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ハレを望む  作者: 明深 昊
4章『いつかの選択』
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7話 ユリのお手伝い

「メイ、入るよ」


 ラルクに連れられて、医務室と木製の札が掛けられたドアから恐る恐る顔をのぞかせる。


「はぁい」


 四十代くらいだろうか。ブロンドの髪をサイドでゆるくまとめた白衣の女性が穏やかに出迎えてくれて、ぺこりと頭を下げた。


「今アクトが友だち連れて任務に行ってるんだけど、この子……ユリちゃんは任務よりこっち手伝うほうが勉強になると思うから、少しの間面倒みてあげてくれ。治癒魔法なんかは十分一人前だと思う」


「アクト君久しぶりに帰ってきてると思ったら……よかった」


 緊張気味のユリによろしくねと声をかけて、うれしそうに微笑む。


「ふふ、ユリちゃんってミルナさんたちの子でしょ。すごく助かるわ」


「あっ……はい、ユリ・サガルトです。よろしくお願いします!」


 久しぶりに名乗るサガルトの名。頼んだと言い残してラルクは退室し、促されるまま二つある机のうち一つに座る。薬品や書類が並ぶ棚と簡易ベッドが二つ、何かあったときに避難してくるためであろう魔法陣。それ以外はなにもなく部屋自体は整頓されているのに、机の上は書類や薬草でごった返していた。


「あ、私の自己紹介もしないとね。私はメイ・ロトン。この部屋の中だけに限っていえばラルクよりもえらい人です」


 冗談っぽく茶化して、仲がいいんだろうなとユリも緊張が解れる。


「とりあえずここにある書類を分類ごとに整理してもらおうかな。カルテはこの欄見てもらってまだ来る予定がある人ともう来ない人に。たぶん領収書も混ざってるからそれはまた別にしてもらってもいい?」


「はい!」


 言われた通りに書類をわけていると、メイはよかった、とつぶやいた。


「アクト君、今まで同い歳くらいの友だち全然いなかったから心配だったの。まさかギルドに連れてきてくれるなんて」


 ラルクもそうだが、友人関係がそんなに不安になるなんてどういうことなのだろう。普段静かだが話せばしっかり会話をしてくれるし、付き合いにくいと感じたことはないのだが。


「アクト君、最初ここの子どもってことを隠してて……なにか理由があったんですか?」


 ユリは劣等感で隠している。いつも兄に比べられて家のなかで居場所のなかったユリは、学校ではサガルト家の娘であることをやめた。軍に住み込みで働く母の部屋に入り浸ってはサガルト家とは違う力を身につけて、少しは周囲の人も見直してくれたけれど。ユリを知らない人がサガルトの名を聞いたとき幻滅されると思ったから。


「うーん、きっと本当の理由は彼にしかわからないんだけど。多分ここにいるのが嫌になっちゃったのかしらね、それこそ出身を隠して"ここで過ごしてきた自分"を殺したいくらい」


 アクトはそんな劣等感とは無縁のように見える。むしろ彼は――。


「実はね、アクト君は学校に通う予定なんて全くなかったの。だから急に学校に行くことにした、っていうアクト君にラルクは結構怒っちゃって。そう言い始める数ヶ月前からずいぶんとやさぐれちゃってたから余計に」


「やさぐれ?」


 ちょっと遅めの反抗期かしらね、とメイが笑う。


「小さいときからずっとギルドの任務や事務仕事を手伝ってたのに急にやめちゃったからね」


「どうして……? 仲、あまり良くないんですか?」


 そう言ってから、聞きすぎてしまったと首を横に振る。

「すみません……」


「いいのよ。実際いつからかラルクとアクトは親子より、マスターとメンバーとして接する方が多くなっちゃってたから。本当はずっと帰ってきてないけどお兄ちゃんもいるのよ……って、ミルナさんの子だから知ってるわよね」


 うなずく。アクトにはユリと同じように歳の離れた兄がいるはずだ。一度も兄という言葉を彼から聞いたことはないが、幻光の息子と言われて世間一般が思い浮かべるのは兄のほう。


「まあ、そうね。あんまり聞かなくていいよ。多分いつかアクト君から話してくれるだろうし」


 でもね、とメイはユリの頭を撫でた。


「どんな形でたどり着いた結果だとしても、これでよかったと私は思ってる。こうやってお友だちもできて、アクト君が気兼ねなく楽しくやってるってうれしいの。私、お母さんの代わりみたいなものだったから」


 アクトの母、ノエルは天属性を使いこなした希少な魔法使い。あまり積極的に任務に出たり表舞台に立ったりすることはなかったが、幻光の妻ということもあり少し詳しい人であれば皆知っていた人物だ。事故で亡くなったと聞いたとき、特に親しかったミルナはかなり落ち込んでいた様子で、幼いながらに大切な人が亡くなったのだろうとユリも印象に残っていた。


 アクトはまだノエルの話もしてくれない。そこまで腹を割って話してもらえるような関係になれるだろうか。


「……だからね、アクト君とめいっぱい学校生活楽しんでほしいな。よろしくね」


 聞いてよかったのかななんて思いながら、ユリはうなずくことしかできなかった。


 少し暗くなってしまった空気を吹き飛ばすように、メイがあっと話題を転換する。


「書類ずいぶん片付いたわね。ありがとう! じゃあちょっと本棚の整理もお願いしようかな」


「もちろんです。もう少しギルドの人たち来ると思ってたんですけど、案外暇なんですね」


 結構話し込んでしまった気がするが、未だに誰も訪れない。もちろん医務室が暇なのはいいことなのだが、拍子抜けだった。


「今の時間帯は任務中の人が多いからね。あと二、三十分もしたら続々と帰ってくるよ。だからそれまでにこういう雑用は終わらせたいの! 本当に助かるわ」


 メイの言った通り少しするとちらほらと人がやってきて、怪我の治癒や解毒などの対応に追われる。ほとんどの人は簡易的に治療は済ませていて、完治させたいであったり大丈夫か確認してほしいといったりした内容が多い。ユリを初めて見る人々の中には不安げな態度をとる者もいたが、きちんと治してしまえば文句を言うような人はおらず安心した。


「あの、魔力回路しばらく診てもらってないのでお願いしたいんですけど……できますか?」


 魔力を全身に巡らせる回路は魔法の酷使で疲弊するが、無茶をしない限り自然治癒で問題ない。しかし、魔法使用頻度に応じて定期的に魔力医と呼ばれる、魔力回路の治癒魔法を身につけた人によって修復してもらうことで高いパフォーマンスを維持できる。


 ユリは普通の治癒魔法よりもむしろ得意分野。


「大丈夫です。ちょっと胸失礼しますね」


 魔力回路の中心となる心臓の辺りに手をかざして治癒魔法陣を展開した。陣から全身へなじむようにユリの魔力が広がって、魔力回路の損耗を修復していく。


 無事に終わって患者を見送り、ほっと息を吐いた。


「さすがねぇ。私が教わりたいくらいだわ」


「そんな、お母さんに比べたらまだまだなので……がんばらないと」


 そう言うユリにメイはそっか、と微笑んだ。


「有名人の二世や三世はどの子も大変ね」

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