2話 魔法使いの役割
「あと一月もすれば夏休みとなって、ギルドに入ろうと考えてる奴も出てくるだろう」
数日後の授業でかなりタイムリーな話題を出されて、思わず隣のアズサと顔を見合せた。
「ギルドや軍は当然人々からの依頼を引き受ける役目もあるが、ほとんどの場合は定期的な魔物討伐任務となる。学校としてはみんなが自主的にギルドで働くといったことを推奨しているが、なぜ定期的な討伐任務が必要なのかを理解してもらおうと思う」
低ランクの魔物討伐任務が人からの依頼として来ることは滅多にない。あるとすれば大量発生などで手に負えなくなったといった形で、異常任務としてランクが一つ上がってしまう。アクトもそのような任務を受けることがあったが、時おりどうしたらこんなに増えることがあるのかといったくらいの数に出くわした覚えがある。
「低ランクの魔物は魔力の摂取を植物で補うことが多いから、人を襲うことは少なく被害も滅多に出ない。しかし放っておけば数が増えすぎて厄介になるし、それを餌にする強力な魔物まで増えていく。定期任務はそのバランスを取るわけだ」
さらに、とイルガは続け、魔力循環の話に入っていく。
「今言った通り魔物は自分よりも弱い魔物を食って魔力を得るが、それが出来ない弱いものは森を食うんだ。それによって植物や土の魔力が枯れれば森は縮小して様々な魔物が住処を求めて人間の居住域まで出てきかねない。それじゃあ、森はどのようにして魔力を保持していると思う?」
男子生徒が指されて、困惑しながらも魔物の死骸と正しい答えを回答した。魔物は死んだまま放置されると二、三時間ほどで魔力の塵になってしまう。これはほとんどの人が知っているため、彼がそうだったように少し考えれば導き出せる答え。
「うん、その通り。魔物は生きているうちは森から魔力を奪うが、その命を終えると森へ魔力を返す。この魔力循環は強い魔物が増えすぎてしまうと難しくなってくる。魔物は相手の魔力を自分に蓄えるから、森へ返されるのは雀の涙ほどになってしまう。今度は弱い魔物が殺されすぎないために、強い魔物も定期任務によって討伐が必要になるんだ。人間が討伐すれば死骸が消える前に横取りされない限り魔力は森に返還されるからな。こうして魔物の生息数をコントロールすることがギルドや軍の存在意義であり、多くの人がいても任務の数が尽きない仕組みになっている」
元々この魔物のコントロールは軍が全て担っていたのだが、圧倒的な人手不足により元々人からの依頼のみを受け付けていたギルドへと下請けに出すような形で分担が始まった。
結果的に軍よりも気軽に入れるギルドの数や所属人数が爆発的に増え、魔物の被害も桁違いに減っている。それによって軍が縮小されて国費が浮いたことで、教育に力が入るようになっていった。少数精鋭だった戦闘職の魔法使いが軍だけだった当時の十倍以上に増えていることも、軍とギルドで分担したメリットの一つ。
「軍やギルド、他にも活躍する場所は多くあるだろうが、どんな仕事にも目的や理由がある。今はまだギルドに行っても低ランクの依頼を任されることがほとんどだろうけど、だからといって手を抜いていい理由にはならない。まあ、今は依頼未達成での不正報告はできないようにカードに細工されてるけどな」
逆に無駄な殺傷もよくない、とイルガは笑う。
「どこかのバランスが崩れれば雪崩のように色々なところで問題が出てきてしまう。魔物は人間に対して害をなすことはあるが、今この体制で均衡が取れている限り、無茶な侵攻はせずに共存していくのが得策だと軍もギルドも考えている」
少なからず被害が出ているから全員がそれを理解するのは難しい話だけどな。とイルガは授業を締めくくった。
「ギルドも大変なんだねぇ」
しみじみとつぶやいたアズサに、ユリがうなずく。
「責任あるんだなって感じるよね」
「……遊び半分で頼んじゃったけど、任務はちゃんとやるから!」
ぐっと意気込んだのを見て、思わず笑ってしまった。
「別に最初は遊びとか力試しとか、そんな感じで大丈夫だよ。当然任務は大事だけど、ちゃんとやってくれさえすればそのモチベーションはなんでもいいと思う」
「そもそも寝てて聞いてない人もいるしね」
背もたれに体をもたれさせてうつむくような形で爆睡しているキリトに、ユリが呆れたように苦笑いする。
「だからまあ、気負わないでいいよ。自然体でいてくれたほうが俺も助かる」
友人と任務を受けに行くという話に、ラルクは想像していたよりもあっさりと日程調整を受け入れてくれたものの、入学してから会っていないからどう思われているかわからない。
ラルクも下手に双風に関する話が人に伝わるのはよく思わないから変なことは言わないだろうが、アクトの秘密を知る人物がアズサたちと関わるということに謎の緊張感を覚えていた。
「わかった。そういうことなら今まで通り楽しみにしとく!」
いつも通りの明るい笑顔で頷いてくれたアズサに、つられて微笑む。
「うん、楽しみにしてて」




