3話 破壊された安心
アクトは任務のときにセトを呼ぶことはない。セトに力を借りずとも自分で全て解決できてしまう。時折無理をして危険に陥っても、封印の二層目を解放したり転移で逃げたりしているようだった。
セトとしては封印を解放するくらいであれば頼って欲しいものなのだが、気軽に呼んでもいいと言っても遠慮してしまっているらしい。
とはいえ魔力が不安定なときに落ち着かせてくれるだけでアクトにとっては充分なようで、一年、二年と接するうちに少しずつ心を許してくれている。
しかし、今までを否定する事態はアクトが十四歳のときに訪れた。
二層目の封印が解かれると同時にアクトの魔力が大きく揺らぐ。三層目の封印まで壊れそうになっているのがわかって、慌てて側へと転移した。
「アクト!」
魔力強化をして転移したのに容赦なく鎌鼬がセトを傷つけ、数段防御を強める。アクトはうずくまっていて、ほっと息を吐いた。完全に制御を失っていたらこんな魔力が通り辛い体勢はとらないだろう。
少し離れたところにラルクが転移してきたのがわかり、来るなの意思表示、周囲の保護のために結界をはる。
「しっかりしろ」
翼でアクトのことを覆い、源にほど近い胸に手を触れて三層目から溢れそうになっている魔力を吸い出す。しかしそれが悪手だった。
急な魔力の流れの変化と魔力を吸い出されたことによる酷い痛みにアクトが叫び声をあげ、保っていた意識を手放してしまう。咄嗟に距離を取ろうとしてももう遅く、完全に暴走した魔力がセトを吹き飛ばした。
もう魔力強化で耐えられるような状態ではなくなったので結界で自分の身を守る。五体満足で繋がっているだけまだ幸運。アクトを包んでいた翼は使い物にならないほどに切り裂かれ、重いので自分で焼き切ってしまった。自分の体は後でどうとでもなる。
『おい、大丈夫か!』
ラルクからの念話に思わず舌打ち。この程度で動けなくなると思われては魔王の名が廃る。
『しくじった。こうなったら殺す気で止める』
まだ封印は完全に解けていないようだが、時間の問題だろう。こうも暴れていては鍵を持っていても封印するのは至難の業。さすがに三層目まで解かれてしまうとセトにも魔力が枯渇するまで耐える以外の手がない可能性がでてくる。アクトには申し訳ないが、その前に一度倒れてもらうしかない。
アクトを見ると先程と打って変わって手足をきれいに伸ばして直立していて、魔力に体を掌握されているのが一目でわかる。セトに向けて追撃するでもなくただひたすらに鎌鼬を撒き散らしているだけなのも意志を持った攻撃でない証。セトが見えていないならやることは単純だ。
間合いを詰めて足払いし、バランスを崩したアクトを押し倒して馬乗りになる。抵抗するように魔力の波が押し寄せるが、もうセトにアクトの魔法は通らない。
「許せよ」
両手両足の付け根に魔力の杭が突き刺さる。普段魔法を使うために必ず通る魔力回路を直接断ち切られ、荒れ狂っていた風が霧散した。
「っ、あ……!」
アクトが弱い声をあげてぐったりと動かなくなる。ようやく外への暴走は止まったが、魔力を完全に鎮静化して封印し直さないと今使える魔力回路から魔法を発現させるくらいの芸当はしかねない。
封印されている分も含めて半分以上の魔力を奪い、残った魔力をセトの魔力が覆って抑え込む。
普段とほぼ変わらない状態に落ち着いたのを見計らい、アクトの上から退いて結界を解いた。
ラルクが急いでかけよってきて、セトが封印をと一言声をかける。
「全部初めからかけ直せ。形は同じでいい。終わったら今の封印魔法陣はもういらない」
「どうして……」
ラルクの言葉にセトはさぁなと首を横に振った。
「こいつの封印はよくできていた。封印できる魔力量に制限があるようには見えなかった。恐らくは……封印をかけたのはアクトの母?」
ラルクがうなずいて、それならとため息をつく。
「封印した本人が死去したことで少しずつ綻びが出ていたんだろう。今ラルクが封印をかけ直せば同じようなことはないと信じたいが」
「杭は……」
「……体ごと貫いたからなくしたら出血が馬鹿にならない。今こいつ魔法が使えないから自己治癒も難しいしな。先に封印して治癒魔法をかけてもらいながら外す」
そう言いながら、アクトからもらった魔力を体中に回す。傷が癒えて翼が再生して、証拠隠滅とほほえんだ。
「俺は無傷だったことにしておけ」
セトの優しい嘘に、ラルクはただありがとうとつぶやくことしかできなかった。




