「君を愛することはない」
「君を愛することはない!」
結婚式を終え、いざこれから初夜だと言うところで、帝国の魔術師団長のキルシュ・ウェル・インハート伯爵は妻であるハレア・インハートに言い放つ。
お互いの個室の間にある、夫婦の寝室に彼の冷たく重い声が響き渡る。
何も言えずハレアは月明かりに照らされた炎のような赤い彼の瞳から目が離せなくなった。銀色に輝く細く長い髪の毛は瞳とは裏腹に雪のように静かな美しさがある。
部屋には高級品であろうハレアのシルクの寝間着がスルスルと滑る音だけが奇妙に鳴り響いた。
「僕は君に一切干渉はしない。僕のことも一切干渉しないで頂きたい」
唖然とする彼女を横目にキルシュは畳みかける。
「僕は基本時計塔の帝国魔術団の部屋にこもっているから君のことはどうでもいい。君も僕ほどではないが魔術の使い手だと聞いている。屋敷の西側に石積みの小屋がある。祖母が使っていた部屋だ。あそこはどれだけ魔術を使ってもいいようになっている。魔術を使う時はその小屋で使用するように。屋敷の中では簡易な生活魔術以外は使わないようにしてくれ」
「はぁ……」
ハレアは絞り出すかのように相づちとも何とも言えない返事をする。
「屋敷を壊すと執事のヨーレンがすさまじい勢いで怒ってくるからな。彼は温厚そうな見た目だが昔魔術騎士団にいたほどの実力で防御魔術の使い手だ。この僕でもヨーレンのバリアを破ることはできない。事実上彼に傷一つつけることすら不可能だから反抗するのはやめておいたほうがいい」
(子どもの頃色々と痛い目にあったんだなぁ)
「そのヨーレンがバリアを全体に張ってくれているのがその西の小屋だ。あそこなら何をしても壊れない。まあ、資料を読む限り君は水の魔術の使い手だからそんなに危険行為はないだろうが。僕みたいな炎の魔術師だと小屋ごと爆発させかけないからな。この屋敷の一階の廊下に焦げた跡があるんだがそれは僕が8歳の時に炎の魔術を使って……」
(あれ?この人冷たそうな見た目をしてるくせに実はめちゃくちゃお喋りなのでは?)
「ちなみにこの屋敷のキッチンのコンロやオーブンなどの火を扱うものは全て僕が魔力を込めた魔石で賄っている。君は水魔術だから水道の役割くらいはできるのでは?いや、庭の園芸の水やり程度でも万々歳か」
(あれ?これ馬鹿にされてる?)
「まあ、僕は君に干渉しないし、君も僕に干渉しなければあとは何をやってもらっても構わない。あ~、でもペットを飼うのだけはやめてくれ。小動物はなおさらだ。潰してしまいそうで怖いんだよな。僕は体温も高いから動物は嫌がって触らせてくれないから気分が悪い」
(え~、猫ちゃん飼いたかった)
ハレアは少し渋い顔をした。そんな表情の変化もお構いなしにキルシュは被せる。
「買い物も好きにしてもらって構わない。だが、使い過ぎはダメだ。いくら僕が伯爵で魔術師団長だからって湯水のように金が湧いてくるわけではないんだ。この屋敷にも維持費がかかるし、僕だって欲しい魔具もいっぱいあるから。君はこの間、魔術学校を卒業したばかりで分からないかもしれないが金を稼ぐという事はなかなかに大変な事なんだ。常識の範囲内なら好きにすればいい。まあ、高いものを買おうとしたらヨーレンが止めてくれるとは思うが」
(待って、長くない?干渉しないとか豪語するわりに結構制約多いな)
「あ~、でも世の中の令嬢はあれだろ?チクチクするやつ。あっ、刺繍か。ああいう趣味だったら大して金かかんなそうだからまあいいか。ドレスや装飾品集めが趣味だと結構キツいな~」
(どっちも趣味じゃないです)
「たまに時計塔に『お昼ご飯をお持ちしました~』ってしおらしく訪れる令嬢がいるが、そういうのはやめてくれよ?こっちは国家機密だらけの仕事をしているわけだから」
(頼まれても行きませんよ!てか、これいつ終わんの?腹立ってきた)
「干渉しないとは言ったが、浮気はしないでくれよ。他人の子どもを妊娠したとなれば団長の座が怪しくなるからな。まあ、僕は心が広いから?自分の中で思うだけなら浮気ではないことにしてあげよう。あ~、僕は浮気との心配はないから安心してくれ。魔術にしか興味がないからな。魔術が恋人?みたいな」
(いらんこと言うな)
少し頬を赤らめながらきつい冗談を放つ。
「うわっ!もう日付が変わったじゃないか。明日も朝一で時計塔に行かなきゃだから僕はもう寝る」
そう言ってキルシュは自室に戻ろうとする。
「あっ、言い忘れていたが僕の部屋には入らないでくれよ!魔具がそこら中にっ」
「もういいですから!おやすみなさい!」
ハレアは彼を押し込めドアを強く締めた。
彼女も自室に戻り、ベッドへと倒れこむ。
「疲れた」