3話 かわらないもの
アズサと二人残されて、ただ横並びで座ったまま時間が過ぎる。こういうときなんて言えばいいのだろう。謝ればいい話ではない。いっそキリトがしたように思いのまま怒り殴ってくれた方が楽だった。
「……失望したよね」
「なんでさ?」
「アズサは……双風がこんなのだって知ったら、きっと残念がるだろうと思って」
そう言うと、アズサはははっと笑って首を横に振る。
「まさか。むしろ想像以上にすごすぎて驚いてるよ」
「そう……」
「てか! アクトがあのとき助けてくれたってことなんだよね。前に双風に助けてもらったんだって話したの覚えてる?」
どこまでも明るく双風であることを肯定してくれるアズサに心が軽くなるような、ほっとするような気がして、ようやくアクトも少し笑みを見せた。
「うん。その出来事そのものは詳しく覚えてないけど」
「ありがとう。私、アクトのおかげで今を生きてる。恩人にちゃんとお礼が言えてよかった」
アクトのおかげで生きている、そんなふうに感謝を向けられるのは初めてで。
黙ってしまったアクトにどうしたのと尋ねてくるアズサに謝って、違うとすぐに首を横に振った。
「アズサ」
「ん?」
「ありがとう」
その言葉にアズサはますます困惑した様子で、優しくなぜと聞いてくる。
「……双風は、アズサが思っているようなキラキラした存在じゃなかったから」
それだけ伝えて、立ち上がってアズサに向き直った。
「アズサは、これからも友だちでいてくれる?」
震えた声に、アズサも立ち上がっていつもの笑顔を見せてうなずく。
「別に双風ってわかってもアクトはアクトだよ。キリトもわかってくれるさ」
行くんでしょ? と先行して歩き始めたアズサを慌てて追いかけた。
キリトはユリに膝枕される形で静かに寝息をたてていて、ユリが優しくその頭を撫でている。二人に気づいて顔を上げ、少し困ったように微笑んだ。
「二人にしてくれてありがとう。すぐ戻れなくてごめんね」
「問題ないさ。こっちも話せてよかったし。キリトは?」
「少し休ませてるだけだから平気だよ」
休ませている、という言葉でまだ微弱に手に先程の魔法が宿っているのに気づいて、さすがだなと笑う。
「ね、アクト君」
「うん」
「私、私は……話してくれてうれしかったよ。打ち明けてくれて」
「……うん」
「聞きたいことたくさんあるけど、でも、うん。これからも今までと同じように仲よくしてくれるなら、なんでもいいや」
えへへ、と笑ってユリはキリトにかけていた魔法を中断した。きっとその言葉がアクトにとってどれだけ救われるものなのかわかってはいないのだろう。
「あまりここにいてもよくないよね。お父さんは?」
「先に帰ってるから、転移で」
「ユリにって言われてたでしょ! ユリ、これで転移できる?」
問答無用でアクトの左腕を取って、ユリに魔法陣を見せる。リランのものだと気づいたのか、もちろんとうなずいた。
「アクト君疲れてるもんね」
「本当にこれくらいは……」
「さっきキリト君を落ち着かせたとき、アクト君も巻き込んじゃったよね? この魔法、魔力回路も休ませるものだからあんまりあのあとは魔力使わない方がいいよ」
その言葉はミルナの面影が強く、この手のことで散々迷惑をかけてきた手前、こう言われてしまうともうアクトには従うことしかできない。
しぶしぶとしゃがんで手を差し出し、ユリはいい子、とつぶやいて魔法陣に触れた。
「ユリ、本当にミルナさんに似てるね……」
ギルドではなくサガルト家のリビングに転移してきて、リランに出迎えられる。ユリに転移を使わせる前提で転移場所を選んだのだろう。横たわっているキリトに気づいて額に手を触れ、特に問題ないことを判断したのかほっとした様子で抱き上げた。
「ちゃんとユリに使わせたね、よかった。四人ともおかえりなさい。キリト君は僕が部屋に寝かせてくるから三人も休んでて」
リランが部屋を離れ、気まずい沈黙が訪れる。ひとまず椅子に座るかと立ち上がろうとするとユリに止められ、魔力回路の治癒魔法が展開された。
「前から思ってたけど、アクト君魔力回路に負担かけすぎだよ」
「待ってこれ、ユリ」
「おやすみ、アクト君」
アクトを包む光はミルナからもよくしてもらっていたもの。魔法の使い方が雑だと小言を言われながら、優しい光はいつも……。
力が抜けたアクトをゆっくり横たえて、ユリは満足気にうなずいた。
「眠らせたの?」
「魔力回路を治すのは簡単だけど、こういうときは疲労も溜まってるから。ちゃんと体を休めて回復したいなら暖かくして寝るのが一番なんだよ。本当に嫌なら私の力じゃ寝ないだろうし、素直に眠ってくれてよかった」
魔法で持ち上げてソファに寝かせて、二人でダイニングテーブルに腰かける。
「……アズサちゃん、なにか持って来てもらうけど、紅茶でいい?」
「あ、もちろん」
優しく微笑んで、テーブルの端に埋め込まれた魔法陣に触れた。
「紅茶を持ってきてもらえますか? カップは二つお願いします」
使用人という概念が小さなアズサの家にはなく、はーと関心してしまう。
「……ね、ユリはさ」
「なあに?」
「アクトが双風ってこと、気づいてた?」
考えてみればアクトが双風だと気づくような話は何度かされていた。風属性が得意で双風が所属する幻光の息子で、剣を両手で扱えて、二本持っていて。双風だなんて考えもしなかったのは、それだけ"双風"という存在が積み上げてきた功績が大きいから。アズサが知っていたアクトではそれをこなせるようには見えない。
ただ、アクトとユリは家族同士が旧知の仲。アズサたちが知らなかったことや気づかなかったことを知りえていた可能性もある。
「さすがにわからないよ……普段の魔力も特徴的だし強いけど、別に私たちからかけ離れてるとまでは感じないし。でもアクト君が双風って言われて腑に落ちたことも色々あって」
運ばれてきた紅茶をティーポットからていねいにカップに注いで、だからね、と一人つぶやくように続けた。
「気づいてはいなかったけど、ああそうなんだな、とは」
剣士族として広く表舞台に立つリランならまだしも、軍で公務に忙しいハルマとすら仲が良く剣まで仕立てているなんて幻光の子ども、くらいでは無理な話だ。父や兄、幻光が彼の実力を強く認めている様子なのもユリの知っていたアクトの魔法では過大評価に見えて、今回のことですっぽりとその違和感を埋められたような。
「そっか……アクト、双風なんだ」
アズサはそう言って、紅茶を口に含む。ちょっと苦い大人の味。
「あ、お砂糖いる? ごめんね、聞けばよかった」
色々なことを考えていながら人の気をつかえるユリはやはりすごいんだな、などと自分の思考から逃げてしまう。
「どうしたの?」
普段思ったことを素直に口にするアズサらしくない態度に首をかしげると、いや、と歯切れの悪い言葉が帰ってきた。
「あんなすごいの見せられて、さっき二人でいたときは興奮もあって双風なんだ! ってアクトと話してたけどさ。やっぱり少し現実味がなくて。だって双風ってわかったあとも、アクトはアクトでしかなくて……てか、あの魔力どうなってんの……」
「別にアクト君はアクト君だよ」
それはわかってるんだけどさ、とアズサ自身ももなにを言いたいのかわからなくなってしまう。
「魔力は……きっとあれだけのものをずっと扱ってるのはしんどいんじゃないかな。多分いつも使ってるくらいの魔力量がちょうどいいんだと思う」
「あれを見ただけでそこまで考えられるのはさすがだね」
リランが戻ってきて、紅茶で一息ついているのをみて棚からクッキー缶を出してくる。
「アクトは……ユリが寝かせたのか」
「うん、かなり激しく魔法使ってたし……」
ユリの言葉にリランは笑って、そうだねとうなずいた。
「あのくらいならこのあともけろっとしてただろうけど、大人しく言うこと聞いたのか。アクトもベッドに運んでくるね」
「けろっと……」
アズサのうそでしょ、というかのようなつぶやきにリランは苦笑いしつつ、缶を開けてテーブルの真ん中に置いた。
缶の中身は色んな種類のアソートになっていて、アズサがおいしそうと思わずつぶやく。
「ここのお店ケーキもおいしいんだよ。学校からそんなに遠くないから今度みんなで行こうよ」
「……めっちゃ行く」
目を輝かせたアズサに、ユリはうん、と満開の笑顔を見せた。




