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ハレを望む  作者: 明深 昊
7章『双風として』
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5話 終わらない罪滅ぼしに終止符を

「アクト」


 返事がない。


「そっち行くね」


 アクトにも聞こえるんじゃないかというくらいの心臓の音。本能が、魔力が危険だと訴えてくる。事実アクトがその気になれば一瞬で消え去ってしまうのだろう。でも、彼がそんなことはしないとアズサはわかっていた。


 ベッドの側まで来て、縁に腰かける。


「ねぇ、こっち向いてよ」


 ぎゅっと目をつむったまま必死に顔を背けるアクトの不器用な意地の張り方がなぜだかかわいくみえて、そっと頬を撫でた。アクトが起き上がりながらその腕をつかんで顔から引き剥がし、なんで、と涙を流して聞いてくる。


「怖いでしょ。どうして、俺、アズサを殺しちゃうかもしれないのに」


「逆にアクトは……っ」


 泣かないでよ、と言いたいのに目頭が熱くなって。


「そんな昔のアクトの本意じゃなかったことで、私たちに関係がないことで、私たちとの関係を切っていいって、切りたいって、本当に思ってるの?」


「昔のことじゃない……今だって、いつ暴走するかなんてわからない」


「大丈夫だよ」


 根拠なんてどこにもないが、アズサはそう言いきった。


「だって、双風の魔力は私を、沢山の人を救ってる。双風としてがんばっていたのはお母さんのことの負い目からかもしれないけど」


 アクトを説得しないといけないのに自分が泣いてどうすると目を乱暴に拭う。アクトはそんなアズサを困惑した様子で見つめていた。アズサを威圧していた魔力が弱まっていく。


「私を助けてくれた人を、否定しないでよ……私にとって双風は命の恩人で、ヒーローで。アクトは大事な友だちなんだよ。アクトがそうだったように、私もアクトが友だちになってくれてうれしいんだよ。だからさ」


 ぐっと息をのんでからぐしゃぐしゃの顔で笑う。


「お願い。勝手に私たちの気持ちを決めつけていなくならないで」


 アクトにはアズサの言っていることが理解できなかった。


 どうすれば、なんと声をかけたらよいのかわからず、掴んでしまっていた手を離す。しかし、その腕をアズサが引き寄せて抱きしめられた。


「別に自分のこと許せなくていいよ、アクトの気が済むまでその罪を責めればいいよ。でも、だからって自分を殺さないで」


 どこまでもまっすぐに肯定される。これだけのことを話してそれでもと言ってくれるアズサがわからない。アズサがこんな嘘を言わないことくらいはこれまでの付き合いでよくわかっているのに。


「……俺はさ、多分、これからもこの魔力が大嫌いだし」


「うん」


「アズサが信じてくれていることが、信じられない」


 信じたい、ありがとうと言って抱きしめ返したいのに、いつかアズサの信頼を裏切ってしまうのではと。いつか呆れて離れてしまうと、そう考えてしまって涙が止まらずに嗚咽がもれる。


「それでいいよ。それでも私はこれからもアクトと一緒にいたい……断られても一緒にいるから。今みたいにどうしてもしんどいときは考えよう」


「ごめん……」


 絞り出したような謝罪に、アズサは首を横に振って頭を撫でてきた。


「大丈夫、大丈夫だよ」


 どのくらいこうしていただろう。控えめなノック音で、はっとアズサから距離を取った。恥ずかしさと罪悪感で顔が上げられない。


 離れてベッドから降りたアズサがいつものような明るい笑顔でアクトの腕を引く。


「大丈夫。二人も待ってくれてるよ」







 部屋の中でどんな話をしているのかキリトとユリにはわからず、部屋の前で座り込んだ状態でいつ開くかと待ち構えていた。


 アクトの魔力はさっきまでの威圧が嘘のように静かになっていて、アズサがうまくなだめてくれているのだろうというのはわかる。それを見てラルクとリランはなにかあったら呼んで、とここを離れていて、二人きり。


「……キリト君」


「なんだよ」


「私、アズサちゃんと一緒に入るって言えなかった」


 キリトも同じだ。アクトの……双風の魔力に気圧されて、アズサが中に入って扉を閉めてしまうのをただ見ていることしかできなかった。


「これからも……仲よくしてくれたらうれしいって、私が言ったのに。私、怖いって思っちゃって」


 それだけ言って黙ってしまったユリに、拳をきつく握る。


 アクトの気持ちはわかる。今までずっと隠していたことも。抱えていることは決して簡単に片付けられるものではないことも。その上でもう一緒にいられないと考えてしまうことも。


 キリトが気にするなと言っても、きっとそれでもアクトは今まで通りには接してくれないのだろう。部屋に入れなかった時点で、そんなことを言う権利はキリトから失われてしまったように思えた。


 いらいらしてくる感情を抑え込む。あんなことを言うやつはこちらから願い下げだなんて、そんな風に割り切れたら楽だった。


 ……もしかしたら、アクトはそれを望んでいたのかもしれない。


 ぐるぐると思考が回る。今までのらりくらりと生きてきたキリトには、今まで秘密を共有できる相手というものがなかった。明るく振る舞うキリトの周りにはいつも友人がいたが、魔法に秀でていてさらに扱うのが闇属性というだけで初等教育では他の人からひどく距離を感じて。


 一方で、アクトたちと四人で過ごしている日々は忌避されることも、無理に会話を強要されることもなくて心地よく。


 そんな中でこれだけの秘密を打ち明けようと考えてくれたのがうれしかったのに。話してくれてありがとうの一言がすぐに出せたらよかったのに。


 許せない。言うだけ言って逃げてしまったアクトも、追いかけられなかった自分も。アズサの言うように、それはあまりにも"ずるい"だろう。


「でも、俺たちは……」


 独り言のように小さく呟いたキリトに、ユリが顔をあげた。


「アクトから双風のことを、あんなに苦しいと思っている話をしてくれるような存在だったんだろ」


 立ち上がって扉をノックする。なんて声をかけようか、なにも決まっていない。


 すぐに扉は開かなかった。こっちから行動したのはよくなかっただろうか。それでも、このまま座って待っているのは耐えられない。


「キリト君」


 静かだったユリが立ち上がってキリトの裾を掴み、なにか覚悟が決まったような顔でキリトのことを見上げていた。


「突入しよう」


「え、いやさすがに」


 さっきまで泣いていた少女はどこへ、といった様子のユリに、逆にキリトがしり込みしてしまう。


「アクト君のことを、私たちが本当の意味で助けるなんてきっとできないけれど……それでも」


 震えた声で、しかし強い意思で語られる。


「アクト君と、キリト君とアズサちゃんの四人で一緒にいたい。それだけで、いいと思うから」


 その言葉に背中を押され、ドアノブに手をかけようとしたところで示し合わせたように扉が内側へ開いた。


 扉の向こうにいたアクトはひどい顔で。扉の目の前に立っていたキリトとユリを見て少し後ずさり、目線を泳がせる。何度か口を開こうとして一向に切り出さないのを見てユリが一つため息を吐いた。


「ごめんね、アクト君。私……さっきね、怖いって思っちゃって」


 でもね、とアクトがなにか言葉にしようとしたのをさえぎる。


「アクト君ともう、話せないかもって思うほうがずっと怖くて。私たちはアクト君のことを、双風のことを全部わかってあげることはできないんだと思う。でも、でもさ。アクト君が学校で私たちと笑っていたのはきっと本心だったんだよね」


 少し間を開けてからうなずいたアクトに、ユリが笑顔になった。


「それなら、大丈夫。アクト君が今まで通りいられるようにするから」


 今まで通り。アクトが双風だと、抱えていることを知っても、キリトたちができることといえばそのくらいがせいぜいで。


「次、勝手にいなくなるようなことしたら今度こそ一生口聞かないから覚えとけ」


 出てくる言葉は素直じゃなく、自分が自分で嫌になる。でもきっと、アクトも同じだ。目の前から消えたのはきっと本心ではなくて。


「……うん」


 きゅ、と喉を鳴らすような返事に、どこか怖がっているような印象を受けた。なにに対してなのか、キリトが知ることはできないのだろう。


 でもそれでいい。今重要なのはアクトの気持ちではない。キリトもユリもアズサも、こうしてアクトを繋ぎ止めようとしているのはそれぞれのわがままなのだ。


「ありがとう……」


 そう言って小さく微笑んだアクトに、静かに見守っていたアズサがよかったねと笑いかける。二人はどんな会話をしていたのだろう。


「あの、さ」


 アクトがようやく自分から言葉を発して、深呼吸する。


「俺……ちゃんと考える。三人だけ先に帰ってて。学校は……行くから」


 それは恐らく今アクトにできる精一杯で、三人はわかったと受け入れることしかできなかった。



******



「アクト君、来るかな」


「……私たちが早く来すぎだけど。珍しくキリトももう来てるし」


 悪いかよ、とキリトが目を逸らすのを見てアズサはころころと笑った。周りにいるクラスメイトたちはなにも知らずに雑談していて、三人には気にもとめない。


 彼女らが今どれだけ焦燥感に駆られていても教室内はいつもと同じで、三人だけが浮いているように感じてしまう。


「そういえばアズサちゃんは部屋の中でなんの話をしたの?」


「えっ!?」


 いや、と手を横に振る。二人で大泣きしていたなんてとてもじゃないが言えない。アクトの沽券にも関わってしまう。


「大体ユリたちと一緒だよ」


「そっかぁ」


 どうせばれてるな、とユリの返事で気づいた。しかし、無理やりにでも一緒にいる。その気持ちはお互い変わらない。


 少しして教室に入ってきたアクトとばっちり目が合って、傍に来たアクトが緊張した様子で口を開いた。


「……おはよ」


 いつも通り来てくれたことが、声をかけてくれたことがうれしくて抱きしめたくなる気持ちをぐっとこらえる。日常に戻ってきてくれたのだから、こちらもそれに応えないといけないのだ。


「おはよう!」

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