裏山の竜巻
ハレアが魔術学校に入学して早々のことだ。
「ハレアさんってお兄さんがいらっしゃるのね」
移動教室時、そう言いながら同じクラスのチル・ルルドネアがハレアに話しかけた。Bクラスの生徒のほとんどは平民出身のため、貴族出身というだけで少しだけ距離を置かれてしまっているからか、ハレアはチルに話しかけられたのがとても嬉しかった。
「兄は私とは違って魔術の才能があるみたいでAクラスなのよね」
「あら、実技の先生がハレアさんはSクラスかBクラスかで先生たちの間で揉めたって聞いたわ。どうしてBクラスかSクラスなのかしら」
「あ~、それは……私が少しだけ人より魔力量が多いからっていうだけですね。座学なんて下から数えた方が早い順位ですし」
「そうだったのね。でも、Bクラスでよかったわ!あなたとはお友達になれそうだもの!それにお兄さんが結構タイプ!」
チルはそう言ってハレアにウインクをした。
「兄は……その……、やめておいた方がいいですよ……」
「あら!伯爵家の長男で魔術の才能もあるなんて将来有望じゃない!」
「シスコンだからです……」
ハレアは言いたくなさそうなジトっとした声で言った。
「アッハハハハハ!最高!」
チルは貴族らしからぬ大きな口を開けて、涙を流しながら笑った。
「私、チル・ルルドネア。同じ学年だし、敬語はなしね!」
チルはハレアに手を出した。ハレアはそれに答えるように彼女の手を握った。
「ハレア・ロンダムです。あっ、敬語はなしだよね」
そう言ってクスッと笑った。
ハレアはふと廊下の窓から外を見ると、校舎の裏庭で男子生徒数名が揉めているようだった。制服のローブについている紐の色が緑のことから同じ学年の生徒だということは分かった。しかし、校舎の三階からでは彼らが何で揉めているのかは分からなかった。ただ、一方的に一人の男の子をイジメているように見えた。
「ごめんなさい!チルさん!私授業ちょっと遅れます!」
ハレアはそう言って、階段を駆け下りた。
―――
「キッショ!女みてぇな人形持ち歩いて!」
「おめぇみたいなのがSクラスでなんで俺がAクラスなんだよ」
「兄ちゃんがSクラスだからって入れられただけだろ!」
「ほら、魔術で取り返してみろよ!」
Aクラスの生徒と思われる男子生徒三人がSクラスの生徒の男の子を囲んでイジメていた。Sクラスの男の子のものであろう人形を取り上げ、彼自身を押さえつけていたのだ。
「ちょっと!あなた達!寄ってたかって襲い掛かるなんてなんて卑怯なの!」
ハレアは彼らの元へとズカズカと乗り込んでいった。
「は?お前誰だよ!Aクラスでもねぇってことは落ちこぼれじゃねーかよ!」
「あら!Aクラスの才能溢れるあなた方は三人がかりじゃないとそちらのSクラスの方を倒せないってことよね?」
ハレアは貴族社会で子供のころから嫌味を言われ続けていたためか、目上ではない同じ年の人になら口喧嘩では負ける気がしなかった。
「は?お前こそこんなとこにノコノコ出てきてどうすんだよ。落ちこぼれが勝てるってのかよ」
ハレアには謎の自信があった。入学したばかりで、実技の授業はほぼなかったが、兄がたまに見せてくれる様々な魔術を真似すれば自分でもできると思っていたからだ。
「勝てます!」
ハレアは曇りなき目でそう言い放った。
「あ~、ここで決闘でもしたら後々面倒だから、こうしようぜ。この人形を一分以内に見つけたらお前らの勝ちでいいよ」
Aクラスの一人がそう言うと裏庭に広がる雑木林の中に勢いよく人形を投げ入れた。
林の中は昼間でも暗く、人形はすぐに見えなくなり、遠くから「ガサッ」という音だけが聞こえた。
「あっ……」
人形の持ち主である黒髪の男の子は小さく絶望した声を出した。
「大丈夫ですよ」
ハレアはしゃがみ込む彼の肩をポンッと軽くたたくと、そのまま雑木林へと両手を突き出した。
(風よ、巻き上がれ!木も葉も全て薙ぎ払え!)
詠唱魔術を全く習っていないハレアは心の中で起こってほしい事をひたすらに願い、両手の先に力を集中させた。
すると最初は小さくハレアの足元に竜巻が起きるも、すぐに裏庭の葉を巻き込み、人間の二倍の高さはある竜巻に成長した。そして枝をなぎ倒しながら雑木林の中へと竜巻は進んでいった。
「ちょっ……、さすがにヤバくね?」
葉と枝を全てなくし、枯れ木のような状態の裏山の木々たちを見て、Aクラスの男子たちは逃げて行ってしまった。その頃には四階建ての校舎の高さほどまでに竜巻は成長していた。
「もう!もう!大丈夫ですから!」
黒髪の少年がハレアのローブを掴みながら精一杯の大声を出した。風の音の中かすかに聞こえた彼の声で、ハレアは雑木林に向けていた両手を下した。竜巻は枝を倒す『パキッパキッ』という音をたてながら小さくなり、そのまま消えた。
葉は落ち、枝もほぼなくなった木々ばかりのはげ山同然の元雑木林の中に、一際目立つ青色が見えた。彼の人形の着ているドレスの色だとハレアはすぐに分かった。
ハレアは人形に駆け寄って抱きかかえた。
「見つけましたよ!一分もかかってないんじゃないですか?」
そう言って裏庭の方を振り返るとそこにはしゃがみ込む黒髪の男の子だけがいた。
ハレアは「逃げるなんて最低ね」とグチグチ言いながら、彼の元へと歩いた。
「どうぞ。大事なお人形さんなんでしょ?」
ハレアはしゃがみ込んだままの彼にそっと人形を渡した。太陽の光が人形の瞳に当たり、水色に輝いた。
「この瞳の色、私にそっくり!」




