第二十七章 縫合の夜
公聴会の余波は、王都のあらゆる隅にまで浸透していた。日常の糸は引き剝がされ、新しい縫い目があちこちで刺されている。街の噂は乾いた風のようにすり抜け、誰もが過去と現在を引き比べた。私たちは勝利の歓声を浴びたが、その歓声は継ぎ目の結び目を固める作業の始まりでしかなかった。
法と制度の改正案は王太子の後押しで着々と進み、国外の代表は調査委の監視役を続けた。ヴァレンティン家の当主には公的な責任が課され、レオンは内部情報の提供と引き替えに減刑の対象となった。マルセルやルディウス、かつての現場にいた多くの者たちは、裁判にかけられ、証言台に立った。だが「証言」は、ただ事実を並べるだけでは終わらない。誰かの言葉は誰かを守り、誰かの沈黙は別の誰かを窮地に追いやる。網はいまだ完全には解けていなかった。
その夜、私たちは屋敷の小さな執務室に集まった。外は静かだが、蝋燭の火は落ち着かなく揺れている。侯爵はいつになく硬い顔で、手元の公文を読み返していた。フォルクは窓際に立ち、外の路地を警戒している。マルティンは娘の寝息を確かめてから戻ってきたばかりで、肩の荷は少し軽くなっているように見えた。セリアンは書類の山を丁寧に並べ、私と侯爵は次の方針を静かに詰めていた。
「我々は次に何をするべきか」侯爵がぽつりと呟く。声の律動には疲労が混じるが、確かな意思がある。
私は頁をめくりながら答えた。「公開と保護の二本立てです。記録を晒し続けるだけでなく、被害に遭った者、巻き込まれた者たちの生活をどう立て直すかを同時に動かす。補償基金は始まりであって、教育と監視、法の透明性を制度として定着させる必要がある」
フォルクが腕を組んで、短く「だが、寄生は消えていない」と言った。彼の視線は書斎の隅に積まれた写しの束に向いている。私は同意するしかなかった。頭の一角で常に感じる不快な隆起は、その夜も消えなかった。
そのとき、侯爵がふと顔を上げ、静かに言った。「イザベラが公開証言を申し出た。彼女は王城の女官だ。今日は、彼女に我々の前で話してもらった方が良いだろう」
名前を聞いた瞬間、私の胸に複雑な感情が走った。イザベラは署名の当事者として公に知られた。彼女の説明は公聴会ですでに行われたが、公開の場では語りきれない部分があるという。侯爵は続けた。
「彼女は、自らの過失を深く悔いている。だが、それだけではない。彼女は他にも、王城の中で沈黙している者たちの名を示唆している。彼女に機会を与えれば、連鎖を更に解く糸口が得られるかもしれぬ」
私は黙って頷いた。案内をして侯爵の書斎の椅子へと座ったとき、扉が静かに開き、イザベラが入ってきた。彼女は右手に小さな箱を抱え、唇をかすかに噛んでいた。白髪が混じる髪はきちんとまとめられ、目は沈んでいる。だがその沈みは、決して怯えではなかった。
「お入りください、イザベラ」侯爵が柔らかく言った。彼の声はかつてないほど優しかった。
彼女は深く礼をしてから、箱の蓋を開け、中から二枚の古い便箋を取り出した。紙は黄ばんでいる。封をされた形跡はあるが、封蝋は割れて、封の内側に細かい書き込みが見える。彼女は震える手で一枚を差し出した。
「これは、私がずっと胸に閉じていたものです」彼女の声は低いが確かだ。「私は署名をしました。間違っていたと言い続けてきた。それは事実です。しかし私が署名をする際、私は命令系統の上の者から、ある指示を受けていました。文面の裏に、別の伝達が残されているのです。私は、それを見てしまいました。私は署名をした後、深く悔い、しかし動けませんでした。今日は、それを公にしたい」
便箋は、表の文面だけではない微かな書き込みを含んでいた。私は慎重にその墨跡に目を走らせた。そこには簡潔な指示と日付、そしてイニシャラとも見える一文字が薄く添えられていた。筆跡は不自然に小さく、幾分急いでいる。だがその形は、かつて私が見た「V」の印の一端とよく馴染む――しかし、完全に同一ではない。別の器が同じ舞台に立っていたのだ。
「これを出すと、あなたは何を失いますか?」フォルクが厳しく訊ねる。彼の目は過去の痛みに敏感だ。
イザベラは顔を上げ、静かに言った。「失うものは、私の地位と名誉でしょう。しかし私にはそれよりも重いものがありました。私は若い頃、この国の未来を信じて仕えた。人々が救われると信じてやってきた。しかし私の沈黙が誰かの死を招いた──その事実を私はもう抱えていられません。私は責を取るつもりです。だが同時に、この国のためにできることがあるなら、最後まで協力したい」
その言葉を聞いて、侯爵がゆっくりと頷いた。「我々はあなたの協力を求める。だが我々も、君が曝されることで被る不当な仕打ちを許すつもりはない。証言は保護され、同時に事実に基づき処置される」
イザベラの証言は穏やかに、しかし重みを持って展開された。彼女は名を挙げる代わりに、伝達の在り方、差し入れられた紙の記号、そしてその指示が持っていた微妙な言外の意味を解いた。彼女の語るものは、単純な悪意の列挙ではなかった。そこには「習慣としての傾き」が見え、権威を前にして誰もが共有してきた恐れがあることを示していた。彼女は匿名を希望する内部の複数の者たちの証拠書類を差し出し、我々はそれを写しとして確保した。
夜が更けるにつれ、私の心は少しだけ軽くなった。イザベラは私たちに、王城の更に上層の仕組みを示す小さな地図を差し出した。そこに記されたのは、役職の名と、その役がどのように「V」の承認の網にかかわっていたかの短い注記だった。完全ではない。だが道はわずかに開いた。
しかし、縫合の夜には必ず疼きが残る。イザベラを見送り、扉が閉まるとき、侯爵が小さな紙切れを拾った。そこには一行の短い文言が走っていた——
「縫えば裂ける。裂けばまた縫う者現る。」
血の匂いのする脅迫ではない。もっと狡猾で、もっと永続的な何かの予告だ。誰かが、連鎖を断つのではなく、ただ形を変えて生き延びる術を心得ている。
私はその文字を指に触れ、紙の端を爪ではがすようにして折り畳んだ。縫合は始まった。糸をかける針先は確かに動いている。だが縫った跡には、必ず後から見えない裏縫いが存在する。私たちはそれを一つずつ裏返し、露わにしていかねばならない。
窓の外で夜明けの色がほのかに上ってきた。私は息を整え、フォルクの肩を軽く叩いた。「眠ろう。だがすぐに立ち上がる。次は更に深い所へ行く」彼は短く頷き、私たちはそれぞれの席へ戻った。縫合の夜は一夜で終わらない。だが私には、夜ごとに小さな確信が積もっていくのがわかった――刃を裁きに変えるための縫い針は、確実に動いていると。