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ハレを望む  作者: 明深 昊
3章『アクトとセト』
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4話 忌むべき魔力

 体中が痛い。魔力がどこにも行けなくて、胸の中でつっかえる。


 なにがあったのだろう。覚えているのは、確か。


 はっと意識を失う直前のことを思い出して体を起こそうとして、激痛でつんのめる。


「アクト君」


 物音を聞いたギルド医務室長のメイがベッドを囲うカーテンを開けて、心底ほっとしたように息を吐く。


「おはよう。少し待ってて」


「メイさん……おれ」


 アクトの心境を見透かしたように、メイは微笑んでアクトの頭を撫でた。


「大丈夫、誰もいなくなってなんかいないよ。今ラルクを呼んでくるから。ミルナも呼ぶからそうしたら治してもらおうね」


 そう言って医務室を出ていったメイを見送ってから、魔力が眠る胸を強く押さえる。たったそれだけなのに肩がつんざくような痛みを訴えていて、やるせなさと痛みとで涙が溢れてきた。


 どうして。今まで二層目を解放してあんなに魔力が暴れ回ったことはなかった。どうして、どうして。


 大丈夫だと思っていたこともだめならば、普段の魔力だけでも暴走してしまうことだってあるのではないか。それなら、もう。


 首に回ったアクトの手を、唐突に現れたセトが引き剥がす。アクトが目覚めたときなにを思うかセトは気づいていたのだろう。とはいえまともに力も入らない状態でこんなことをしたところで、どんな結果も生まないことはアクトにも分かっていた。


「なにしてんだ」


「セト、俺を殺して」


「せっかくお前も生きたまま誰も殺させず止めてやったんだぞ。上等じゃねえか」


 あのときアクトが死んだらそれまでと思っていたのは確か。だがそれでもこの五年間共にすごしていた情はある。


「……セトが、止めてくれたの」


「ああ。おかげでお前は瀕死の重傷だけどな。魔力の回復にはうってつけだったからまだ魔力回路も繋がってない。大人しく寝ておけ」


「このままでいい」


 よくない、と押し問答になっている間にラルクが入ってきて、アクトが硬直してしまう。ラルクは笑って大丈夫と頭を撫で、もう何年も見ていなかったアクトの涙を拭った。


「魔力は封印しなおしたからセトももう同じようなことはないだろうって。だから安心しろ」


 その言葉にラルクの手を振り払うように起き上がった。


「できるわけない! 俺の、魔力は……っ! いつ、誰を殺してもおかしくないんだよ……!」


 ひときしり叫んで、うずくまってしまう。


「いたい……」


 本来魔法に慣れ親しんだ者は無意識に魔力で体を守っている。それもできていない状態で大怪我をしていてこれだけ動けているのがおかしな話だ。


「ラルク、アクト君お待たせ。今治してあげるから」


 ちょうど転移してきたミルナに優しく仰向けにされて首を横に振る。


 魔法を使うのが、魔力が自由になるのが恐ろしくて。


「いやだじゃないよ。そのままじゃ手も足も動かせないよ」


 それでいいと駄々をこねるアクトを無視し魔力回路の治癒魔法陣が展開する。継ぎ接ぎされる焼けるような痛みと共に魔力回路が繋がって魔力が全身に巡りだし、ほっとしたようにアクトの体から力が抜けた。抵抗していてもやはり魔力があることによる体の負担緩和は大きいのだろう。


 その楽になってしまったという自覚で、自責の念が膨らんで声にならない声をあげる。


「もうやだ……」


 ただひたすらにいやだ、死にたいと消え入りそうな声でつぶやくアクトを見かねて、セトが抱き上げた。


「しばらくここにいない方がいいだろう。連れていく」


「は、セト?」


 ラルクが困惑した様子で聞き返すと、セトは一つ息を吐く。


「こいつが懲りたら帰らせるから安心しろ。食料もある」


「どこに、行くの……」


 アクトの問いに、セトは不敵な笑みを浮かべる。


「下界。文字通り、この世界から消えてやろうじゃないか」


 そう言って、セトは誰の了承を得ることなく上界から姿を消した。


 転移してきたのは一つの道だけが続いている白い空間で、聞かされていたイメージとはかけ離れていて周囲を見渡してしまう。


「ここは世界と世界の狭間だ。もう一度転移するぞ」


「狭間……」


「そう。転移にこの空間を挟む必要を設けてそれぞれの存在が不意にもう片方の世界へ落ちてしまうのを防いでいるらしい」


 それでも完全には防げていないけど、とセトは続けた。


「ここに置いていってくれればいいのに」


 小さなつぶやきは聞こえないふりをして下界へ転移すると、アクトが大きく咳き込み腕から降りてうずくまってしまう。


 周囲に結界をはって深呼吸を繰り返すアクトを見てやっぱり、と転移してきた部屋内に結界魔法陣を敷いてやる。


「下界は上界より空気中の魔力濃度が桁違いに濃い。人間には息苦しい世界だろう。部屋内は結界をはっておいたから下界にいる間はこの部屋を使え」


 転移してきたのはセトの根城。上界のような絢爛なものではないが生活するための最低限の機能と人が一人増えても部屋を用意できる程度の余裕はある。


「……なんで、下界に連れてきたの」


「あそこにいる方がお前に毒だからだ」


 うずくまったまま動こうとしないアクトをベッドに座らせ、顔を掴んで無理やり目を合わせる。


「もう三層目を解放しない限りは同じような暴走はないはずだ。それはお前も理解できているんじゃないか」


「でも、あのときは二層目しか解放してない」


「二層目の暴走は起きない。ラルクの奴が封印をかけなおしたからな」


 アクトの気持ちは理解できた。同じ立場ならセトだってにわかには信じられないだろう。


「もしまた封印が危ういようなら俺が気づく。今回のことでその封印の理解も深まったからな。たとえ暴走したってまた止めてやる」


 でも、と煮え切らない様子のアクトにセトがため息をつく。


「それなら好きなだけ試すといい。下界はどこもかしこも魔物で溢れている。呼ばない限りは魔族がこの辺りを訪れることもない」


 そう言われて窓の外へ目を向けた。確かに外には魔物の気配が多く、建物がある様子もない。


 セトやラルクはアクトの死にたいという望みは聞いてはくれないだろう。そんなことはわかりきっていた。納得するまでここで隠れていられるのなら、これ以上の選択肢はきっと存在しない。


「……わかった」


 ふてぶてしく応えるとセトは少し安心したように息を吐いて頭を撫でてきて、強烈な眠気に襲われる。


「ひとまずは寝ておけ。まだ怪我も万全じゃないし体をこっちに慣らさないとまともに魔法も使えない」


 セトの睡眠魔法は嫌いじゃない。冷たい闇なのにこのあとの眠りは深く夢も見ないから。


「おやすみ」

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