4話 業
「ご迷惑をおかけしました……」
一時間ほどしてキリトが起きてきて、少し所在なさげにユリたちに目を向けた。
「あれ、アクトは?」
「今寝てるよ」
「寝てる? 双風も疲れるんだな」
少しも悪意や嫌味も含まれていない素直な言葉に三人とも笑ってしまう。
「そりゃそうでしょ」
「や、だって……聞く話全部無敵じゃん。実際すごかったけど」
「あんま変な噂話アクトに聞かせてあげないでね」
「あ、すいません……」
ため息をついて、ユリの隣に座る。もう一度大きく息を吐いて考え込んでしまうキリトに、ユリは優しく笑いかけた。
「紅茶飲む? 新しいの持ってきてもらうね」
「ユリとアズサは受け入れたのかよ?」
「受け入れるというか、無理やり飲み下されたというか」
アズサの言葉に、リランが思わず吹き出してしまう。
「そうだね、僕たちもそのつもりで任務に同行させたから。ただアクトが双風なんだと打ち明けても、信じないだろう? まあ人前で無理をさせちゃったけどね」
「無理?」
アズサが聞き返し、リランは少し迷って廊下に通じる扉を一瞥してからうなずいた。
「アクトは僕たちを結界に閉じ込めていたけど、あれはソウルイーターから守るためじゃなくて自分の魔法から守るためだよ。ね、アクト」
「……どこまで」
ちょうどリビングに入ってきたアクトが冷ややかな目でリランを睨む。
「まだ今の話だけだよ」
そうですかとだけ返して、キリトの方へと向き直る。
「キリト、魔力は平気?」
「本当にすまん。もう大丈夫」
「それならよかった」
ほ、と表情を和らげ、改めて隠しててごめんと頭を下げた。
「アクト君はもう大丈夫なの? 起きてくるの早かったけど」
ユリに気遣われて、うなずく。
「キリトが動いたら起きようと思ってたから。任務自体は俺に相性がいいものだったし、怪我も魔力回路も治してもらって元気なくらい」
「やっぱ無敵じゃん……」
先ほどの話を聞いていなかったアクトがきょとんとし、キリトはなんでもないと首を振る。紅茶が届いてキリトとアクトにどうぞ、とユリがすすめてきた。
「お前は、なんで」
なぜ学校にいるのか、なぜ双風なのを隠しているのか、なぜ活動をやめたのか。
様々な疑問が内包された問い。
「……双風はね、キリトたちが思うようなものにはなれないんだよ」
もう今さら隠すことが三人に申し訳がなくて。リランに目を向けると、肩をすくめて優しくほほえんだ。
「アクトの好きなように伝えればいいよ」
少し悩んで、口を開く。
「俺は魔力を扱いきれない。制御を失った魔力は、俺は」
言葉が詰まる。話してしまえと思ったのにぎゅっと心が締め付けられて視界がどこか遠のいていく。
「お母さんを殺してるんだ。本当はこんな風に友だちを作るのも、学校に行くのだって、きっと許されちゃいけない」
顔を見ることができなかった。もうこうやって話せることもないかもしれない。こんなことを打ち明けて得することなんてなにもないのに。
いつかセトが言ったように、彼らの中の双風という偶像をそのままにとっておくことだってできたはず。
「俺は……友だちと仲良くする権利なんて、ないんだよ」
それでも、これ以上嘘をつき続けることが苦痛だった。なんと声をかければいいのかわからない様子の三人に、アクトが泣きそうな顔で苦笑いを浮かべる。
「ごめん、ごめんね……」
それだけ言い残してアクトが姿を消してしまい、居心地の悪い沈黙が流れる。それを破ったのはリランだった。
「アクトの名誉のために言っておくとね。暴走は想定していない事故だったんだよ。アクトの意思ではなかったし、防げるものではなかった」
「それは、アクト……悪くないんじゃ」
アズサの言葉に、リランは優しくうなずく。
「悪くないよ。でもね、アクトの魔力のせいで母は死んでしまった。それは事実で、アクトが追い詰められる理由には充分」
『リラン、アクトだけ戻ってきてるが』
『ギルドに帰ったのか。あとで三人も連れていくからそのままそっとしておいて』
一つため息をついて、先ほどまでのアクトの言動を思い返した。あれだけ勇気を出しておきながら、相手の返答を待たずに意思疎通を拒否するのは人と関わることを頑なに避けていた双風時代に逆戻りしてしまったよう。
「双風としての活躍は罪滅ぼしのため。最初の理由は確かに褒められたものではないかもしれないけれどね、僕やラルクとしてはもう少し前を向いてほしい。そのきっかけに君たちはなれると信じているんだ。僕やラルクじゃ、助けてあげられない」
「……俺たちが、双風を?」
キリトの言葉に、アズサは首を横に振った。
「今まで私たちといたアクトも、私を救ってくれた双風も、過去の罪に囚われてる双風も、全部アクトだよ」
それを聞いてリランが優しくほほえむ。本当にいい友人を持ったものだ。
「それを本人に伝えてあげて。ギルドにいるようだから行こうか」
ギルドの執務室へ転移してくると、ラルクは来たかと立ち上がった。
「こっちだよ。今、話せる状況じゃなさそうだけど」
案内されなくても隠すことをやめた強い魔力が渦巻いていて、アクトがどこにいるかはよくわかる。
部屋をすっぽり覆うようにアクトの魔力が満ちていて、来るなと言外に伝えているようだった。
「話すだけ話して逃げるなんてずるいよ」
そう言うアズサの顔は覚悟が決まっていて、魔力のことも意に介さず扉を開く。
アクトはベッドに横になっていて、扉に背を向けたままなにもアクションを示さない。アズサが一つため息をついて魔力の満ちる部屋に足を踏み入れた。それに驚いて身動ぎしたもののさらに圧を強めてきて、さすがに嫌な汗が出てくる。
「アズサちゃん……」
「二人は待ってて」
心配そうに声をかけてきたユリにそう言って、少し迷ってから扉を閉めた。




