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第二十六章 裁きと繕い

 公聴会は、もう戦場のようだった。紙は刃となり、言葉は弾丸となって人々の肌を貫く。朝から夜まで、証言が続き、写しが示され、筆跡が照合される。私が望んだのはただ一つ――「誰が私を消したのか」を明らかにすることだった。だがいつしか、その問いは変化していた。誰が命じたか、誰が押印したかを突き止めることと同時に、制度として何が壊れていたのか、どうやって未来に同じことが起きないようにするのか。審理は、私の企図を超えて大きな問題を啓いた。


 午前、侯爵は立ち上がって沈痛な声で語った。自分のあの日の振る舞い、見て見ぬふりをした後悔、私への隠蔽を試んだ弱さを認めた。彼の言葉は私の胸に刺さったが、私はその場で彼を斬るつもりはなかった。刃を振るうだけでは何も生まれないことを、私はこの長い戦いの中で知ったのだ。


「私は、間違った判断をした」侯爵は低く言った。「だが我が家の名を守るために、君を深みに引き入れてしまった。許しは乞えぬかもしれぬ。だが私はこれから、私の持つ全ての記録を公開し、協力する」


 その宣言は場内にざわめきをもたらした。だがすぐに、他の声が続いた。ヴァレンティン家の幹部は互いを指し、商会の者たちは「命令は匿名だった」と供述を繰り返す。レオンは疲れ切った顔で自分の関与を認め、しかし「代表」として押し付けられた名の重さを訴えた。彼は自分が組織の歯車であったことを白状し、涙を見せた。誰かが席を立ち、静かに手を差し伸べる。私の胸はざわつき、だが決断は揺らがなかった。


 午後、国外の鑑定団と公的監査が共同で告発文をまとめた。そこには、紙面に残る命令系統の図、送金の流れ、仮面と演出に関する物証の一覧、そして「国家的監督責任の欠如」が列記されていた。彼らの言葉は冷徹で、同時に慈悲の余地を残さないほど確固たるものだった。公的責任の所在が明確にされるにつれ、法廷の中の力関係は少しずつ変わっていった。


 その夜、予期しない瞬間が訪れた。ヴァレンティン家の若き当主、マルセル──先に捕らえた下働きの名とは別の、その家系の一人が、自らの胸を打って前に出たのだ。彼はかすれた声でこう言った。


「我々は、事を大きくしてしまった。私の一存で始まったわけではない。しかし私の家は長年、国家の裏に手を伸ばしていた。私はその責を負う。だが…しかし、我々だけが責められるべきではない。参謀会の名は、それを超えている」


 彼の自白は、場の緊張を高めると同時に、かすかな希望も落とした。誰かが真摯に責を取ると言うとき、それが真実であれば、他者の剣が少しでも収まるかもしれない。しかし自白があれば、誰かが埋め合わせをしようとする誘惑も生まれる。私はそれを恐れた。真実が「個の贖罪」に変じ、制度の責任が曖昧にされることを、私は見たくなかった。


 そこで私は立ち上がった。声は疲れていたが、意思は確かだった。


「我々は、誰か一人を殺して終わらせるのではない」私は会場を見渡した。「この事案は、個人の悪意だけでは説明がつかない。制度の欠落、権力の隠蔽、そして人々の恐れが連鎖した結果だ。君たちが謝罪し、首を差し出すことは一つの道だが、それでは傷は癒えない。真の償いは、制度を変えること、被害者に補償を与えること、そして再発防止の法を作ることだ」


 私の言葉は、支持と反発を同時に呼んだ。数名は頷き、数名は唇を噛んだ。しかし私は続けた。


「そしてもう一つ。私に対する行為の個人的責任は、法の場で清算されるべきだ。私の復讐は私的な裁きではなく、法の審理を通しての公正な処置へと変える。私は誰かの血を望まぬ。私は正義を望む」


 侯爵の目が光った。レオンは俯いた。マルティンは私の手を強く握り、目に涙をためた。彼らの様子を見て、私は小さな安堵を感じた。刃は振るわれるのではなく、法の手に委ねられる。だがそのためには、法が本当に独立して機能しなければならない。


 夜半、電光のようにもう一つの出来事が起きた。匿名の告白者が、会場に姿を現したのだ。彼は顔を覆い、震える声で言葉を絞り出した。


「私は、かつてVの会合で記録をつけた者だ。名前を出すことはできぬ。しかし言わせてほしい。あの会合は、初めは国のためと称した。だが次第に歪み、私たちは誰かの命を秤にかけた。私の良心が、それを許さなかった。私は…私はこの手記を作り、誰かがそれを見てくれることを願った」


 彼の証言は、やはり個人の罪と制度の罪が入り混じるものだった。だが重要なのは、それが口を開いたという事実だ。隠れていた者たちが、徐々に顔を上げ始める。公の場に出ること、それが最初の一歩だった。


 翌朝、王太子は新たな命令を出した。独立監査を法制化し、国外の代表を交えた調査委員会を設置する。被害者への補償基金が設けられ、さらに「国家の均衡」を方便に使った決定の再審査を義務付ける条項が読み上げられた。変化は一晩で起こるものではない。だが種は撒かれた。私のやりたかったことの輪郭が、ようやく見え始めた。


 その日の夕刻、私は侯爵と二人きりで歩いた。庭の並木道は秋の冷たい風に抜かれ、枯葉が踊っている。侯爵の肩には重さがのしかかっているが、彼の姿勢は少しだけ正されたように見えた。


「あなたは…復讐を放棄したのか」侯爵が小さく尋ねる。


 私は遠くを見つめ、答えた。「放棄ではない。形を変えただけだ。私が望んだのは、ただの痛みの返還ではない。誰かの死をもって済ますつもりもない。私は真実が曝され、制度が変わり、同じ悲劇が繰り返されぬことを望む。それが私の望みだ」


 侯爵は静かに頷いた。二人の間に揺れる沈黙は、暖かくもあり、冷たくもあった。私たちはそれぞれの刃を胸にしまい込み、次の朝に備えた。刃はまだここにある。しかしその向き先は、私が最初に想ったものとは変わっていた――復讐ではなく、裁きと繕いへ。


 だが影は消えない。公聴会での勝利があっても、糸は残り、誰かが次の演出を企むかもしれない。私たちは眠らずに備えるだろう。真実を晒した後の世界は、まだ脆く、治癒を待っている。それでも、私は一歩を踏み出した。白日の下で裁き、そして壊れたものを縫い直すために。

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