2話 大聖堂
大聖堂に着くと入口前でキリトとアズサが長い青髪の女性となにか話していて、ユリがぱっと顔を明るくして駆け寄った。
「ロー……あっ、ごめんなさい」
ふいに口をつぐんだユリに、女性は大丈夫と微笑む。
「ユリちゃん、お久しぶりですね。ここではローザと名乗ることを許されてますので気にしないでください」
アクトも目が合って、はじめましてと挨拶を交わす。
「アクト・ストードです」
「大聖堂へようこそいらっしゃいました。ローザ・エルワインと申します」
丁寧な所作は大聖堂の神官としてふさわしい振る舞いで、ユリと親しげなのも含めて軍の関係者であることがうかがえた。
「ユリ、なんでローザさんと知り合いなの?」
アズサが首をかしげて、ユリが知り合いもなにも、と言いよどむ。
「小さいときからお世話になってたんだけど……えっと、話して大丈夫?」
「もちろん。というより、私からご挨拶しないといけないですよね」
そう言って、聖堂に勤める者の正装である黒の長いワンピースの裾を掴んで膝を折る。
「半年ほど前に水帝の位を賜りました。とはいえ、仕事はほとんど従来通りですし、変わらずローザとして接してください」
「水帝!?」
キリトの声が裏返り、そうだよとユリが苦笑い。
「ローザさん、今王都の結界をほとんど一人で維持してるすごい人なんだよ」
「維持と言っても、三日に一度魔法陣を起動し直しているだけですけれどね。魔力は聖域に満ちているものを利用していますし。水帝に選んでいただいたのもタイミングの話ですよ」
そう言いつつも、王都を守る要と言える人物ということ。水帝に選ばれる理由には足るものだ。
本来帝の位を持つ者は公では帝位のみを名乗っているはずだが、ローザはそれよりも大聖堂の神官としての立場を優先させているのだろう。
「でも結局二人足りてない状況で候補に挙がった人の中から選ばれたのはローザさんだけでしょ?」
帝は七人が基本だが、ハルマが副隊長となったタイミングで六人体制になってから三年経っていた状況。さらに今回ハルマの昇進で火帝だったユウトが副隊長後任に推薦され二人空位になることで、大きな選定会議があったという。この辺りはユウトが副隊長になることをラルクから報告を受けたときに聞いた話だ。
「俺失礼なことしてた気がする……」
キリトのつぶやきに、アズサがなにしたのとからかうように聞いてくる。
「いや、ここに来るようになったときここや王都のこと色々教えてくれたのがローザさんでさ、俺のくだらない話とかも聞いてもらってたから……」
「大丈夫ですよ。帝としてみなさんの生活の様子を知るのも仕事なので。実はキリトさんからアズサさんやアクトさんのお話も聞いていましたから、お会いできてうれしいです」
水帝ならばアクトと双風が同一人物だと知っているはず。キリトからの話で聞いていないからとそっとしておいてくれているのだろう。
「今日はなぜお揃いで?」
キリトがここに行くと言い始める前にみんなでお昼を食べようとしていた話をすると、ローザはなるほどとうなずいた。
「その説はご迷惑をおかけしました。実は、陛下が神からの神託を受けたんです。降臨なされる折、様々な準備とそのあとも儀式が続いていて……ようやく通常運営に戻ったところでした」
「え、それ聞いていいんですか」
キリトの当然の疑問に、ローザがもちろんとうなずく。神が実在するだなんて考えたこともない。アクトたちも驚いている様子に、ローザはふふ、と笑った。
「むしろ、今が一番神からのご加護をいただけるのではと、信託の噂を聞いた方々がいらしていますよ。なにせ、記録では約二百年ぶりのことのようですので」
「二百年! どんな内容だったんですか?」
思わず大聖堂を仰ぎみたアズサがそう聞くと、ローザはさぁと首を傾げた。
「私にはまだなにも。必要なときに話すべき方にはお話されるかとは思いますが……」
もしローザが内容を把握していたとしても一般人に過ぎない四人には同じ返答をしていただろう。
「長々立ち話をさせてしまってすみません。まだ暑いですから、中で涼んでいってください」
大聖堂は三階くらいまでの高さが吹き抜けになっていて、天井付近の壁に設置されたステンドグラスが太陽の光できらきらと室内を照らしている。多くの人が並べられた長椅子に座って談笑したり祈りを捧げていて、一番奥の女神像がそれを見守っているようだった。
中に満ちる魔力は暖かく、四人で横並びで座ってほっと息を吐く。
「初めて来たけどすごいね」
アズサの言葉にうなずいた。
「懐かしい気持ちになる」
そうつぶやくと、アズサに懐かしい? と首を傾げられる。言葉が違っただろうか。
「落ち着く魔力だからそう感じるのかもね」
「なるほど……」
アクトの気持ちを代弁してくれたユリの言葉に納得しつつ、それでもやはり落ち着くというよりは懐かしさによる安心感のようなものがあって、目を閉じて深呼吸する。
「アクトもユリも王都育ちだし、ここには来たことあるの?」
ユリはもちろんとうなずいたが、アクトは幼いころに一度来たことがあるくらいでいつも隣接している軍の方にばかり出入りしていた。
「俺は覚えてるのは一回だけ」
「だろうな」
だろうなってなんだよと笑う。
「いや、あんまりこういうところに来てるイメージはないからさ」
「まぁ、そうだけど」
「いいところなんだけどね」
ユリの言葉に、もちろんとうなずいた。この安らぎがキリトや他の誰かの心の安定に繋がっているのはすばらしいこと。
「聖域のおかげで王都や他の街は守られているんだし、こうやって憩いの場になっているのもすごいと思うよ」
それでもアクトにとっては神に祈りを捧げたところでなにも変わらない。この中に満ちる神聖な空気がアクトの心を軽くしても、それは逃避となんら違いはないのだから。
「大事な場所だというのも理解できる。来る理由があまりなかっただけ」
そんなことを話すアクトのことも、大聖堂の魔力は優しく包み込む。この救いが双風の意味を奪われてしまいそうで寄り付かなくなったことを思い出し、ため息をつく。もうそれに意固地になってすがり付かなくなった今、少しだけ素直に魔力を取り込むことができる気がした。




