って行った。
荷物を下ろして、さて、と風帝が伸びをする。
「作戦会議をしようか。外に出るぞ」
農園をぐるりと一周して、ある程度の被害規模を確認していく。根こそぎ奪われていたり一部のみが引きちぎられていたりと被害の状況は様々で、特定の魔物が襲いに来ているというわけでもないらしい。
「広いですが……魔物は北に集中しているみたいですね」
ショウの言葉に風帝がうなずく。
「魔物の種類に規則性がないのならどこかに指揮をとっている魔物がいるはずだ。北から来ているんだろうが拠点の場所は……」
アクトをちらりと見てきて、首を横に振った。
「知覚の網を広げていますけど、それらしい集団はありません。特別大きな気配もない。恐らく昼は別れて夜に命令を受けて動き出すんでしょうが……上手く隠れてます」
素直に今の探知状況を伝えると、ショウがさすがとつぶやいた。
「今下手に探るよりも何匹かは餌やって逃がした方がいいですね」
そう言うと、風帝は特に被害の大きい北へと目を向ける。
「わかった。北を集中して守っていれば頭のいい魔物が回り込むだろう。そいつらは泳がせよう」
風帝の言葉に、ショウがでもと口ごもる。
「北だけといってもかなりの広さですよ」
「大丈夫、俺もだけど広域魔法ならこいつの十八番だからな。ショウは逃げた魔物を追って巣穴を突き止めて欲しい。明日その巣に攻め込んで親玉を倒して終わりだ」
ショウからすれば楽観的にも見える作戦。しかしショウが離れるのであればアクトもあまり気を使わなくて済むし、単独行動させても下手をすることはないだろう。
納得はいっていない様子だったが、ショウはわかりましたとうなずいた。
夜、寝付いてすぐに不穏な気配で飛び起きる。順番に休む予定だったが結局アクトとショウしか寝ていない。
ばっと戸を開くと、屋根の上で見張りをしていた風帝が降りてきた。
「なんでお前が先に気づくんだ……まあいい、ショウを起こしてこい」
「いや、急に物音したから起きましたけど。どこから来てるんですか」
ショウの問いに、北を見たまま首を横に振った。
「バラバラだと思う。命令した魔物の支配圏にいたのが動いたのかな。風帝、今なら場所追えそうです」
かすかに感じた魔物にここを襲わせるための魔力。転移ができるほどの場所の確定はできていないが、まだ残っている魔力の方へ向かえばたどり着けるはずだ。
「わかった。ショウ、お前が残ってくれ。アクトは場所をつきとめたら戻ってくること。絶対に突っ込むなよ」
一人で倒せそうでもと念話で釘を刺されて、わかりましたと素直にうなずいた。
農園に向かっていると思しき魔物を何体か倒し、十分ほど進んだところで魔力源の洞窟を見つけた。
魔力知覚の深度を強めて目視でとらえてなお中にいるものの実態は掴めず、いよいよ不思議に思えてくる。
『アクト、その先はやめておけ』
入口付近まで近づこうとしてセトに声をかけられて、ぴた、と足を止めた。
『なにがいる? 俺じゃわからない』
『悪魔。戦うなら昼間にお前だけの方がいい。農園にいる二人は足手まといだ』
え、と思わず小さく声が出てしまう。下界から上界へ侵入してしまった魔族が、魔力を満足に得ることができずに魔物へと成り果ててしまった姿。以前セトにはそう聞かされた。アクトはまだ遭遇したことがないが、夢幻荘で何度か悪魔のために討伐隊が組まれたことがあったはず。
戦うなと風帝に釘を刺されているし、今は手を出さないのが得策だろう。
『……わかった、とりあえず戻る』




