彼女の実力
ハレアは目をそらせずにいた。
吸い込まれそうなほど血のように綺麗な瞳だ。
「かっ……、帰っていたんですね……」
絞り出すように出した言葉は、これで正解だったのか分からない。本当に顔を忘れかけていたなんてことを言わなかっただけ、良かったのかもしれない。
「ああ。ヨーレンから聞いたぞ。ここを破壊しかけたんだってな」
「はあ……、そうみたいです」
「それにヨーレンのバリアにヒビを入れたとも言っていた!今までどんな魔術を使っても壊すことができなかったバリアをどうやって破壊したんだ?水の魔術を使ったと聞いたが、水の魔術でそんなに鋭利な攻撃魔法はあっただろうか。僕は君を少し見くびっていたようだ。仮にも魔術学校の出、それなりに魔術の才があったようだ。今ここで是非見せてほしい!」
そう、この人は一度話始めると止まらない人だ。見た目によらず、よく口が動く。
「いや……、すみません。それだと旦那様が死んでしまいます」
「ん!?聞き捨てならないな。僕を誰だと思っている?最年少で魔術師団長になった男だぞ?帝国の魔術師でも研究員でもない君に僕が殺せるわけないだろう。それにどんなものでも避けられる自信がある!是非!今!ここで!見せてくれ!」
ハレアの手を握り、おもちゃを欲しがる幼児のような純粋な目で彼女に懇願している。
(イッ……、イケメンだ……。そして可愛い!カミュレスもなかなかに整った顔立ちをしているけど、また別の系統のイケメンだ。冷たそうな普段の無表情の時とのギャップがたまらない!可愛い!私を求めている!これはもう溺愛路線間違いなしじゃない!)
「わ、分かりました……。でも、ここだと狭いので広い場所に移動してもいいですか?表の庭とか」
ハレアは赤くなった顔をキルシュに見られないように逸らした。
「まあ、それはいいが……」
インハート家の庭は貴族の屋敷にしてはそこまで広くない。庭師もいないため、芝生を謎の魔具で刈って整備している程度で、他の貴族の屋敷にあるようなバラ園などがある庭園とはかけ離れていて何もないまっさらな原っぱのようだ。
「ここでいいですか?」
「ああ、どこでも」
ハレアは庭の中央に立つ。キルシュもそのそばで彼女を今か今かと期待の眼差しで見ている。
「あのぉ、旦那様は浮遊魔術はお使いになられますか?」
「もちろん。他の人は少し浮いて終わるような浮遊魔術だが、僕にかかれば数十メートル上空まではいけるな」
「そうですか。そしたらここから10メートルほど上空で見てもらってもいいですか?」
「まあ、いいけど……」
少し不満げな表情を浮かべてキルシュは小さな声で「ファルセビ・ボネッサゲラ」と浮遊魔術の詠唱をし、高く舞い上がった。
夜の暗さもあり、10メートルほど上にいるキルシュのことは月明かりで辛うじて見える程度だった。
「いきますよ」
キルシュに聞こえるか聞こえないかの声でそう言って、指をパチンッと鳴らす。
するとズモモモモモモモと音を鳴らし、水が渦を巻いてハレアの周りを取り囲む。高さにして5メートル以上はありそうだ。その水流は重力に負けるようにすぐに落ち庭を囲んだ。凄まじい量の水に、ガタンッと屋敷の門が開き、水は屋敷の外の道路へと流れていく。階段を数段上ったところにある屋敷の玄関の扉まではギリギリのところで水は届かなかった。
ハレア自身もその水に足をとられ飲み込まれた。
「ちょっ!」
浮遊していたキルシュはハレアの腕を掴み、水流の中からひっぱりあげる。
「カリメ・ジーカカム」
ハレア自身に軽量魔術を付与し、抱きかかえる。
ハレアがキルシュに抱きかかえられ空中に浮遊している間も、水は広がり、屋敷の周りは大雨が降った後かのように湖になっている。
キルシュ自身もびしょびしょに濡れている。
「あっ、あの……旦那様……」
(キャー!お姫様抱っこされてるー!これもう絶対好きでしょ!私のこと好きだから助けてくれて、さらにはお姫様抱っこなんてー!水も滴るいい男だわ!この人!私の夫なんです!『愛することはない』とか言っちゃって、もう2週間やそこらで溺愛ルートじゃない!キャー!)
「君は……」
濡れた体とは裏腹にキルシュは乾いた声を出す。
「はい?」
ハレアはもうキルシュの溺愛ルートが確定されていると思っているので、目がトロンとなりハートマークさえ見えてきそうなほどの瞳だ。
「なぜ、詠唱破棄をするんだ!全くもって魔術をコントロールできていない!なぜ詠唱をするのか分かるか?魔術とはイメージの世界だ。自分の家系魔術やよっぽど得意な魔術以外は詠唱することによってそのイメージを補ってくれるからだ。自分で完全にコントロールができない魔術はすべて詠唱しろと学校で教わらなかったのか?最初と最後では全くもって魔術の流れが違う。あんなガタガタな魔術は見たことがない。そして何故自分自身に回避魔術や浮遊魔術を使わない!あのままだと流されて死ぬところだったぞ?確かに魔力量が桁違いなのは分かる。だからこそ、詠唱破棄などせずにきちんと魔術を使うべきだ。全くこんなのが僕の妻だなんて……」
「ふぇ……?」
(あれ?なんだかめちゃくちゃ怒っていません?溺愛確定演出だったのでは?あれ?)
ビチャッと音を立てて地面にゆっくりと降り立ち、キルシュはハレアを下した。
「君はこの屋敷以外では一切魔術を使わないように。あまりに危なすぎる。本当に魔術学校を卒業できたのかすら怪しい。いいか?これは絶対に人前では使わない!そして人には話すな」
「はぁ……」
目に見えてしゅんと落ち込むハレア。
「この魔力量を知っている人はどれくらいだ?この屋敷の人と君の家族くらいか?魔術学校の先生は知っているのか?」
「先生は知らないです。毎日魔石を壊して魔力を発散させていたので、人よりは多いとは知っていますけど。あと、学校の同期で一人、魔石を壊しているのを知っている人がいて……」
「ちょっ、ちょっと待て……!魔石を壊す?いやいや、あり得ないだろ……」
「ヨーレンさんから聞いていませんでしたか?」
「それは聞いてない……」
キルシュは「はぁ……」とため息を一つつき、右手で頭を抱えた。
「いいか?君の魔力量は国家を揺るがす兵器レベルだ」




