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第二十章 灰色の審問

 夜明けの余韻がまだ城壁に残る頃、王城の公聴会は始まった。広間は昨日よりもさらに人で溢れ、顔は疲労と興奮と怒りで混じり合っていた。私の隣にはフォルクがいた。彼の指先は冷たく、だが確かな支えになってくれる。マルティンは書類を胸に抱え、目を細めて審判の動きを追っている。外では群衆がざわめき、遠方には宣誓した使節の馬列が見える。


 まず提出されたのは、地下秘蔵室で私たちが見つけた冊子の原本だった。写しが市中に流布された今、原本こそが法的な重みを持つ。マルクスが静かに起立し、声を張って読み上げる。列挙された承認の名、日付、実行の指示。頁の隅々まで目を走らせるうちに、会場の空気は自ずと重くなった。誰もそこで目を逸らすことはできない。


 セドリクは法廷の席で頷いた。彼の表情は長く冷え、昨日よりもどこか手薄になって見える。ルディウスの供述、セリアンの証言、フォルクと私が押さえた物的証拠──それらが重なるにつれて、顧問筋やヴァレンティン家の顔ぶれは固まった。だが「固まる」ことは、同時に別の動きを生む。力を失えば、逆襲を試みる者が現れる。


 そこへ割って入ってきたのが、ヴァルターの最終供述だった。病床で痩せ衰えた彼が杖をつきながら立ち上がると、会場は息を呑んだ。彼の声はかすれ、だが言葉は確かだった。どうして自分が加担したか、誰から直接命令を受けたか、薬の調合書の由来、そして「心理媒質」の機序まで――彼は全てを、震える手で吐き出した。最後に口を結んで、こう言った。


 「私が筆を執ったのは間違いだ。だが真実を知らねば、この国の夜は明けない。赦しを乞う」 


 だが審問は情緒の場ではない。証拠はそれ自体が判断を促す。マルクスは公的な手続きを粛々と進め、セリアンは王太子の名にて「独立監査委員」の承認を促した。王太子は舞台裏から静かに見守り、時折メモを取る。彼の存在は、この場のバランスを救ってもいるが、同時にその若さゆえの短剣のように危うい。


 午後になると、審問は核心に突き進んだ。冊子の一頁一頁を追う作業が続き、ついに「V代表:LM」の記載が法廷に提示された瞬間、列席者のひとりが声を上げた。レオン・マルシアンが前に出て、ゆっくりと頭を下げる。彼は自らを暴露する覚悟を示し、王城内部での“V”の成り立ちと、その名が如何にして分割されてきたかを説明した。彼の言葉は冷たく、しかし明瞭だった。


 「‘V’とは一人の名ではない。連鎖だ。我々は時に、国家の均衡を理由に手を汚す。私もその一人である。だが、それは正当化される行為ではなかった」


 レオンの告白は審問を前に進めた。しかしその夜、法廷の外で雲行きが怪しくなった。ヴァレンティン家の一部――公開される情報のさらなる拡散を恐れた者たちが、裏で動き出したのだ。封じ込められていた利権の網を手放すことは、相当に苦い。彼らは静かに動員をかけ、消息筋に「公的手続きの混乱」を仕組ませようとした。


 そして出た答えは、血による沈黙ではなかった。彼らは、もっと効率的な方法を選んだ。記録の一部を再改竄し、王城内の書記の一人の署名を偽造して、私たちの提示している一連の資料の一部が「後から書き加えられた」と主張する工作を始めたのだ。偽造は巧妙で、手口はプロフェッショナルだった。だが我々は前もって冗長性を用意していた。国外の鑑定、複数の写し、録音、複数の証人――その網に穴は少ない。


 その夜、私は侯爵と短く話した。彼の顔は痩せていたが、言葉は真摯だった。


 「アレクサンドラ、もし全てが我が手の内にあったなら、私は君を守っただろう」と彼は低く言った。「だが、私もまた利用された。今は公の審理に任せよう。君の痛みは……」彼の言葉は途切れた。


 私は侯爵の手を握り返す。復讐は個の手に収まらぬ。私が望んだのは、私を消した者への報いだけでなく、これ以上の犠牲を無くすこと。侯爵が協力する姿勢を見せてくれたことは、小さくも重要な前進だった。


 だが夜半、事件は新たな局面を迎える。王城の一室で、レオンの独白の直後、誰かが強引に封印を試みる動きがあった。セドリクの取り調べ中、突然に彼の供述の一部が矛盾しているという内部文書が現れ、法廷の流れを一瞬止めた。誰がその文書を流したのか。追及の糸はたどられた。調査の結果、文書は王城の内部から流れたものであり、しかも遠くない役職に属する者によって署名された形跡があった。


 私はその署名を見て、言葉を失いかけた。署名の主は、かつて私に優しく接し、幼い私の世話をしてくれた古参の侍従――クラウスの名に似ていた。彼は長年、私の屋敷と王城の間を取り持ち、私が見えないところで世話をしてくれた人物だ。私にとって彼は「慈悲のある影」のような存在だった。


 だが署名の偽造が示すのは、慈悲の仮面が簡単に裏返るということだ。クラウスは拘束され、取り調べを受けることになった。彼の面持ちは驚きと動揺に満ちていた。だが取り調べの結果、彼は本当に署名をしたのではなく、複製された署名が彼の筆跡に酷似するように作られていたことが判明した。署名の偽造は精緻だったが、残る痕跡は粗暴だった──それは外部の工作員ではなく、王城内部に深い根を持つ者の仕業であることを示唆していた。


 「つまり……誰かが王城の中で、我々の審理を攪乱しようとしている」マルクスは言った。「しかも、それは高位の者の意図が絡んでいる。外套の者たちは、もう後戻りが利かないのだろう」


 私は深く息をつき、手の中の冊子を見つめる。証拠は外に出た。それは御しがたい流れとなり、誰もがそれに晒される。だがそれは同時に、誰もが襲われやすくなることを意味していた。私の胸の奥で、復讐と正義との線引きが更に細く、鋭くなっていく。


 夜が更け、王城の灯火が静かに窓に揺れるころ、私は一つの決意を固めた。これ以上の改竄や混乱を許さぬよう、証拠の完全開示を求め、かつそれを国際的に保証させること――それが私の次の一手だ。刃は既に振るわれた。だが刃は、記録と透明性という盾と組み合わされねば、ただの復讐の道具に成り下がる。


 明日、私は再び公の壇上に立つ。そこで私は、最後の扉を叩くつもりだ――ヴァレンティン家の核心、その名を公に問う。そして同時に、王城の内から出た偽造の手口を暴き、誰が連鎖を保持しようとしているのかを明らかにする。そのために、私は眠らない。真実の朝に、刃が正当に振るわれるために。

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