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ハレを望む  作者: 明深 昊
3章『アクトとセト』
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1話 かくされたもの

 魔力が落ち着かずに目が覚めてしまう。封印を強めることも考えたが、しばらくギルドに顔を出す予定もないことを考えると発散させた方がいいだろうか。


「……セト」


 静かな呼びかけに現れたセトは、アクトの様子に喉を鳴らした。魔力を栄養源とするセトにとって質のいいアクトの魔力はこの上ないご馳走で、アクトにとっては食べてもらうことで魔力が落ち着いて気が楽になる。


 上体を起こし、周囲に広がっているものも含めて自由に使える魔力のほとんどを手の上に集めた。目に見えるわけではないが、誰もがそこに尋常ではないものが渦巻いているとわかるだろう。


 ゆっくりと放ったそれを一度手に受けて飲み込み、満足そうに息を吐いた。


「残りも半分あげる」


 わかったとうなずき、アクトを翼で包むように覆い被さる。ふっと力の抜けたアクトを支え、首すじに触れた。


 本当は魔力の多い心臓付近から吸い出すのが効率いいのだが、そうするとアクトの負担が大きくなってしまう。首でも痛みはあるしアクト曰く"魔力と共に自分も離れていく感じ"がして気持ちが悪いそうで、いつもこのように眠らせてから魔力を捕食するようにしている。


 それでも体をこわばらせてるのを見る限り、負担はゼロではないのだろう。


 また保有量が増えているようで、ひとつため息をつく。


「我、主に遣え主を護る者なり」


 小声の詠唱と共に、アクトとセトを中心に魔法陣が広がった。使い魔契約を維持する魔法陣を使ってアクトの魔力に直接触れ、その総量の一部をけずっていく。


 この方法で得た魔力は先ほどと違う形で自分の中へと取り込む。アクトも知らない、セトが持つ四つ目の魔力層。初めは苦労したものだが、もう流れ作業のように自然とできるようになってきた。


「……おやすみ」





 膨大な魔力を感知したのは、不思議なことに天秤が揺れ動いてわずか数年後のこと。


 遠目から彼を観察し、どうするか思案する。彼はその魔力を自分では扱えないようだった。当然だ、と思う。子どもの身でありながら常人以上の魔力を保持していてまともでいられるわけがないのだから、彼は一切非はないと言っていい。だがそれは客観的に見ることができる他人であるから言えること。


 その魔力を扱うため強くならなければと狂ったように魔物相手に戦い続ける彼に、気づけば手を差しのべていた。

「魔物……!?」


 森の中で休んでいるところに接触するため、初めて姿を現す。襲われたと考えたのか一気に魔力を高火力の鎌鼬へと変化させ、慌てて結界で防いだ。


「落ち着いてくれ」


 軽々といなされることが衝撃だったのか、鎌鼬の威力はそのままに一歩二歩と後ずさる。


「言葉……」


 魔物は言葉を交わす能力がないのが常識。人の姿に黒い翼といった見た目に言葉までとなると、さすがに驚かせてしまったらしい。


 それによってさらに警戒を強め、落ち着いてほしいという要望は通らなかった。


 胸に手を当てて魔法陣が展開し、壊される。枷だったそれから解放され、アクトから何倍もの魔力がセトへ襲いかかった。


「っ……!」


 さすがにここまでの威力となると急造の結界ではひとたまりもない。大きく吹き飛ばされ、身体強化で大きな怪我は避けたものの話を聞いてくれる様子ではなくなってしまった。


 これでまだ全てではないのだから恐ろしい。ほとんどダメージを受けていないセトを見て、さらに魔法の威力を高めようとしてくる。


「だから待ってくれ! 敵意はない!」


 その言葉にアクトは困惑した様子で攻勢を強めることはなくなったが、鎌鼬は相変わらずセトに牙を剥いていた。


「……困った奴だ」


 魔力の塊をぶつけて鎌鼬と張っていた結界を瓦解させ、アクトも吹き飛ばす。


「っ、あ……!」


 背後の木に激突して膝をつき、体勢を立て直そうとするアクトの目の前に立つ。それを見上げる彼の顔は恐怖と困惑の表情を浮かべていて、ふ、と微笑んだ。


「わかったろう。戦う意志はない。あればもう殺しているからな」


 ようやく話を聞く気になったのか、魔力の圧が少し弱まる。


「一旦話を聞いてくれないか」


「お前、なんなんだよ」


「セト・アビゲイル。魔種の王だよ。お前は?」


 少し悩んでから名乗ったアクトに微笑んで、アクトの目線に合わせるように座った。


「魔種って、魔族ってこと……?」


 魔種とは魔物やその上位種である魔族の総称であり、人間にとって魔族は伝説の存在のようなものだ。


「そう。お前らのいう悪魔ってのが魔族の成れの果てみたいなもんだが、普段俺たち魔族は人間たちの住む上界には立ち入らないからな」


 その言葉に、アクトは再び警戒心を強める。魔物と戦い危険な思いをしたこともあるだろう。魔王としての立場は人間の味方のようなものだが、おいおい信用してもらえればそれでいい。


「俺は普段下界で上界、この人間の住む世界の均衡を見守っている立場だ。その均衡が最近揺らいでしまったから、協力者を探している」


「協力?」


「使い魔に興味はないか?」


 魔種が生きるのに必要な魔力が空気にも溢れる下界とは違い、上界にはそういったところは世界に指で数える程しかない。


「使い魔? セトがってこと……?」


「そう。俺はこっちで活動するには燃費が悪すぎてな。人間の使い魔として召喚されている形になればその人間とのパスである程度解消される」


 説明をしてはいるが、ピンとは来ていないだろう。そもそも使い魔や召喚術といったもの自体この国では一般的なものではない。


「でも、俺……セトを使い魔にするには力が足りないと思うけど」


 それでも最低限の知識はあるようで、怪訝そうに首を傾げた。同意の上での契約だとしても縛る側が縛られる側との実力に乖離があると契約難易度は跳ね上がる。つい今しがた打ち負かされたばかり。反応としては当然だろう。


「それは問題ない。少し特殊な方法を使うから」


 そう言ってどうする? と問いかける。


「どうと言われても、使い主になって何をすればいいの?」


 多少はこの状況を受け入れてくれたらしく、言葉がだいぶやわらかくなったように感じた。子ども特有の好奇心もあるのだろう。

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