愛する人の前
「帝国内で彼ほどに魔術の才がある人はいない。魔術師団は皇帝の命で動かせることはできるが、内部の人事などは一切関与できない決まりになっている。しかし、当時第一隊長であり、確実に団長になり得る存在……。そんな彼を取り込めば、父に勝機がある。だからか、前例はなかったが団長就任と共に伯爵の爵位をあげたんです。でも、団長さんは爵位なんかに興味なかったんでしょうね。父に恩を感じてはいるものの、取り込めるほどには至らなかった。そこで無理を言って結婚させたんです、ハレアさんと。魔力量の多いあなたと魔術の才に秀でた団長さんとの二人から生まれた子は、きっと……」
(やっぱり、フェイリス殿下は私の魔力量のことを知っている……)
「申し訳ありませんが、ハレアさんのことを色々と調べさせていただいたんです。学校でも色々な噂はありましたけど、正直なところ信じてはいなかったんです」
「それは……まあ……、万年Bクラスでしたし……」
「しかし、この間たまたま北東の山で水色の魔力の光を見たんです。真っ先に調べました。場所は第一隊の訓練場だということは分かりました。でも、その日はそこの使用履歴はなかったんです。本当はいけないんですけど、隊員の休暇情報まで手に入れて……。そうしたら、急遽団長と第四隊長の休暇が取られていたんです。彼らのどちらかだと思いましたが、団長は炎魔術、第四隊長は土魔術を得意とする人。水魔術も扱えはしますが、光が漏れるほどの威力を出せるかといったら無理だと思います。そこで色々と調べていくうちにインハート夫人である、あなたにたどり着きました」
ハレアは「ゴクリッ」と唾を飲み込んだ。
「全て調べさせていただきました。幼少期に魔力暴走を起こし、入院していたこと。学校での成績はそこそこでしたが、教師陣の中ではSクラスに入れようとしていた人もいたとか……。それでも、無理矢理にでもSクラスに入れられなかったのは魔力を調節していたからだったのでは?と思いまして……。ご実家であるロンダム伯爵家まで調査いたしました。そうしたら、文官の家とは思えないほどの魔石の購入履歴があったんです」
ハレアは諦めていた。権力のある人にはどう取り繕っても無理なのだと。
「魔石に魔力注入をして発散していたんですよね?しかし、あなたの魔力が入った魔石がどこにも流失していなかった。つまりは今もロンダム伯爵家、もしくはここに保管してあるのではと……」
コンコンッ――
「失礼いたします」
息を切らしながら、キルシュが応接室の中に入ってきた。
「殿下とはいえ、妻を口説くのはやめていただきたい」
そう言いながらいつもよりも大きな足音を立てながら近寄り、ハレアの隣にドカッと座った。
「団長さんのお仕事中なら大丈夫だと思っていたんですが、どういったカラクリで私がここに来ているのが分かったんでしょうか?まあ、魔術師団長ともなれば、私の知らない魔術があるんでしょう……」
ハレアはキルシュが来たことによって安堵はしたが、フェイリス殿下自身のことは世間が思っているほど悪い人なのではないのではないかと思っていた。
「魔術でもカラクリでもないです!あっ、愛です!!!」
キルシュは大きな声を上げ、ハレアの肩を抱き寄せながら殿下に高らかに宣言した。
「は?」
ハレアはキルシュの顔を思わず見上げたが、未だかつてないほど顔も耳も赤くなっていた。
「ハッハハハハハハハ……」
フェイリス殿下は腹を抱え、目には涙を浮かべ、皇族とは思えないほど大きな口を開け、豪快に笑いだした。
ハレアも、彼女の肩を抱いたままのキルシュもその光景に唖然とした。
殿下はひとしきり笑った後、「はあ……」と息を整えた。
「ほんわかとしたお嬢さんだったので、口説き落とせるかと思っていましたけど、思っていたより周りが鉄壁なようで……」
まだ少し笑いが治まらない様子のまま話始めた。
「結婚は諦めますが、協力はしませんか?友人として」
フェイリス殿下は笑い泣きした涙を左手で拭い、右手をハレアに差し出した。
「えっと……」
いまだにハレアの肩を抱き寄せている、キルシュの顔を伺った。
「妻はまだ動揺していますし、その協力内容に関しても私は聞いておりませんので、後日の回答でもよろしいですか?」
キルシュは先ほどまでの赤面した表情とは裏腹にキリッとした面持ちでそう答えた。もちろん、ハレアの肩は抱き寄せたままだ。
「では、またお伺いします。友人としてね」
フェイリス殿下はそう言って応接室から立ち去ろうと歩き出した。見送りをしようとハレアとキルシュは立ち上がった。殿下が部屋のドアノブに手をかけた瞬間、彼は振り返った。
「『炎の冷徹魔術師』と呼ばれているあなたも愛する人の前ではそうなってしまうのですね」
そう言って殿下は少し意地悪な顔を浮かべ、部屋を出て行った。
キルシュの一歩後ろに立っていたハレアからは、彼の表情は見えなかったが、耳の後ろが赤くなっているのは分かった。
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