2話 契り
「今のところ具体的にアクト自身になにかしてもらう気は無い。魔力は時々もらうことになるだろうが、使い魔としてちゃんとお前の助けにはなろう」
「そんなことでいいなら」
まだ気を許してくれたわけではなさそうだがうなずいてくれて、ありがとうと微笑んだ。
「この契約は直接魔力を結ぶ。まずはその道を作ろう。少し痛むぞ」
アクトの胸に手を当てて、同じようにアクトもセトに触れるように言う。お互いの魔力を循環させ、アクトの魔力を自分の中へ取り込んでいく。上質で凄まじい魔力。アクトもセトの魔力を受け取り、短い叫び声をあげて手を離し、ぎゅっと自分の胸を押さえ込んだ。
「い、たいっ……」
「お前の魔力ならそのくらい飲み込めるはずだ」
セトの言った通り、しばらくすると呼吸が落ち着いて体の強ばりも解ける。続けて、とでも言うように見上げてきて、うなずいた。
「それじゃあ、契約を始めよう」
アクトとセトを包み込む魔法陣が展開し、セトが詠唱を唱えあげる。それと共にさらに魔法陣が増え、アクトの魔力も勝手に引き出されていく。ぐらりとアクトの体が傾き、羽でそれを支えた。
「名を」
「……アクト・ストード」
「セト・アビゲイル」
今回は特殊な方法でセトが主導権を持っているから進んでいるが、実力差のある使い魔契約は本来できるものではない。セトの魔力に晒されたアクトが小さいうめき声をあげてどんどん羽の中に沈んでいく。多いとはいえ魔力消費も馬鹿にならないだろう。
「我、主に遣え、主を護る者なり」
お互いの中にある魔力を自身の魔力と混ぜ合わせて本人に返し、契約を結ぶ。展開していた魔法陣がお互いの手の甲に宿り、一際大きく輝いて消えた。
「お疲れ様、少し休んでおけ」
言葉を返す余裕なく脱力したアクトをよそに、使い魔契約を通じてもう一つセトとアクトを繋ぐ魔法を編み上げる。
封印されている魔力はとても子どもが持っていていいものとは思えない。今後成長期を迎えることを考えると、一人に抱えさせるにはこの魔力は大きすぎる。セトがアクトの魔力の一部を肩代わりするように、魔力を削って取り込んでいく。つい先ほどまで魔力消費を心配していたのがばかみたいだ。
天秤が傾いたのは彼のせいかもしれないと、そう考えて首を横に振った。それならばセトが気にかけてやればいい話。考えるのは野暮というもの。
一通りやることを終え、深く息を吐く。頭を撫でると、起こしてしまったのかふ、とアクトが目を開けた。
「すまん、起こす気はなかったんだが」
「大丈夫……」
体を起こして胸に手を当てて封印の魔法陣を展開する。プツリと魔力の大半が途絶え、一つため息。
「父さんに説明しないと……」
「それなら俺も行こう」
「まだ二人で転移できない」
この歳で自分だけでも転移できるなんて大したものだが、拗ねたような言葉に思わず笑ってしまう。
「それじゃあいつも通り魔法陣描いて」
アクトとセトを囲うように描かれた魔法陣に、少し手を加えてやる。このままセトが魔法陣を使ってもいいのだが、アクトに目を向けた。
「使えそうか? 俺が転移してもいいが」
「多分……使える、と思う」
この辺りのセンスはさすがで、しっかり魔法陣を使いこなして無事家まで転移する。
「ここが俺の家。ギルドだけど」
「知ってるよ。少しの間観察してたから」
え、と目線を向けられたが、ラルクが近づいてきて話を中断せざるを得ない。
「アクト! その人? は」
セトを見て何度かまばたきを繰り返すラルクに、アクトはしどろもどろに説明する。
「多分悪い人じゃないと思う」
「だが、魔王って……」
セトは肩を竦めてため息をついた。
「この世界に危害を与えるようなことはできないから安心してくれ」
少し困ったように顎を撫でて、セトを見る目を細める。
「……アクトがどういう子なのか、わかっているのか?」
「もちろん。でなければ接触していない。お前たちは母のことであれこれと負い目を感じているようだが」
その言葉にアクトが目を見開いた。セトはその一件でアクトに目を付けている。彼から話してくれるようなことでは無いだろうし、さっさと知りえていることを打ち明けておいた方が後々楽だろう。
「俺からすればもっとひどいことになる前に、封印を強固にするきっかけを与えてくれたことを感謝すべきだと思うがな」
「っ――!」
アクトが警戒を強めてセトから距離をとるように後ずさった。
「安心しろ。俺が使い魔として共にいる限り、同じようなことが起きる前に止めてやる。だが、まあ」
内にある魔力量を見て、もう少しもらっておくべきだったかと悩む。
「三層目は解放しないのが得策だろうな」
「そんなの、わかってるよ……」
ぎゅっとその魔力が眠る胸の辺りを押さえたアクトの頭を撫で、微笑んだ。
「大丈夫。最悪の事態は起こさせやしない」
絶対的な力をもって言い切るセトにアクトは震える肩の力を少し抜いたように見え、ラルクは感心したように息を吐く。
その安心は、ラルクには与えることができないもの。
「セト、アクトのことを守ってやってくれ」




