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ハレを望む  作者: 明深 昊
3章『アクトとセト』
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5話 新しい選択肢

 アクトが下界に来てから二ヶ月が経ち、予想外な形で状況が動いた。


『――セト、聞こえるか』


 突然のラルクからの念話に、思わずは? と声が漏れる。上界と下界を挟んだ念話は普通人間ができるものではない。アクトとセトは使い魔としてのパスを通じてアクトからもできるようになったが、本来魔力を知っているだけでは繋がらないはずだ。


『お前、どうやって』


『あ、繋がった』


 セトの問いに、気の抜けた声が帰ってくる。


『アクトの封印で位置はおぼろげに把握できたが、転移は無理そうだしセトに念話もできなくて色々試行錯誤していたんだ。アクトの魔力を中継して念話しているし、もしかしたら気づいているかもしれないが……無理に今あいつと話すのは良くないだろ』


 それはアクトとであれば初めから念話する目処があったということ。


 とはいえ簡単なことではないだろう。念話の主導権を奪って魔力を負担してやると、予想通り助かると感謝の言葉が帰ってきた。


『こんなことをしてまで、なんの用だ』


『……アクトは、ノエルの忘れ形見なんだ。別にアクトが嫌なら、魔力が怖いなら双風なんてやめてしまって、魔法を使わない生活をすればいい。ギルドにいるのも嫌ならどこかに部屋を借りればいい。セトが側にいるなら、そもそもアクトなら問題ないとはわかっているんだが、それでも……できることなら、戻ってきてくれないか』


 一息でぶつけられた言葉に、少し考えを巡らせる。戻って来いという話なのはわかっていたが、ここまで下手に出られるとは想定外。


 アクトのことを見ながら上界の様子も確認していたが、双風の不在で空いた穴はあまりにも大きい。ギルド内では捌ききれず、各所に協力を依頼してギルドに入ってくる依頼の量を調整しているようだった。


 その状況でただ帰宅だけを望むのはやはり親心だろうか。忘れ形見という考え方はセトにはなく、ラルクの気持ちは完全にはわからない。


 ただ、ラルクはアクトに対して一つだけ誤解している。


『アクトは、別に双風でいることが嫌になったんじゃない。魔力が暴走しないこともきっと心のどこかでわかってる』


『え?』


 この二ヶ月の間、アクトとセトが会話した数はそう多くない。それでも、少しだけ見えてきたことがあった。


『アクトは許されてしまうことが怖いんだよ。人の命を一つ奪って、また同じようなことが起こりかけたのに、普通の生活に戻ってしまいそうなのが。きっと帰るならそのまま双風を続けようとするだろうさ。双風でいれば少なからず"人の役に立つ"ことはできる』


『でもそれは、アクトの意思ではないだろ』


『そうだな……』


 急に念話の繋がりが途絶えてアクトが転移してきて、セトの問いを待たず少し不機嫌に話しかけてきた。


「長くなるなら会いに行ってくれないか。勝手に魔力を経由されて耳鳴りがする」


 アクトの魔力を媒介にするデメリットがあるとは思っておらず、セトがすまんと苦笑した。会話に触れてこないということは内容までは聞こえていないのだろう。


「お前も行くか?」


「……行かない」


「じゃあ伝言は?」


 アクトからラルクへの念話は出来ないはずだ。聞くと、少し悩んでから口を開いた。


「迷惑かけてごめんなさい」


 心配をかけている自覚はあるらしい。わかったと微笑んで転移すると、ラルクはよかったと息を吐いた。


「アクトにうるさいとパスを切られた。聞こえてたとは思わなくて……」


「耳鳴りがすると言ってたから大丈夫だろう。まぁ、嘘かもしれないが……別に聞かれててもよさそうなものだがな。一枚紙をくれ」


 受け取った紙に魔法陣を書いて渡すと、あからさまにげんなりした顔をされる。


「どうりで自力じゃ念話できないわけだな」


 魔法陣に書かれているのは下界にいるセトへ念話を繋げるためのもの。魔力が世界を超えるために必要な工程をラルクはアクトの魔力封印の縁で突破していたが、その世界線の壁はあまりにも大きい。


「繋げさえしてくれればさっきのようにその後の魔力は負担してやるから必要なら使え。あとこれはアクトからの伝言。迷惑かけてごめんなさいだとさ」


 そう言うと、ふはっとラルクは吹き出した。


「迷惑か。まあ、そうかもしれないけど」


「実際に迷惑は被っているのだろう」


 そうだなとラルクは素直に頷いて、ため息をつく。


「双風が急に消えたせいで軍にまで説明と謝罪が必要になったが、恐らくアクトが思っているほど最悪ではない。このまま双風がいなくても文句は言われないさ。アクトが望むように過ごしてもらえばいい」


「そうか」


 難しい話だ。ギルドや軍がそれで問題ないと言っていても、アクトがそれを簡単に受け入れるかわからない。なにか任務以外に集中できる環境を与えてやればいいのかもしれないが、結局アクトのストレスを貯めてしまう可能性だってある。


「……あ」


 一つ妙案を思いつき、微笑む。


「あいつ、次で魔法学校に通える歳か」


 セトの言葉にラルクがえ、と身じろぐ。


「いいじゃないか。アクトとして生活することができるし、同年代との交流は刺激になるだろう」


「だが、学校は……」


 ラルクの懸念も理解はできた。例え魔力を封印していたとしてもアクトの強さは他の学生と比べものにならない。それを隠しても隠さなくても、なにかしらの弊害が生まれる可能性はあるだろう。


「決めるのはアクトだ」


 セトの言葉に、ラルクは深く長く息を吐いて、そうだなとつぶやいた。

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