5話 己を守るための鍵は
出ていこうとしたところで腕を捕まれ、無理やり魔力を奪われそうになる。思わず強引に振りほどき、激痛に襲われて膝をついてしまったケインを睨んだ。アクトにも痛みはあるが、ケインは恐らくこの比ではないだろう。
「鍵についてどう聞いているかは知りませんが、俺の魔力を少し手に入れたくらいで制御できるとでも思ってたんですか」
他人の魔力はいわば毒のようなもので、基本的に受け付けることはできない。魔力の譲渡はどういった形であれ受け取る側の方が負担は大きくなる。
きっと「アクトの魔力を鍵として受け取る」といったニュアンスで話を聞いていたのだろう。鍵がほしいのなら行動としては間違ってはいないが、アクト――自分より格上の魔力をただそのまま奪って平気であるはずがないのだ。
肩に手を置いて彼の中で暴れている魔力を奪い返す。ケインは痛みが遠のいてほっとしたのか、深く息を吐き出した。
「これ以上関わらないでください」
どれだけ話しても意味が無い。逃げ出すように部屋を出ると、イルガとばっちりと目が合った。ケインとの対話に動転していたせいでイルガの気配が遠のいていないことに気を向けられていなかったことに今さら気づく。
「あ……」
「アクト君! まだ話は……」
「話は終わりました! どうせあなたは俺の立場をいいように利用したいだけなんでしょう!」
ケインが性懲りもなく後を追って部屋を出てきて、思わず声を荒らげてしまう。
「違う、鍵についてはアクト君の力になりたくて……!」
「力になりたくて? ふざけたことを言わないでください……」
必死に抑えていた怒りが込み上げてきて、同時に魔力も昂っていく。その気迫に圧されたのか、ケインが一歩後ずさった。
「さっきも言いましたがあなたが懸念しているようなことは、そうなる前に俺の使い魔が俺を殺してでも止めます」
セトの言葉は本気で、だからこそ安心して今ここにいるのだ。
「俺の気持ちも知らないで簡単に力になるだの守るだの、無責任なことを言わないでください! 不愉快だ!」
「待て、アクト……」
踵を返したアクトの腕をイルガが咄嗟に掴む。
「え、先生……!」
転移魔法が集中を切らされたせいで乱れ、体が捻れるような痛みを覚える。アクトに触れたイルガも含めて、目的ではないどこかの路地裏へと転移してしまった。
「アクト、大丈夫か!?」
膝をついたアクトにイルガが声をかけたが、アクトはそれには答えずにイルガを睨んだ。
「どういうつもりですか」
「いや、転移するとは思ってなかった」
イルガにも転移の負担はあるのだが、転移の魔力はアクトから出ている。
転移は失敗のリスクが高い。充分に転移先を思い浮かべられないと、そこから少しずれた場所に転移してしまう。酷い時はそれだけでなく、体が捻れ、引っ張られるような激痛が走る。
転移は初めは一メートルの距離から練習する。負担を限りなくゼロに近づけるために。それほど慎重に行う必要があるから、転移は上級魔法に分類される。
「……とにかく、帰りますか」
呆然とするイルガに声をかけると、イルガは我に返って手を出した。
「俺が転移する。すまなかったな」
「いえ……」
大丈夫だと言おうとしたのだが、素直に手に触れる。イルガが転移したのは寮の前だった。
「……先生」
なにも話す事なく帰ろうとしたイルガに声をかけるが、言葉に詰まってしまいうつむいた。
「どうした?」
ここでは一向に切り出せないと考え、イルガに触れぬまま寮の中へと揃って転移する。触れることで一つのものとして送る方法と違い、難易度は桁違いに跳ね上がる芸当。
イルガはそれを使えることに疑問は持たなかった。
「聞いて……ましたか?」
イルガの魔力は音に高い適正を示し、なにもしていない状態でも壁の向こうの会話なら普通に聞き取れる聴力がある。
自己紹介のときにそのようなことは話していたし、イルガも嘘をつくことなくうなずいた。
「聞いたよ。気になったからな」
「そうです、か」
どう切り出せばいいのだろうか。このまま気にしないでくださいと言っても、アクトもイルガも今後気まずくなってしまう。
「……聞いちゃいけないことを聞いてしまったとは思っている。でもアクトがそれで気に病む必要はないから……って言っても難しいか」
精一杯気をつかってくれているのに、イルガの顔を見ることができない。
「俺……やっぱりこんなところ、来ないほうがよかったんですよね……」
ぐっと拳を握りしめて小さくごめんなさいとつぶやいたアクトに、イルガは苦笑いしてくしゃりと頭をなでてきた。
「俺はどんなときもアクトと接するよ。約束する。だから来ないほうがよかったなんて言うな」
想定していなかった優しさに、どうすればいいのかわからなくなってしまう。
「なんも……思わないんですか。自分で言うのも変ですけど。俺、双風なんですよ」
イルガはそりゃまあ、と笑ってうなずく。
「ここ数年で一番びっくりしたけど。それ以上にお前今、相当苦しいだろ。色々事情があるんだろうってのはわかったし、隠していたことを無断で聞いてさらに説明を求めようなんて欲張りなことはしない。ましてやアクトは俺の生徒なんだから」
アクトが顔を上げると今にも泣き出しそうな表情で、イルガは微笑んだ。
「話したくないことは話さなくていいし、逆に話したいことがあるならいくらでも聞いてやる」
「はい……ごめんなさい」
「謝罪は聞きたくない」
すると、しばらく考えてから不器用に笑い返してくれた。
「ありがとう、ございます」




