インハート伯爵家②
ハレアがここ数日、インハート家にいて分かったことがある。この屋敷の人はみんなお喋りだということ。そして、屋敷を切り盛りしている使用人たちはすべてヨーレンの家族で、執事のヨーレン、メイド長のカカリはヨーレンの妻であり、ハレアの専属侍女のモーネの母親でもある。モーネの年はハレアの一個下で、ハレアが通っていた魔術学校の生徒だそうだ。そのため、昼間は学校に行っていることもあり、カカリが代わりに色々とお世話をしてくれている。カカリは豪快な女性でもちろんお喋りだ。カカリにはモーネの上にルードとリールという息子がいる。一番上のルードは屋敷の料理番をしている。もちろんお喋りだ。料理人なだけあって食の話になると止まらなくなる。二番目の息子、リールはどうやら魔具を作る仕事をしているらしく、自室にこもってひたすら製作作業に没頭しているらしい。というのも、ハレアはこの屋敷に来て唯一リールと顔を合わせたことがないからだ。
伯爵家の屋敷にしては少しこじんまりしていると思っていたら、この屋敷はもともとキルシュの父であるインハート男爵が所有していた別邸を魔術師団長就任に合わせ伯爵の爵位を賜った記念にくれたそうだ。本当はもっと立派な屋敷を建ててあげる予定だったようだが、キルシュがそれを断り、子どもの頃よく遊びに来ていたこの屋敷とヨーレン家族の引き抜きをお願いしたようだ。
キルシュの両親とは結婚式の時に一度挨拶をしただけだった。二人に「やっと息子が片付いたわ~」とお礼を言われ、気のいい方々だった。
(結婚式の時は無口だったのに、あんなに喋る人だったとはな~)
ハレアは窓から屋敷の庭を眺めながら思い出す。庭には見たことのない魔具が芝生を自動で刈っていた。
あの日以来、キルシュには会っていない。そもそもこの屋敷に帰ってきていないようだった。団長ともなると忙しいのだろう。何をしているかは機密事項だから世間にはあまり知られていない。
屋敷での生活には何一つ不自由しない。ヨーレンの家族は温かく迎えてくれるし、信じられないほど会話が途切れないから、退屈はしない。
しかし、ふと一人の時間になるとやることがない。小説の中の婦人は騎士である夫の無事を祈りながら刺繍をし、それをプレゼントする描写がよく出てくる。ハレアは凄まじく不器用なため、細かい作業が苦手だ。刺繍をたしなもうと思った事すらない。針の穴に糸すら通せないと思う。ドレスも別に興味ない。そもそも水魔術使いにとってドレスは濡れたら重い鉛のようなものなので、必要ない。屋敷の中でもドレスではなく薄手のブラウスにひざ丈のスカートを着ている。動きやすいからだ。
「はぁ~、これじゃ溺愛されるどころか認識すらされないんじゃないかなぁ」
そこでふとあの夜にキルシュが怒涛のように話していた内容を思い出した。
「西の小屋……。行ってみようかな」