5.5話 番外編:いつかの記憶
今日はミューエスの街に納品に行く荷車に乗せてもらって、そのままミューエスと王都にも移動して市場調査。こうして荷物に混ざって移動するのはよくあることで、これまたよくあるイレギュラーに遭遇してしまった。
甲高い鳴き声に見上げると、大型の鳥の魔物が数匹私たちの上空を旋回していた。
「アズサちゃん、隠れてな!」
荷車を魔法具で動かしていた商人の男がそう言って、荷物に被せていた布をとって私に投げ渡してくる。
言われるがまま布を頭から被って、息をひそめるように丸くなった。
魔法の音が響く。大丈夫かなと布の向こう側が気になってしまうが、製品を日光から守るために遮光性が高いもので外側が何も見えない。
私だって魔法は使えるのだから協力しますと言えたらよかったのに、一度こうして隠れてしまうとそれを言い出せる勇気はどこかへと消えてしまった。
急にドン! と大きな音と共に荷車が傾く。体勢を崩して転んでしまい、布が視界から開けた先に見えたのは私よりも二倍も大きい魔物の姿だった。
「やば」
魔物は私の存在を知ってか知らずか、荷車と荷物をまとめて鉤爪でがっしり掴んだまま飛び上がる。逆に傾いて転がり落ちそうになり、なんとか荷車に捕まった。
鉤爪が掴まったところに私がいなかったことを喜ぶべきだろうか。さっきまで戦ってくれていた男は青い顔をして私の名前を呼んでくれている。とはいえ鳥相手に空中戦はするもんじゃない。このまま巣に持ち帰られるくらいなら……めまいがするほど高いけれど、もう飛び降りるか。
勇気を振り絞って足に魔力を貯めていると、唐突に魔物の羽ばたきによる空中浮遊から自由落下に切り替わった。
なにがなんだかわからぬまま空に放り出されて叫び声を上げる。しかし、すぐに誰かの魔力で受け止められ、ゆっくりと地上に降ろされた。
足が震えて力が入らずぺたんと座り込んでしまう。地面には首から真っ二つになった魔物が三体転がっていて、私と同じように魔力によって支えられて荷物たちも少しずつ降りてくる。
困惑したまま大丈夫かと慌てたように聞いてくる男にこくこくとうなずいていると、私を助けてくれた魔力を持つ人が傍に降り立った。
「乱暴ですみません。けがはないですか」
長い剣を二本背負っているのが特徴的で、たしか王都で双風と呼ばれる強い人がいると噂になっていたのを思い出す。フードを目深にかぶっていて顔はよく見えないけれど、想像していたより若い人だ。
「だ、大丈夫です……」
「兄ちゃん、助けてくれてありがとうな!」
男が双風の手を取ってぶんぶんと振り回す。双風は控えめにうなずいて、えっと、と荷物へ目を向けた。
「目的地お伝えいただければ荷物ごと送りますけど……その、すみません。荷車に手を出される前に間に合えばよかったんですけど」
「いやいや、荷物は保険入ってるし、この子も無事だったんだからこれ以上はねぇって」
それなら、と双風は少しだけ微笑みを見せて、私たちをミューエスへと送ってくれた。町に帰ってすごい人に助けられたんだと自慢したのはまた別の話。
******
「どう、思い出した?」
「うーん……荷車を助けるなんて、よくある話すぎてさすがに一つ一つは覚えてない……」
必死に考えてくれているようだがぴんとこないらしい。私としては一生の思い出のつもりだったのに覚えがないなんて、いったいいくつの命が双風によって救われてきたのだろう。
「なんでよー!」
「こんなに話してだめならアクトまじで覚えてないんだろ。何年前の話なんだよ」
「四年前」
「四年前にあったよくある話かぁ……私も覚えてられる自信ないなぁ」
ユリが苦笑いして、アクトが再び四年前……と記憶をひっくり返そうとしてくれる。しかし、やはり心当たりは無いのか首を横に振った。
「本当にごめん」
「いいよ。それでもちゃんとお礼言えたから」
そう言うと、アクトはありがとうとつぶやいた。
「アズサちゃんって四年前でもう市場調査みたいなことしてたの? すごいね」
「市場調査って言えばお小遣いもらえたから」
そう、市場調査とは名ばかりで、実態としてはただ遊びに行っていただけに過ぎない。母もそれは承知だっただろうとは今になって思う。
「ちゃんと売れ筋チェックはしてたよ。そういえばアクトってなんであのときフードかぶってたの?」
「……子どもって思われたくなくて、人と話すときはフードかぶってた」
いや、無理があるだろう。
「割と双風が若いことって噂になってた気がするけどな」
キリトが私の気持ちも代弁してくれて、アクトがえっと聞き返す。
「まあ、背はごまかせないし……」
ユリの言葉にそれはそうだけどと頭を抱えるアクトに思わず笑ってしまった。
「私も話した時あまり歳変わらないなって思ったんだけど……そんなにショック受ける?」
「せめて……四年前だったら十五歳くらいに思われてたかった」
「それは無理」
三人の言葉がほとんど同時に飛び出して、思わず四人で顔を見合せて笑い合う。
まさか同い歳とは思わなかったけどね、と心の中で付け足しておいた。




