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ハレを望む  作者: 明深 昊
6章『とくべつ』
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6話 夢

「ハルー!」


 修練室に入ってハルマの元へ駆け込むと、優しく抱きとめ頭を撫でられた。


「お母ちゃん置いてきちゃったのか? 悪い子だなぁ」


「もうすぐ来るよ! それより早くやろ!」


 木刀を手渡され、両手で前に構え魔力を全身と木刀へ回す。


 一気に切り込むが楽々といなされて、カウンターにどうにか剣を差し込んで受けた衝撃をそのまま後ろへ飛ばされることで受け流した。


 許可されているのは魔力強化だけ。ハルマは魔力強化すらしていない。ハンデをつけてもらってなお歯が立たないのが悔しくて、今日は一つとっておきを用意している。


 その機会をうかがいながらハルマの剣をどうにかさばいてアクトも攻撃を行うが、木刀が弾かれて手から離れてしまう。


 勝負ありと迫る木刀をしゃがんでかわし、左手に転移させた木刀をハルマの首元に突きつけた。


「っ!」


「勝った……!」


 呆然としているハルマを他所に、アクトは母であるノエルの元へかけよった。


「お母さん! 勝ったよ!」


「ふふ、見てた。大成功ね」


 アクトが持っていた木刀と転移させた木刀は別物。ハルマは困惑しながら頭をかいて二人へと近寄ってきた。


「いつのまに転移なんて覚えたんだ」


 ノエルが微笑んで、木刀とアクトの左手の掌をみせる。そこにはそれぞれ魔法陣が書いてあり、対象の物品をその場所に転移させるもの。限定的だが奇襲という意味ではたしかに大成功と言えるだろう。


 ハルマは大きくため息をついて、得意げにしているアクトのそばにしゃがんだ。


「わかった。今日は完敗だよ。ノエルさんのアイデアですか?」


「アクトって両利きでしょ? 本当は二本同時に持ったらびっくりするんじゃないかって言ってたんだけど、一本は飛ばされちゃったわね」


「それなら片手剣用で用意させます。頼むから両手持ち前提のものを片手で扱わないでくれ……重いだろう、それ。しゃがんで上に突き上げるなんてお前のバランスが崩れそうで肝が冷えたぞ」


「魔力強化してるから大丈夫!」


 頼もしい発言におもしろくなってそうかそうかと全てを棚に上げ、アクトを抱き上げた。


「それじゃ、お前用の剣を作ってやろう」


「ほんとに?」


「ああ、両手で持っても軽い剣だな。任せておけ」





 ハッと目が覚め、一筋流れた涙を拭って大きく息を吐く。懐かしい夢。


「お母さん……」


「アクト?」


 隣から声が聞こえてそちらを向くとキリトがベッドの上で弓を磨いていて、思わずまだ起きてたのかと聞いてしまう。


「まだ十二時だしいつものことだぜ。大丈夫かよ、嫌な夢でも見たか?」


 嫌ではなかった。むしろ、母が笑っている夢は久しぶりで……。


 黙って首を振ったアクトに、キリトは弓を傍らへ置いてアクトが寝ているベッドの方へ腰かけた。


「俺がここにいれば夢見ないけど、どうよ」


「え?」


「昔家族みんな一緒に寝てたんだけどさ、妹が俺の横で寝るのを嫌がってた。夢を見ないからって。でも別の部屋で寝るようになってからもたまに夜中に来るんだ。夢を見ないから」


 悪夢を見たあと、また同じ夢を見たくないと眠れないことはアクトにもよくあること。


「優しいんだな……」


「歳離れた妹ってかわいいもんだぜ。姉ちゃんの方が懐かれてたけど」


 年の離れた兄弟。それを聞いて、アクトも昔はかわいがってもらっていたなと普段なら考えもしないことを思ってしまう。


「なあキリト」


 キリトのことを呼んでから、出かけていた言葉を飲み込む。


「……寝るってなったら戻っていいからね」


「おう、アクトが寝る方が先だから安心しろよ」


 ぽんぽんとお腹をあやすように叩かれて、子ども扱いされてるなと苦笑い。


 ただ素直にありがとうとまた目を閉じたアクトをしばらく見守って、大きくため息をつく。


 家族、姉妹の話をしたのはよくなかっただろうか。


 キリトは家族に恵まれた自覚がある。闇属性なんて不安定な魔法を使う自分を見捨てず、そのままでいいとのびのび育ててくれた。色々わがままを言ったことも多い。


 ユリもアクトもその出自に何かしら重みを覚えているようだし、アズサは町を背負っているような発言まで。


 ふらふらと生きてきたキリトには考えられないことだ。


 隣にいていいのだろうかとすら思えてしまう友人たちで、だからこそ今日のアズサのような弱音を吐いてくれないアクトやユリに苛立ちさえ覚えてしまう。


 この怒りは良くないものだとわかっているのに。


 深く息を吐いてアクトのベッドから離れる。弓をしまってそっと部屋を出た。


 広い廊下にキリトの足音だけが響く。夜目は効くが一定間隔に小さな明かりがついていて、昼間に歩いた道を迷うことなく引き返した。


 玄関までたどり着いたものの、扉は開かない。物理的な鍵も見当たらなくて、魔法によって鍵をかけているようだった。


「そりゃそうか」


 どうするかなと頬をかく。人の隣で寝るのは苦手だ。とはいえアクトの寝顔を見ているのも忍びない。


「キリト君」


「あっ、すみません、扉触らない方がよかったですか」


 ハルマが現れた理由がわかってあわてて頭を下げる。ハルマは大丈夫と笑い、ついてきてとキリトに促した。


「あの……」


「キリト君お酒飲める?」


「えっ、はい。え、いいんすか」


 自宅以外での保護者の同伴がない未成年飲酒は禁止されている。そんな細かいルールを守る心は持ち合わせていないが、だからといって初めて来る友人の家で晩酌するほど非常識ではない。


「大丈夫、今日は俺と父さんが保護者だから。眠れないなら一杯つきあってよ」


 ハルマの部屋に通され、てきぱきとテーブルの上にクラッカーとチーズが用意された。


「ウイスキーか果実酒か」


 手に二本持って問いかけ、キリトがウイスキーでと遠慮がちに答える。


「さすがに酔わせるわけにはいかないから炭酸水で割るね。ユリもアクトも飲まないからうれしいな」


「いただきます」


 乾杯とグラスをあわせて、ひと口煽る。今まで飲んだハイボールの中でもとびきり飲みやすく、思わずうま、と声がもれる。


「おいしいよね。いいお酒なんだけど軍寮は持ち込めないから戻ってこないと飲めなくて」


「え、飲酒だめなんですか」


「一応立場があるからね。次の日が休みに限って外食は大丈夫だよ。もちろん普段許されてる一般兵でもあまり酔っていると衛兵に怒られるけど」


 そう言われて、改めて目の前にいる人物がすごい人だということを意識してしまう。


「ハルマさんって、軍の中で一番強いってことですか?」


 キリトの問いに、いやいやとハルマが否定する。


「そうだな……適正によって前後もするけど、純粋な戦闘力だけなら三番目かな。一番強いのは」


 そこまで言って、ハルマが不意に口をつぐむ。


「強いのは?」


「うん。一番強いのは今の火帝で俺の後任……次の副隊長になるユウトだよ」


「ユウト……って、あ、そうか幻光さんの」


 アクトが家族の話をしないから、キリトの中でようやくつながっていく。


「そ、アクトのお兄ちゃんだね。アクトにはユウトの話したこと内緒にしてあげて」


「仲悪いとか?」


「まあ、だいたいそんな感じかな」


 そっかーと呑気にお酒を煽りながらぼやいてしまう。


「アクト、自分の話全然しないんですよね」


「そうだろうね。懐いてくれていると思うけど、俺にも全部は話してくれないから。でも君たちにはずいぶん心を許していると思うよ。ユリもしかり。兄、兄代わりとしてキリト君とアズサちゃんには本当に感謝してる。良い友人ができたってだけで学校に進学した価値があったよ」


 その言葉は一切の偽りがない真っ直ぐな気持ちで、照れ臭くてクラッカーへ手を伸ばす。


「……もしかしたら今後喧嘩するようなこともあるかもしれないけど、これからも仲良くしてあげてね」


「もちろんです」


 キリトの心強い返事に、ハルマはよろしくねと小さくつぶやいた。

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