忘れた顔
「私も一緒に街でお買い物したかったです~!」
夕食時にモーネがハレアに向かって言う。
「今度は一緒に行きましょう!」
「買ってきた本もう読み終わったんですか?」
「ええ、一回目は読み終わりました!また読み返しますけど」
「帰りの馬車の中でずっと読んでいましたよね。奥様と色々お話したかったのに~」
モーネは少しむくれて見せた。
「モーネ、お嬢に失礼だろ。一応ここの女主人だぞ」
(一応……)
ハレアはルードの言葉に少しムッとしてしまう。
「ルードこそ、奥様に失礼ですよ。お嬢じゃなくて奥様と呼びなさい」
ヨーレンがルードに注意する。
「お嬢はお嬢だろ。奥様感が全くない」
ルードがいつもの調子でヘラヘラと答える。
「あー!!!リール兄の晩御飯持ってくの忘れてた!」
モーネがバサッと立ち上がった。
「いいわよ~。食べ終わってからにしなさい。一時間くらい遅れたくらいで死んだりしないわよ~」
カカリはそう言ってモーネを再び座らせた。
「じゃあ、私が食事を運んでもいいですか?」
ハレアがカカリに尋ねる。
「奥様にそんなこと……」
「いや、そうじゃなくて一度お話してみたいなって!同じ学校だったみたいですし……」
「お嬢、それはやめといた方がいい。せめて今日は……」
ルードはいつになく真剣な表情だ。
「すいません!そうですよね!余計な事……」
ハレアは下を向いて落ち込んだ様子だった。
「いや、迷惑とかそういうことじゃなくて……」
(今のリールは何考えてるか分かんねぇ。お嬢を付け回してる理由も知らないうちはこっちからの接触は避けた方がいい。……ほんと、自分の弟ながら心が読めねぇ)
「リールはあまり知らない人と関わるのが苦手だから、おいおいね」
ルードは苦笑いをしている。
「そうでしたか……。それなら仕方ないですね……」
「そういえば、今日西の小屋を修理しましたよ」
ヨーレンが気まずい流れを遮るように話をした。
「本当ですか!すみませんでした!」
「いえいえ、バリアも二重にしておきましたので、安心かと」
「わぁ!わざわざありがとうございます!」
ハレアは手を合わせて喜んだ。
―――
目が覚めると夜中の2時だった。久しぶりに街に出たからか、夕食の後にすぐに眠ってしまったハレアは、今日買った『氷の冷酷騎士様は私の熱に溶かされ溺愛する』の新作を読み返そうと手に取った。カーテンの隙間から差し込む月明かりが妙に懐かしさを感じさせた。
(西の小屋に行こう)
こんな夜は外に出たくなる。それはきっと魔術学校時代の習慣のせいだ。
物音をたてないように廊下を進み、静かに階段を下りる。表の玄関の扉を開けば、音が鳴ってしまうかもしれないから、キッチンの勝手口から外に出た。
頬を撫でる夜風は少し冷たかった。雨上がりなのか、芝生は濡れていて、歩くたびに足元に水滴が飛び散っている。
西の小屋は昼間に見るよりも随分と雰囲気があった。もともと古いのもあり、お化けが出てきてもおかしくないような外観だ。
「おじゃましま~す」
小声で話すハレアとは裏腹に小屋の扉は『ギィィイイイ』と大きな音を鳴らした。
「誰?」
真っ暗な小屋の中に誰かの気配を感じた。ハレアは思わず後ずさりをする。
コツッ、コツッとゆっくりとそれは近づいてくる。
息を飲んだその瞬間、月明かりに照らされた赤い目がハレアを見た。
「君は夫の顔も忘れたのかい?」




