5話 封印の鍵
「じゃあ場所を変えるか」
そう言ってデスクの引き出しからダガーを取り出し、空を一閃。切ったところから空間が白く裂けて広がっていき、三人を包み込んだ。
「え……」
真っ白な空間。広さは先ほどの執務室よりも狭いくらいだが、今ラルクが成したことは空間の創造だ。多少魔力の支配力が強い程度でできる芸当ではない。
「なんでわざわざこんな大層なことを……?」
「魔力を監視するために」
アクトの言葉に、イルガは首を傾げる。
「今この中にあるものは全て俺の支配下です。当然抵抗もあるので俺も相手もなにもしていなければそこまで変わりませんが、俺が支配力を強めたり相手が許したりすることで魔力をその人以上に掌握できます」
封印の鍵の譲渡には魔力の受け渡しが不可欠。その制御をアクトだけでするのは至難な技になるため、ラルクが手助けしやすい環境に空間を作り替えていた。
「楽に座ってください。魔力を可能な限り活性化してほしいです」
言われた通りに大仕事を終えて休ませていた魔力を全身に巡回させる。
「その魔力を俺に渡せますか?」
「え、この状態で?」
魔力が活性化している状態での受け渡しは受け取る側に負担がかかってしまう。それを危惧したのだが、アクトは大真面目にうなずいた。
「先生の魔力に封印という支配を受けないといけないので。むしろ攻撃するくらいの気持ちでかまいません」
普通に受け取ってもアクトの魔力はイルガの魔力をあっさり掌握するだろう。イルガの魔力に徹底的に攻めさせて、逆にアクトはラルクの空間支配によって限界まで無抵抗化して支配されることでようやく封印の基礎ができあがる。
手のひらにまとめられていくイルガの魔力の様子を確認して、じゃあ、と合図した。
「それを思いっきりぶつけてください」
波に乗ってイルガの魔力がなだれ込んできて、強い痛みに胸を押さえる。あらがおうとする自分の魔力はラルクによって抑えられるが、それでも飲み込んでしまいそうだ。
「もっと……あとで半分くらい返すので」
ぐっとイルガからの魔力が増して、どうにかイルガの魔力をそのまま保てるようになる。一つ息を吐いて自分の魔力を少し混ぜ合わせて封印の魔法陣を編み上げると、胸を中心に巨大な魔法陣が展開した。
「これを……」
「イルガさん、その魔法陣に触れてください」
余裕がないアクトに変わってラルクが次の工程を促す。言われたように触れたイルガの中へと魔法陣が吸い込まれていき、イルガが短く悲鳴をあげた。
「っ……!」
恐らくラルクのこの空間がなければこの段階で失敗していただろう。最初にアクトの魔力が入り込んだことには大きな反応があったが、少しすると落ち着いた。
「これで……?」
「三層あって、今俺の陣は一番上が機能してないの、わかりますか」
汗だくでぐったりとしているアクトに聞かれて、質問に答えるよりも大丈夫かと心配の言葉が先に出てくる。
「大丈夫……」
「じゃないんで、完全に落ち着いて封印の把握もできたら教えてやってください」
ラルクに苦笑いしながら言われて、慌ててうなずく。ほぼ無抵抗の状態で魔力を渡されたり奪われたりしているのだ。平気だというのは強がりでしかない。
先ほど渡されたばかりの魔法陣を頭で思い描くと、たしかにいつもの平面な陣ではなく連なっている形であるのがわかる。その魔法陣がアクトに埋め込まれるような形で展開していて、手前の陣が壊されている状況になっていた。
「なるほど……すごいな、これ」
魔力を封印するなんてどういうことかと初めは思っていたが、知ってみればよくできた魔法だ。
「問題なさそうですね。よかった」
倒れかけたアクトをラルクが支え、溶けるように白い空間が元の執務室へと戻っていく。すると、気が抜けたようにアクトが深く息を吐いた。
「アクトは……」
ソファに横たわらせて、苦笑いする。
「さっきまでは例えれば、まともに息もできない状態で無理やり走り回されてた……負荷をかけられてたようなものなので。ここに戻りさえすれば大丈夫です」
「だからって走れと言われても無理だけど……」
「わかってるよ。寝とけ」
素直にうなずいて、心配そうにこちらを見ているイルガに目を向けた。
「……先生、こんなこと引き受けてくれてありがとうございます」
それだけ言って目を閉じてしまって、ラルクがため息をつく。
「すみません。また今度ちゃんとお礼言わせるので……」
「いえ。こちらこそ……大事なことを打ち明けてくださってありがとうございました」
なるほどアクトが信頼を置くはずだ、とラルクはその一言で納得した。




