第三十章 終幕の縫い目
朝が来たとき、王城の空は澄んでいた。前夜の嵐のような動揺が残した瓦礫はまだ片付けられていないが、空気は確かに変わっていた。街角の活版屋は朝刊の最終号を配り終え、広場には人々が集まり、誰もが昨日とは別の顔をしていた。私たちの戦いは公の場で尽くされ、最後の審理が開かれる日——それが今日だ。
最終審理は簡潔に、しかし厳かに始まった。国外使節団の報告書と地下冊子、王太后私室の押印、イザベラの余白の符号、そして数々の供述。これらを結んでいけば、大きな輪郭が見える。だがその輪郭の中にある黒い核——“代行”と称される外部の手先たちの名——それを私たちは最終的に提示するつもりだった。私の胸には静かな覚悟があった。刃はもう、恨みだけの刃ではなく、国の痼りを解くための道具になっている。
まずは証拠の読み上げだ。マルティン、ルディウス、イザベラ、レオン、侯爵──次々と証言が続き、それぞれが自らの関与と過ちを公に認めた。涙と静かな赦しの言葉が交差する。だが決定的だったのは、国外使節が提出した決定的な送金のチェーンと、活版屋に残された匿名のビラの出どころを突き止める技術的解析だった。それは、王城の外側に位置する複数の「代行」ネットワークが、いかにして署名と公文を利用して動いたかを明示していた。
審理の終盤、私が壇に立って最後の陳述をした。声は静かだが、剛直だった。
「我が身は“実験”と呼ばれ、玩具にされ、消されかけました。それは私個人の物語であると同時に、この国の病理です。責任を取るべきは、個人の悪意だけではありません。制度の隙間を利用し、恐れと利得で人々を動かした『連鎖』にこそ、我々はメスを入れねばなりません。今日、私たちはそれを始めます」
言葉が通った。群衆の中には嗚咽する者、静かに頷く者、指を噛みしめる者がいた。法の場は生々しい情緒を秤にかけ、しかし最終的には理を選ぶ場所だ。私の望みはただ一つ——再発を絶対に許さぬこと。個が裁かれると同時に、制度は改められるべきだ。
裁定は迅速だった。王太后の直筆署名は真作の可能性が高いとして、専門鑑定のうえで更に検証を行う条件付きで公的名義を撤回する勧告が出された。ヴァレンティン家の経営責任は厳しく追及され、数名が資産凍結と監視下に置かれる。マルセルら実行者は法の審判を受け、彼らの供述に基づく更なる捜査が命じられた。だが審理は同時に、王城の「非常時の暫定権限」を制度上で明確に定義し、外部監査の常設化と報告の公開を義務付ける新たな法案を提示することを勧告した。
その場で、王太子は静かに立ち上がり、王の代行として新たな再建の計画を宣言した。彼の目は若く、しかしどこか覚悟を湛えていた。「我は王の名を借りることで行われたあらゆる不正を正す。これからは、王室もまた国民の前に透明である」と彼は言った。宣言は象徴的だが、地方と国外の注視がある今、その言葉には実効性を伴う力が宿っていた。
その直後、最も重い瞬間が訪れた。王太后の老侍女、そして王室の古参の役人が自ら名を上げて、王太后の署名に至る経緯を詳述した。彼らの供述は苦しい真実を含むものだった。王太后は一部の文言を認識していたが、全体の趣旨や細部の委任の実情については認識を限定していた——それは彼女の側にも情報の非対称があったことを示唆する。要するに、署名は「機械的な承認」を意味しており、その実際の運用や細かな指示は別の者たちによって差し替えられ、運用されていたのだ。
真の黒幕は、単一の人物でなかった。外側の代行者たち、内部の複数の役職の癒着、そして権力の甘い保守性——それらが共同して、この悲劇を生み出していた。だがそれでも、責任は追及されねばならない。制度を変え、関与者を裁くこと。その二つは相互に補完し、どちらも欠かせないというのが私の結論だった。
審理の最終段、私は侯爵の方へと顔を向けた。彼はここ数週間で灰色になり、しかしその背骨は折れていなかった。彼は小さく頭を垂れ、それから私に向かい、言葉を紡いだ。
「アレクサンドラ、君は私に多くを与えた——そして私は君に多くを奪った。だが私が今日ここに立てるのは、君が真実を求め続けたからだ。もし我が行いが君に消え難い痛みを与えたなら、私がそれを受けよう。だがこれからも、我はこの国のために尽くす」
私は侯爵の手を取り、短く頷いた。赦しは一夜で生まれるものではない。だが彼の姿勢は、私が望んだ方向を向いていた。公の場での責任は、個人の贖罪と制度の改革を同時に求める。私はその連携を信じることにした。
その後、数週間のうちに連鎖の多数の端が切り離された。実行者は裁かれ、代行者のうち数名は国外にて資産と身柄を束縛された。王城には独立監査局が設置され、参謀会の暫定権限は法的な縛りに置かれた。被害者救済基金は設立され、実行者により被害を被った者たちへの補償と医療支援が始まった。変化は遅いが確かなものだった。
だが何よりも変わったのは、人々の目の在り方だった。かつては「均衡の名」の下に沈黙していた者たちが、声を上げ始めた。小さな告白が重なり、やがては公の空気を変えていった。私が求めたのは、ただの個人的な復讐ではなく、その積み重ねがもたらす制度的な清浄化だ。それは少しずつだが、確実に進んでいった。
ある夜、私は書斎の窓から街を見下ろしていた。灯りは静かに揺れ、人々の日常が戻りつつある。フォルクが背後に立ち、静かに言った。
「令嬢、これで終わりか?」
私は窓の外の遠景を見つめ、そして小さく笑った。「終わりではない。だが始まりにはなった。私の復讐はもう個の痛みを返すことではなく、未来の種を蒔くことになった。刃は収める。しかし心は忘れない。忘れずに、次の縫い目を寄越す」
それから数ヶ月後、私は小さな文書を公表した。そこには、私が裁判で見聞きした真実の断片と、今後のための提案がまとめられていた。法改正、透明化の手順、監査の常設、そして被害者支援の恒久化──それらは一枚の報告書となり、王太子はそれを国会に提出した。議論は続いたが、以前とは違い、議場には被害者の声が届いていた。
最後に、私は侯爵と短い旅に出た。屋敷を離れ、静かな海辺の小さな村へと向かう。そこでは波の音が、どんなに冷たい過去も洗い流すように寄せては返していた。私たちは言葉を重ねず、ただ海を見つめた。彼は私に向かって、静かに言った。
「我が行いの代償はまだ済んでいない。だが私は、これからも君の側に立ち、少しでも償いを続けたい」
私は遠くの水平線を見て、答えた。「私も、刃を取る者ではなく、縫い針を取る者でありたい。復讐は終わった。だが治癒はこれからだ」
波が寄せ、砂を撫でる。私の胸には静かな疲労と新しい決意が混じっている。長年眠っていた痛みは、まだ眠りから覚めているが、それは私の歩みに力を与える燃料でもある。私たちはゆっくりと立ち上がり、海岸を歩き始めた。
終幕は来た。だが幕の向こうでは、新しい舞台が用意されている。私はそれを恐れずに歩む。刃は鞘に戻り、針が手に馴染む。真実は裁かれ、縫合の跡は残る。傷は消えないが、やがてその痕は物語となり、誰かの手を導く灯となるだろう。
風が私の髪を撫で、波の音が穏やかに続く。遠くで子供の笑い声が聞こえた。私は侯爵の手を取り、ゆっくりと前へ進んだ。今日の一歩が、明日の希望を結ぶ糸となるように——私はそう願いながら、歩き続けた。