新たな釣り竿を求めて
エルリックの店を出た後、不思議な活力が湧いてくる。あの小さな指南書と彼の言葉が、私を奮い立たせた。
湖畔の定位置に戻り、急がずに本の最初のページを開く。
『基本釣り技術ガイド』
表紙の文字を読み、古びて黄ばんだページをめくる。
様々なキャスト技術、餌の種類、魚の習性について書かれている。一つ一つの文章が、私の釣り技術に新たな層を加えてくれるようだ。
「餌の選択は、狙う魚の種類によって変わる」
こんなことは今まで考えたこともなかった。今までずっと、自動で与えられる基本の餌しか使っていなかったのだ。
ページをめくるごとに、釣りへの理解が深まっていく。単なる趣味の領域を超えて、より複雑で深みのあるものに変わっていく。この変化が心地いい。
本を閉じ、湖面を見つめる。
新しい釣り竿が必要だ。エルリックが言っていたように、良い装備は珍しい魚を釣る鍵になる。
インベントリを確認する。多少の金はあるが、新品の竿を買うのに足りるかわからない。
これが、ヴェリディアン・リアルムズで初めて真剣に考える「出費」だ。普段ならゲーム内の経済など気にも留めない。
だがこの釣り竿は、フィニアンの依頼を達成するための一歩なのだ。その考えが私を落ち着かせる。
再び街へ向かう。今度は少し慣れた気がする。街の喧噪も以前ほど気にならない。目的があるからだ。
エルリックの店に戻ると、
「また会えたな、若き釣り人よ。本は役に立ったか?」
彼は笑顔で迎え、カウンターを軽く叩いた。
「ええ、とても参考になりました。新しい釣り竿が欲しいのですが」
「素晴らしい選択だ。どんなタイプを考えている?」
彼の目が輝く。
棚に並んだ様々な釣り竿を見比べる。大きさも素材も様々だ。
一番右に、光沢のある濃い木製の釣り竿が目に入る。繊細な彫刻が施されている。
「これを。この釣り竿はいくらですか?」
「これは『船乗りの贈り物』だ。特別な一品さ。珍しい魚を釣る確率が上がる。だが、少々値が張る」
エルリックは丁寧に竿を取り出し、誇らしげに説明する。
値段を見て、目を少し見開く。予想よりずっと高価だ。
所持金のほとんどを使い切ってしまう。一瞬躊躇う。
しかしフィニアンの顔が浮かぶ。あの光り輝く魚を釣り上げたいという思いがこみ上げる。
これは単なるゲーム内のアイテムではない。私のヴェリディアン・リアルムズでの穏やかな冒険の一部なのだ。
「買います」
きっぱりと頷く。
「賢明な選択だ。後悔はさせん」
エルリックが満足そうに笑う。
代金を払い、釣り竿を受け取る。新しい竿は手に軽く、しっくりと収まる。私のために作られたかのようだ。
店を出ると、不思議な清々しさを感じる。
ほとんどの金を使い果たしたのに、なぜか豊かな気分だ。この竿が新たな可能性を開いてくれる気がする。
再び湖へ向かう道で、夕日が空を紫色に染め始める。
新しい竿で最初のキャストをするのが待ち遠しい。これが、ヴェリディアン・リアルムズでの新たな冒険の始まりなのだ。