6話 親心
爆睡してしまっているアクトを自室に転移させてから改めて、とイルガに頭を下げる。
「イルガさんは謙遜されていますが……このことはアクトがアクトでいるためにとても大切なことでした。本当に、ありがとうございます」
「どういたしまして、と受け入れた方がいいんでしょうか。教師として出しゃばりすぎているでしょうし、俺なんかでよかったのかと思ってしまいますが……」
ラルクは首を振って、少しいたずらっぽく笑う。
「きっとイルガさんは俺以上にアクトのこと、聞けているでしょうから」
その言葉に勘づかれているのだろうと気づいて、深く息を吐いた。
「すみません。双風のことを知ってしまったのも元はと言えば……というか、どうしてわかって」
「"魔力の波"を遮断しておいてただ耳がいいだけです、ということはないでしょう?」
アクトでもイルガが耳にまとう耳栓の性質は見抜けていなかったはずだ。昨日の夜アクトはほぼ確信していた様子ではあったが、それはこの数ヶ月のやり取りの上で得たもの。初見で気づかれたのは初めてのことだ。
「わかったからには告げておいた方がいいかと思いまして」
初めはこれが特別なことだとは思いもしなかった。しかし嘘というものを知ってからは違う。
鼓膜を破いたって聞こえてしまうそれらは、イルガを苦しめることの方が多い。幼い頃はここまで力も強くなかったのでよかったものの、初等教育を卒業する頃にはこの耳栓が必須になってしまった。
「アクト自身から双風や封印のことを聞いたわけではないんです。部屋を挟んだって、音も心も俺の耳は拾ってしまうから」
申し訳なさそうに言うイルガに、ラルクは純粋な好奇心が沸いてくる。
「差し支えなければ、どう聞こえているのか教えてもらえませんか。魔力と感情が強く影響を与え合うのは既知ですが……やはり精神と魔力って同一のものなんですか?」
そんなことを言われるのは初めてで拍子抜けしてしまう。
「アクトも受け入れてもらえましたが……気味悪くはないんですか?」
「俺もアクトも内容は違いますが人から見れば特殊な魔力性質を持っていますからね。百人いれば百通りの特色があるのが魔力です。魔力知覚が極端に高く、さらに音と高い親和性を持つ人が魔力を通して感情すら聞き取れる。イルガさんに会わなければ考えもしないことですが、知ってしまえばありえないことではないと納得できます」
それに、とラルクは微笑んだ。
「アクトを支えてくれたその力を気味が悪いなんて思いません」
心の底から感謝の気持ちを表されているのが伝わって、そうですかと自分で聞いたのに腑抜けた返事をしてしまう。
「……色々と聞こえてきた中での所感では、魔力と精神はほぼ同一だと思っています。魔力に触れることで喜怒哀楽がわかりますが、その感情が強いと幻聴のように言葉として聞こえてくる。それはもともとただの魔力でしかないはずなのに」
耳に触れながらそうつぶやいて、まあと付け加える。
「よっぽど強い感情じゃない限り、この耳栓がなくても表情や声からも読み取れる程度の情報しか入ってきません。ただ耳栓していないと心の声どころか普通の音なんて建物の外の音まで聞こえてしまいますので」
「ここから?」
「気がふれそうになりますよ」
言葉に対してあくまでも軽く言ってのけたイルガに、ラルクはそれ以上踏み込むことはできなかった。
「先生としてはこの力が役に立てることも多いですから、嫌なことばかりでもないですしね」
実際、アクトの力を知ることはできなかったし、それだけでなくここまで信頼を置くことができるのはまちがいなく心を聞いてもらえたからだろう。
「そうですね。イルガさんがアクトの先生でよかった」
優しく微笑んでそう言うラルクに、この力があってよかったものなのだと少しだけ安心した。
「……イルガ先生」
呼称が変わって、首をかしげる。
「俺はきっと意図せぬままあいつを双風として縛り続けてきました。初めは学校へ行くことも反対で、というかすぐに嫌になって辞めてくるだろうと」
強者であるがゆえに疲れてしまった彼が行くと告げた学校というのは、ギルド以上に実力に敏感な者たちが集う場所だ。
「それでもうまくいっていると知って、久しぶりに親としてアクトのことを見ることができてうれしいです。大人ぶって見せていても本当にまだまだ子どもなので……これからもご迷惑をおかけすると思いますが、アクトのことをよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げて敬意を示すラルクに、イルガは力強くうなずいた。
「お任せください。こちらこそよろしくお願いします」




