6話 いつか
『父さん、終わった』
『お疲れ様』
その言葉の直後に、三人揃ってラルクによる転移魔法の魔力に包まれる。長距離からの複数人転移をこの短時間で。この辺りの実力はアクトもまだまだ敵わない。
「……おかえりなさい。どうだったかな」
とはいえ簡単にはいかなかったようだ。一つ息をはきつつ、しかし疲れを感じさせない笑顔で出迎える。
「すごい大変でしたけど、楽しかったです!」
「私も、疲れたけど達成感ありました」
それならよかったとうなずいて、懐から二枚のギルドカードを取り出す。ここのギルドの名前とそれぞれの名前が印字され、右下に大きくCとランクが記入されたもの。
「これが二人のギルドカード。いつでもギルドの受付に来てもらえればCランクの依頼は受けてもらえるし、アクトも一緒なら今日みたいなBランク任務も任せられるよ」
「……今日のBだったのか」
任務の内容が書かれた紙の色でランクは判別できるのだが、普段低ランクの依頼を滅多に受けないせいで覚えていなかった。さらにドリアードは普通相手にすることがない魔物だからなおさらわからない。
「三人でC任務なんて歯ごたえないだろう? 慣れてるお前もいたしな」
「それならもう少し……まあ無事終わったからいいけど……」
アクトの愚痴を無視して二人にカードと今日の報酬であるお金を巾着に入れて手渡す。ありがとうございますというお礼に、ラルクはこちらこそ、と微笑んだ。
「最近人手不足だからね。やる気のある子が来てくれるのはうれしい」
人手不足の要因はキリトたちにも明確で、興味はそちらへと向かってしまう。
「あのっ、ラルクさんは双風を知ってるんですよね。どんな人なんですか? 姿を見せなくなったのって、なにかあったんですか? 生きてますよね……?」
アズサの矢継ぎ早な質問に、ラルクは思わず吹き出してもちろんとうなずいた。
「生きてる! 元気だよ」
よかったぁと心の底から出てきたようなつぶやきに、少し後ろめたくなる。
「どんな人って言っても、普通だよ。君たちとかわらずただひたすらに強くなろうとして……結果、顔も知らない子が彼のことで一喜一憂するような存在までになってしまっただけ。ちょっと色々あってそういうのが嫌になったみたいでね。戻ってくるかは俺にもわからないけど……」
所在なさげにしているアクトを一瞥して優しく微笑む。ラルクが想像していた以上に、同級生というのはアクトにとって大きな存在になりそうだ。
「あまり心配しないで待ってていいんじゃないかな。話せることが少なくて申し訳ないけど」
「……無責任な」
思わずつぶやくと、キリトが首をかしげた。
「アクト、前は知らないって言ってたけどやっぱりわかるのか?」
「いや、直接関わりはないよ」
「得意属性が双風と同じだろう? 双風が目立ち始めてからはアクトも影響されて張り切ってたんだけどね。いなくなったショックはアズサちゃんのように大きかったんじゃないかな」
スラスラと騙られる言葉に、二人ともなるほどと納得してくれる。しかしあまり長く話したくない話題であることは変わりなく、タイミングよく近づいてきたユリの気配に救われた。
「すみません、みんなが帰ってきたのは気づいてたんですけど、キリのいいところまで手伝いたくて……三人ともおかえりなさい」
「すごく助かったよ。えっと、二時間くらいだね」
時給換算したのであろう給料を渡そうとして、ユリがぶんぶんと首を横に振る。
「そんな、大したことできてないですから。勉強のつもりでしたし」
「タダ働きさせたなんて君のご両親に怒られるからちゃんともらって。代わりにと言ったらあれだけど、今後も時折手伝ってもらえるとうれしいな」
そう言われてはユリも断りきれず、ありがとうございますと申し訳なさそうに受け取った。
「帰りの転移先は学校の校門で大丈夫かな。アクトはちょっと話あるから残ってもらうけど」
「あ、じゃあ待ってるよ」
アズサの申し出にいや、とやんわり断る。
「疲れてるだろうし早く帰って休んで。また学校で」
実際本当に疲れているからか、あっさりと受け入れてくれてほっと息を吐く。
改めてお礼を言って帰っていった三人に、ラルクは穏やかな笑顔を残したままアクトに目を向けた。
「いい友だちに恵まれたじゃないか」
無言でうなずいてそのまま顔をあげようとしないのを見て、怒ろうとしていた気も失せてしまう。
「……なんで学長に鍵を渡さなかった?」
「だってそんな簡単にあげられるわけないだろ」
ラルクやケインの言い分も、たとえその確率が限りなく低いとしてもアクトには理解できている。万が一があってはならないのだ。
「だってじゃないだろう。だれか持ってさえいれば安心して学校生活も楽しめるだろうし、俺も肩の荷が一つ降りる。簡単に渡せるものじゃないのもわかるけど……」
だれか持っていればという言葉に、ふとイルガの顔が頭をよぎる。彼にとっては大変な迷惑かもしれないが、一番アクトにとってもラルクにとっても良い案と言えるかもしれない。
「担任の先生がそのときの話を聞いちゃって。俺が双風ってことわかってるから……その人なら預けてもいい」
「えっ?」
アクトの口から出た言葉に、ラルクが思わず聞き返す。
「詳しい説明はできてないけど封印のことも話は聞いちゃってるはずだし、学長よりも信頼できる。すぐはまだ無理だけど、もう少し安心できるようになったら渡すから」
キリトたちのこともそうだが、よっぽど人に恵まれたらしい。そう簡単に渡せるものではないのも、アクトにも渡す相手にも相当な勇気と負担がいるのはわかっている。学長のこともあるから近いうちにというよりすぐは無理、いつかと言われるほうが信じられた。
「……わかったよ。今魔力は?」
「大丈夫だと思うけど。セトにも早めに教えてってお願いしてるし」
アクトの魔力のことはアクト以上にセトが把握している。その彼が問題ないと判断しているなら大丈夫だろう。
「そう……」
確認しなければいけなかったことはこれで終わりで、実際にアクトも帰ろうと立ち上がっている。しかしラルクは聞かずにはいられなくて口を開いた。
「話すのか?」
「……わかんない」
入学当初は絶対に話してはいけないことだと考えていて、今も打ち明けるのはとてもじゃないができそうにない。
「ていうか、話していいの」
「別にひた隠しにする必要だってないんだぞ。お前が嫌がるから今まで知る必要がある奴以外には隠してきたんだし。話したいとお前が思えたならきちんと話すべきことだと思うけどね」
「それは、けじめとして?」
けじめ、なんてどうしてそんなことを思うのだろうと苦笑いする。
「友だちとして。ユリちゃんもいつか家のことみんなに話したいって言ってたよ。見ならいな」
「見ならうって言ったって……」
少し反論しつつも、しばらくしてわかったとうなずいた。なんだかんだといって、打ち明けたい気持ちはあるのだろう。
「……考えてみる」
帰ると言って転移しようとするアクトに、もう一つ、と呼び止めた。
「なに?」
「学校、ちゃんと通い続けるんなら楽しまないと損だからな」
本当は一ヶ月もすれば嫌になって退学するんじゃないかとタカをくくっていて。しかしアクトはそんなことはなく、家のことを話せる友人までできている。それならもうラルクには最初の学校進学に反対していた態度をとることはできない。
ようやく認めてくれたと気づいたアクトは、うん、と久しぶりに素直な笑顔をラルクへと向けた。




