3話 剣士族の役割
三人が学校に戻って、部屋が静かになる。リランたちに色々と話したいことはあるのだが、口に出たのは謝罪の言葉だった。
「あの……色々と、すみませんでした」
「もう謝る必要はないよ。俺たちとしては今すぐにでも双風として戻ってきてもらいたいもんだけど、無理を言うほど鬼じゃない。せっかく学校に入学できたんだしね」
ハルマもうなずいてそれより、とアクトの気が悪くならないうちに話題を転換して立ち上がる。
「久しぶりに剣みてやるからおいで。それとも新しいのを仕上げにかかってもいいしね」
ぱっと顔を明るくしたアクトに、気を悪くしたのはリランだった。
「商売敵が目の前に……」
「初めてのお得意様は渡さないから」
最初はラルクがアクトに剣を与えるのとハルマが武器鋳造の才能を芽吹かせた時期が被った、という偶然。初めての武器というのは幼いアクトが興奮するには充分過ぎるもので、それからというもの新しい剣はハルマに頼み続けていた。
この家には国内随一の工房もあるのだが、リランやハルマの部屋にも簡易的な整備台が備えてある。ハルマの部屋へ移動して、二振りの剣を転移で引き寄せた。
「自分でも手入れしてたのか?」
「学校に来てからはしてない。一回整備室の使用許可頼んだら一年生はだめだって言われた。専門の人がやるって言われたけど……」
「……嫌がりそうだな、お前」
赤の他人に自分の剣は任せられないとイルガに怒り気味で言い放ってしまったことを思い出す。すでに双風だとわかった後の事だったので、そうか、で済まされた。
整備台にハルマが手を触れ、幾重もの魔法陣が展開する。
「……これ、たいして使ってないだろ。磨く必要はなさそうだからエンチャントの調整だけしておくよ」
「うん。お願いします」
剣の調整を終えて、ここからが本題というかのように違う部屋から別の刃を入れていない剣を持ってきた。
「会えるとしてもまだまだ先だと思っていたから試作品なんだけど、ちょっと試してみてくれないか」
受け取ってハルマが剣に埋め込んだエンチャントの魔法陣を起動すると、ゆっくり魔力を吸い上げられて思わず手を放してしまった。
「ごめん、先に説明したほうがよかったね。痛みは」
「少し……けど大丈夫、びっくりしただけ」
「いや、少しでもいけないんだよ……改善する」
改めて剣を手に取る。柄から刀身へと魔力が流れていき、蓄積されているようだ。魔法弓の矢筒と同じ要領だろうか。
「これ、どのくらい貯めておけるの?」
「そろそろいっぱいになるんじゃないか。完成品を渡すときは今お前が自由にしてる魔力分くらいにはしたい。特になにもしなければ魔力が入っててもなにもしないけど、魔法陣が魔力の出入を管理してるから。切り替えれば自分の魔力と同じように使えるはず」
結界をはってから魔法陣の出力を切り替え、剣を振るってみる。ハルマの言うように自由に鎌鼬を放つことが出来て、おぉと感嘆の声がもれた。
「振り心地は?」
「ちょっと重いというか、重心がいつもと違うのかな。もう少し柄に近い方が振りやすい」
「そうだよな……どうしても魔力を貯める芯を作るために柄に若干の空洞が必要で」
ハルマがアクトの意見を走り書きしながら、うーんと唸る。このように言われることは想定していた様子。
「だいぶ使い勝手も変わるだろうから強くオススメする訳じゃないけど、魔力の逃がし先にもなるはずだから考えてみて。一旦預かるよ」
三人が戻ってきているため今からエンチャントを調整するわけにもいかない。わかったと素直にハルマに剣を返して、既に修練室に向かっているリランたちを追いかけた。
修練室は七歳前後くらいの子どもたちが八人集まっていて、落ち着きなく自由にしている。リランはまだ準備中のようで、勝手に用意されている模擬刀などに触れたり魔法を使ったりしていないだけえらいと言えるだろう。
ハルマもリランの準備に加わり、アクトは子どもの近くでなにも起こらないよう見守っている三人の方へ近づいた。
「三人ともおかえり」
「あれ? 剣二本持ってきてたの?」
「あっ」
アズサに言われてなにも考えずに色を付けたまま背負っていたのに気づいて、ため息をつく。あまり考えずとも来るときには持っていないように見えた訳だけを説明すればいい。青の方を透明化してやると、へぇと物珍しそうにアズサとキリトが背中を覗いてくる。
「……二本持ってると目立つから、こうやって。透明になっているだけで触ればそこにあるよ」
「左右で持つ剣違うんだね」
アクトの場合、左手が利き手のため青の方が若干重く、右手が魔法の利き手のために緑は魔力を通しやすく調整された。
「左右決まった方で持つために細かい調整はあるけど、それがなくても逆を持つとなんかしっくりこなくて」
「大事にしてるんだ」
ユリの少しうれしそうな言葉に、アクトも微笑んでうなずいた。
「うん、宝物」
「みんな集まってー」
リランの呼び掛けに、子どもたちはもちろんアクトたちもそちらへ注意を向ける。アクトがこのくらいの歳のときは話を集中して聞くなんて難しかった。しっかり言いつけを守るように言われているのだろう。
「今日は僕だけじゃなくてハルマや学園のお兄ちゃんお姉ちゃんもいるので、魔法を使ってみたい子と武器を使ってみたい子のグループに別れようと思います。ユリたちも別れてもらえるかな」
そう言われて、どうしようかと四人で顔を見合せる。
「私は魔法確定で……アズサちゃんは武器の方がいいかな?」
「そうだね、そしたら弓珍しいしキリトは武器おいでよ」
「いいね、僕たちだけだとどうしても剣が主体になるから。弓も貸し出し用のものを持ってくる。ユリ、少し手伝って」
アクトとキリトが口を挟む間もなく決定し、アクトはユリ、ハルマと組むことになった。男の子三人と女の子一人が魔法を選んだようで、よろしくお願いしますと軽く挨拶を交わす。
「じゃあまず、実際に魔法使ったことあるかな?」
ハルマの問いに、男の子一人以外が首を横に振った。
「お、君は使ったことあるのか」
「おれね、水が好き!」
ぐっと手のひらに魔力を集めて水球を作ったのを見て、自然と起きた拍手に慌てて合わせるように手を叩く。
「じゃあ君は俺が見よう。アクトとユリで他の子たちの魔力を起こしてあげて」
ハルマが男の子を連れて離れてしまって、ユリは少し悩んでからじゃあ……と切り出した。
「自分の胸のこの辺り、心臓がドクドクしてるよね。その奥の方にあったかいものがあるのわかるかな」
強弱はあれど、全ての人が持つと言われている魔力。魔法を使ったことはなくともその存在は各々把握していたようで、揃ってわかる! と元気のいい声が返ってくる。
「それが魔力。ゆっくりで大丈夫だから、その魔力を体中に回してみようか」
それぞれが不慣れながらも魔力を循環し始め、感動の声を上げた。
「うん、上手! 次はそれを手に集めて体の外に出せるかな?」
言われた通りに試みる子どもたちを見て、アクトがとっさに一人の女の子の周りを結界で囲う。放たれた魔力は弱いが雷となって結界に当たり、女の子が叫び声をあげた。
「大丈夫、自分が怪我することは滅多にないよ」
しっかり制御された魔法であればその中心に術者がいてもその者を傷つけるようなことはない。練習段階で多少の事故はあっても、大怪我するような事態にはなり得ないはずだ。
「上手だったから、周りに人がいるときはこれから気をつけよう」
精一杯の優しい言葉で伝えると、女の子はごめんなさいとしゅんとしてしまった。
「大丈夫! お兄さんは怒ってるわけじゃないよ、ね?」
ユリのフォローに、アクトはうなずく。
「むしろ褒めてる。初めて魔力を使って形になるなら、よっぽど属性の適正が……雷が得意なんだと思う」
知っている中で無意識下で属性として魔力を扱えるのは聴力が魔法に直結しているイルガや、恐らくはアズサもそう。アズサは自分が火属性以外の魔法を上手く使えないことを嘆いているが、火属性魔法を使う上での魔力コストパフォーマンスだけを考えれば光るものを感じていた。
アクトもほとんど風として魔力を扱うが、これはそもそもの魔力の強さや訓練によるもの。これは魔法使いとして強いかどうかではなく、また別の素質だ。
「ほんとに……?」
「うん。きっとすぐ魔法を使えるようになるよ」




