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街へ②

「貴族の奥様が本当に荷台なんかでよろしいのですか?」

 青果店の配達員は心配そうに荷台の木箱に囲まれているハレアを見る。

「私は全然大丈夫ですよ!むしろ、すっごくありがたいです!」

「あ~、お嬢はそういうの気にしないから大丈夫!まぁ、安全運転では頼みますけど」

「そりゃ、もちろん!」

「よろしくお願いします~!あっ、あと明後日は果物多めに配達してくれるとありがたいです!」

 ルードと配達員が和気あいあいと会話していると荷台がズシッと沈んだ。

(あれ?なんか今荷台が少し沈んだような……。誰かが乗ってきたような……。でも、私以外に誰もいないし、荷物を載せた様子もない……)


「じゃあ、頼んだぞ」

 ルードは荷台に向かってそう言いながら小さく手を振った。

「いってきま~す!」

 ハレアはルードに向かって大きく手を振った。


「お嬢は無邪気だな~。さ~て、どうしたものか……」

 ルードは呆れた様子でキッチンへと戻った。


―――


「乗せていただきありがとうございました」

 青果店の前でハレアは配達員に深々とお辞儀をした。

「いえいえ、こんな荷台でよければいつでも!今度はクッション用意しておきます!」

「そこまでしていただかなくても!私の我が儘なので!」

「インハート伯爵夫人はお優しい!」

「そんな事ないですよ!」

「本当にここで良かったのですか?うちの倉庫の前なんて……」

「ええ、そこの表通りに行きたかったので!本当にありがとうございました!」

 もう一度配達員でお辞儀をして、青果店を後にした。


 帝都の中心部に来るのはインハート家に嫁いできてからは初めてになる。貴族行きつけのアクセサリーショップやドレスショップを背に、ハレアは真っ先に本屋に向かう。


カランカランッ――

「いらっしゃっ!あっ、ロンダムさん!お待ちしておりましたよ!」

 本屋のドアを開けると、椅子に座って本を読んでいた本屋の娘のコレットが立ち上がってハレアの元へと駆け寄ってきた。コレットは若草色の髪を一つにまとめている、読書が好きな女の子だ。本を読む時だけ眼鏡をかけている。ハレアとはたびたび本の話題で盛り上がる友人の一人だ。貴族と平民だが、お互い趣味が一緒のこともあり、気の置けない間柄だ。

「あっ、コレットさん、こんにちは!実は私この間結婚して今はハレア・インハートになったんです」

「えっ!婚約してましたっけ?ってあれ?インハートって帝国魔術師のインハート団長ですか?えっ!すごっ!えっ!?」

 コレットは動揺を隠せずあたふたとしている。

「そうなの。急に決まったことで。報告が遅れてごめんなさい」

「いえ!なら何かお祝いを……って私、本以外のものは無頓着だから、何を送ったらいいか分かりませんわ!」

「いいのよ!気を遣ってもらわなくても!前と変わらず、こうしてお話できればそれでいいの!」

「それなら今からお茶でも行きませんか?お時間ありますか?」

「もちろん!」

「あっ、あとこれですよね!」

 コレットは『氷の冷酷騎士様は私の熱に溶かされ溺愛する』の新作、新婚旅行編の小説をハレアに手渡した。

「取り置きしておきました!ロンダムさっ、インハートさんなら当日に来られると思って!」

「わぁ!ありがとうございます!私の事はハレアって呼んでください!その方が分かりやすいわ!」

「では、ハレアさん……」

「ふふふ、ありがとう。正直なところ、まだインハートっていう姓に慣れていないんです」

「そうなんですね!」

 ハレアとコレットは目を見合わせて「ふふふ」と笑いあった。

「お父さん!ちょっとハレアさんとお茶をしてくるから店番お願いね~!」

 コレットは店の奥にいる店主の父に向かって知らせる。「は~い」と言う声を聞き届けるとハレアとコレットは本屋を出た。


「あの……これ……」

「ふぁっ!?えっ!お客さんいたの!?」

 椅子に座っていた本屋の店主が飛び上がった。目の前には黒髪長髪の顔の見えない怪しげな男が立っている。

 机の上には本が数冊置いてあった。そして彼は店主にお札を差し出す。

「これで足りますか……?すいません、急いでいて……」

 か細く低い声がかすかに聞こえた。

「たっ、足ります!ちょっと今おつり……っていない……」

 おつりを渡そうと目を離した瞬間、男と机の上の本は消えていた。


カランカランッ――


 姿は見えないが、あの男が店から出て行ったということは分かった。

「おっ……、お化け……」

 店主は開いた口がふさがらず数分固まったままだった。

 その日の夜にコレットや妻に幽霊を見た話をしても「本の読みすぎ!」「妄想乙」と言われて誰も信じてくれなかった。


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