3話 必要な嘘
アクトはよくセトを呼び出してはただ側にいてと言うことがある。だいたいはうつうつと考えごとをしてしまって気分が沈んでいるのだが、今日は少し違うようだった。
学校の寮にセトのような異様な存在がいてはまちがいなく騒ぎになるので、気配は隠すように言いつけている。座っている椅子の斜め後ろにいるのはわかっているのに、そちらへ目を向けないとアクトでもその存在が無いように思えてしまうほど。
「……憧れなんだって」
考えごとをしているのはいつもと変わらないが、顔や魔力は陰っていない。不思議そうにそうつぶやいたアクトに、先ほどの会話を知らないセトは憧れ? と聞き返した。
「今日、双風の話になった」
その言葉に、セトが息を飲む。話の内容によってはアクトが傷つきかねない。とはいえ、アクトの様子からして嫌な会話ではなかったのだろう。
「俺には目標も目的もなにもなかったから……アズサの気持ちはわからなかったけど。双風がいるとがんばれるから戻ってきてほしいって」
「……そう言われて、アクトはどう思った?」
「どう……」
少し考えてから苦笑いする。
「申し訳なくなった」
「申し訳ない?」
「だって、今の俺は目指していいような人間じゃない」
世間で知られている双風がたとえアズサの言うような褒められた存在だとしても、アクトはそれを含む全てを壊してしまった。アズサの憧れる双風の強さが、時に人をも傷つけると知ったとき、彼女はなにを思うのだろう。
どこまでもマイナス思考であることに呆れてため息をつき、アクトの前へ回って大きな黒い翼でアクトの肩を包むようにする。
さすがにアクトも大きくなって全身を包むことはできなくなったが、セトが使い魔になってすぐ、彼がまだ幼いころからよくしていた行為。最初はただのなぐさめの為の子ども騙し。ただ、ときには翼を通して魔力を送り、一種の精神安定剤のように働かせることもある。今はそこまでのことはしていない。しかし、アクトはそれだけで安心したように力を抜いた。
「……たしかに今の双風とアズサという者の描く双風は違うかもしれないが、どちらも同じ双風であることは変わらない。双風の"強さ"がまだ未熟な者たちにとっては羨望の対象になることは自分でもわかるだろう?」
本人に伝えるにはなかなか難しいことで、またこの程度では大きく考えを改めるとも思わない。しかし、アクトが普通に学校生活を楽しみ、さらに再び双風でいられるようになるきっかけのひと欠片にはなり得る。
「でも、本当のことを知ったら憧れなんて」
「本当のことを知る必要なんてないじゃないか」
その言葉に、アクトが顔を上げた。
「だって、お前から話さないと知る術はないだろう。なら話さなければいい。アズサはいつまでも双風を目指し強くなるだろうし、お前も失望されたと傷つくこともない。これはアクトにとってもアズサにとっても必要な嘘だ」
そもそも双風であることを隠している時点で嘘もなにもないのだが。
「必要な嘘……」
ぽつりと繰り返して、困ったように笑った。
「俺、あいつらと友人になれるのかわかんないね」
もう友だちじゃないのかと言いかけて、言葉を呑み込む。代わりに言葉にしたのは希望の形。
「お前が思うほど友人は難しい関係じゃないと思うぞ。せっかくなんだから楽しめばいい」
「……うん」
ようやく素直に笑ってくれたアクトに、セトも微笑んだ。




