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昨晩のあとしまつ

 リックヨルンド帝国。先代の皇帝時代に侵略戦争で大陸の三分の二の領土を得た大国だ。先代の崩御により当時20歳だった現皇帝になったことで、侵略戦争は終わりを告げた。リックヨルンドは魔術により他の国を圧倒していた。その魔術技術は現在も健在だ。戦争当時、帝国には一つの噂があった。小国の領地を焼き尽くすほどの魔具があると。しかし、それは噂の域を脱することはなく、そんな魔具は一切使われずに終戦になった。

 そんな魔具に怯え、降伏した小国の一つにルルドネア王国がある。チル・ルルドネアの故郷である。チルの祖父はルルドネア王国の王様だった。時代が違えばチル・ルルドネアは小国の姫ということになる。現在では帝都から南側にあるルルドネア領の領主の子爵家になっている。

終戦から25年。世の中は平和になってはいるが、帝都から離れた領になると、未だに皇帝への反発が強い地域も多い。現皇帝は平和主義者のようで、この地をまた戦禍に陥ることを嫌い、自治領にも支援を惜しまないようだ。


―――


 ハレアが目を覚ますと、外が騒がしかった。窓を開け、バルコニーに出ると昨夜よりは引いたものの庭はまだくるぶしほどの水が溜まっていた。


「あっ!お嬢!もしかしてこれー!お嬢がやったのー?」

 

 ハレアに気付き、ルードがバルコニーに向かって叫ぶ。長靴姿のルードとヨーレンが湖のような庭を歩いていた。

「すっ!すいません!昨日の夜、旦那様が来ててー!」

 ハレアは寝起きの精一杯の大声で答える。

「え?キルシュ来てたの?いやいや、それでなんでこうなったんだよ。早速夫婦喧嘩かー?」

 ルードは笑いながら歩きずらそうに進みながら屋敷の玄関に向かっている。

「今日は天気がいいのですぐ捌けますよ!」

 ヨーレンさんは相変わらずの笑顔でハレアをフォローしてくれる。


「奥様!お着替えはお手伝いしましょうか?」

 振り返るとモーネが部屋の扉の前に立っていた。

「いえ、今日もスカートとブラウスにする予定だから大丈夫よ。ありがとう、モーネ」

「朝食の準備はできているので、いつでもどうぞ!それでは、また!」

 モーネは毎朝、ハレアを笑顔で起こしに来てくれる。男兄弟の真ん中のハレアにとってモーネは妹のように可愛い存在だ。侍女ではあるが、年も近く、明るい性格もあって、知らないインハート家に嫁いできても寂しさを感じないのは、モーネのおかげが大きい。

「あっ!奥様!お勉強ですか?」

 部屋を出て行こうとしたモーネが机の上に置いてある三冊の本に目線をやった。

「えっ?」

 そこには『詠唱大辞典』『かんたん!初心者の詠唱』『魔術の基本これ一本!』という本が重なって置いてあった。

「多分旦那様かな?」

 ハレアは昨夜、キルシュに怒られたことを思い出した。

「なーんだ!めちゃくちゃ愛されてるじゃないですか~!」

 モーネはニヤニヤとしながら部屋を出て行った。


(これは読めってことだよね……)

 テンションの高いモーネとは裏腹にハレアは憂鬱になった。

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