【第34話】 自戒
「あいつは母さんを殺した……黒陽!」
何故か分からないが盗賊のアジトに俺の仇『黒陽』がいやがる。奴はボルトム王が抱える殺し屋のはずだ。だからマナ・カルドロンの盗賊にスパイを依頼していたのはゴレガードの王族ということになる。
それがボルトム王なのかクレマンなのか、それとも別の誰かなのかは分からない。だが、そんなことはどうでもいい。俺の頭の中を支配するのはやっと出会えた母さんの仇をぶちのめしたい感情だけだ。
気が付けば俺は鉄の扉を蹴り飛ばしていた。接合部分が外れて大きく吹き飛んだ鉄の扉は大きな音をたてながら黒陽の前へと転がる。頭に血の昇った俺を止めようと爺ちゃんが「馬鹿者! 冷静になれ!」と叫んでいるが、そんなのできっこない。
俺はゆっくりと黒陽に近づき聖剣バルムンクを向ける。
「よう、黒仮面。お前が依頼主のようだな。これだけ盗品があるんだ、言い逃れはできねぇぞ? 俺が成敗してやるよ」
「……何故、勇者ゲオルグがここにいる? それにお人好し勇者と名高い貴様らしくない異様な殺気。お前は本当にゲオルグか?」
「ゴタゴタうるせぇよ、いいから殴らせろッ!」
「話は通じぬようだな。だが、いくら剛剣と名高い勇者ゲオルグと言えど簡単に負ける私ではない。私は主を守る為に刃を研ぎ続け――――ぐはっっ!!」
ちんたら喋っている黒陽の腹に俺の右拳がめり込み、吐き出された胃液が俺の右腕にかかる。呑気に自己紹介を聞いてやれるほど俺の怒りは軽くない。腹を抑えてよろけた黒陽は1度膝をついたもののすぐに立ち上がり、右手にナイフを構える。
「わ、分かってはいたが、やはり強いな。だが、大人しくやられる私ではない。こちらも攻撃させてもらうぞ!」
かなり姿勢を低くした黒陽は無駄のない踏込みで俺に近づきナイフで斬りつける。普段なら出足の速さに驚いて距離を取るところだが、今日の俺は1歩も退く気にはならない。それに不思議とナイフの動きも遅く見える……怒りが俺の動体視力をあげているかのように。
気が付けば俺は黒陽が振るったナイフを左手で掴んで止めていた。刃が肉に食い込み血が流れているけれど、そんなことはどうでもいい。やっと憎き黒陽をこの手で捕らえたのだから。
「ぐっ……離せ!」
必死にナイフを取り戻そうとする黒陽を尻目に俺は余った右手で奴の頭を掴んだ。これから何をされるか察したのか「やめろ! やめろ!」と連呼しているが当然止める気はない。頭を掴んで黒陽の体を宙に浮かせた俺はそのまま勢いよく地面へと叩きつける。
黒陽の頭はうめき声と共に地面へヒビを入れ、血に染まっている。後頭部を叩きつけたから仮面こそ割れていないが奇しくも20年前と同じように俺が倒れている黒陽を見下ろす形になっている。
だが、俺は20年前とは違う。今回は奴を逃すつもりはない。俺は5回、10回と何度も黒陽の頭を床に叩きつけた。掴んでいる頭越しに地面と仮面の割れる感触が伝わってくる。20年経って老けた顔は20年前と同じように血を流し、腫れまくっている。
黒陽は俺の腕を掴んで抵抗していたが徐々に力が弱まっていて目の焦点も合わなくなってきている、意識が薄れているのだろう。それでも俺は手を止めるつもりはない、母さんの味わった辛さはこんなものじゃない!
――――やめろっ! オッサン!
破裂音にも似たパウルの叫び声が耳に飛び込む。それと同時に俺の肩に強い衝撃が走る。パウルが横から飛び蹴りを入れてきたのだ。不意の攻撃で地面に倒れた俺は肩を押さえながら立ち上がる。
「何しやがる! 邪魔をするな!」
俺は自分を抑える事ができずパウルを怒鳴りつける。それでもパウルは一切怯むことなく俺を睨みつける。
「今のオッサンは勇者じゃねぇ! ただ、闇雲に恨みをぶつけているだけだ! 敵討ちをしたい気持ちはオイラだって痛いほど分かる。だけど堪えなきゃいけねぇ!」
「くっ……!」
パウルの言っている事は全て正しい。自分でも情けなくなるぐらい頭に血が昇っていた。俺はもう少しで人殺しになっていたかもしれない。
気が付けば俺は黒く濁った心を吹き飛ばす為に自分の頭を地面に強く叩きつけていた。亀裂の入った地面に額から溢れる血がポタポタと落ちる。めちゃくちゃ痛いが不思議と晴れやかな気分だ、パウルには感謝してもしきれない。
俺が自戒の頭突きをした直後、膝を震わせながら立ち上がった黒陽はハッと何かに気が付いたらしく、目を大きく開く。
「激怒……それに私を睨む目……そうか、勇者ゲオルグはあの時のガキだったか」
「ああ、そうだ。俺はボルトム王にとって火薬庫にも等しい厄介な存在だ。今からでも盗賊たちと一緒に殺しに来たらどうだ? パウルに説教されたから半殺し程度で済ませてやるよ」
「フッ、私が殺しをするのは命令をされた時、そして任務の邪魔をされた時ぐらいだ。ゆえに散々殴られた今もゲオルグを殺そうとは思っていない。それにボルトム王も今更お前を殺そうとはしないだろう」
「ボルトムの殺し屋……言い辛いから黒陽と呼ばせてもらうぞ。黒陽の流儀はよく分かった。だが、どうしてボルトム王が俺を殺さないと言いきれる? 隠し子がいたという事実に期限切れなんてないだろう?」
「……昔のボルトム様は聖剣を抜いたこともある勇者であり、野心の塊でもあったから些細な汚行すら揉み消していた。だが、加齢と共に聖剣を扱う資格を失い、自身の抜いた聖剣が破邪の大岩に戻ってしまって以降は良くも悪くも大人しいものだ。まぁ、それを抜きにしても一国の王が勇者に暗殺者を仕向けるような真似はできないだろう。ゲオルグのような化け物ならば尚更な」
確か昔……18年ほど前だろうか。新聞でボルトム王の聖剣が破邪の大岩に戻ってしまったという記事を見たことがある。
年を取り、衰えによって勇者の資格を失う事自体は歴代勇者の中でもよくある話だから驚きはしないが、肉体的にも魔力的にもまだまだ強いと言われていたボルトム王が勇者の資格を失うとは思わなかった、と村民たちが噂話をしていたのを覚えている。
肉体・血統・魔力・精神が優れていなければ勇者に慣れないと言い伝えられていることを思うと人間性の腐り切っているボルトム王が勇者に慣れた事自体が不思議でならないのだが……。それを言ってしまえばクレマンが紋章を全て光らせたことも納得いかないわけで聖剣には本当に謎が多い。
色々思うところはあるが、今はもう少しボルトム王や黒陽、そして、ここにいる盗賊たちについて聞いておこう。素直に全部話してくれるとは思わないが。
「ボルトム王がいくらか大人しくなったことは理解した。ならボルトム王はもう隠居でもするつもりなのか?」
「そこまで老いてはいない。今のボルトム王が唯一熱心なのはクレマン様の育成だろう。ボルトム王はクレマン様を歴代のゴレガード家で最も偉大な勇者王に育て上げたいのだろうさ。王であろうと貴族であろうと家を大きくして後世に名を残したいものだろうからな」
「子孫の幸せが理由ならともかく名を残したいのが理由なら俺的にはとてもくだらないものに思えるな。まぁ、ゴレガード家のことは大体分かった。それと同時に黒陽があまりボルトム王に関心を持っていないこと……いや、王から仕事を引き受けていないことも分かった。なら、お前は誰の依頼でシーワイル領を調べているんだ? わざわざマナ・カルドロンの盗賊団まで利用して」
「さあね。そもそも主の情報を明かすと思うか?」
そう告げる黒陽の目は追い込まれている者とは思えない程に鋭く力強い。主に対する絶対的な忠誠を誓っているのだろう。
「主か、お前は20年前も『ボルトム王のことを悪くいうな』と怒っていたな。それほど忠誠心のある黒陽をボルトム王が完全に手放すとも考えにくい。となると……もしかして黒陽の今の主は……」
俺の頭に嫌な想像がよぎる。ジニアに逃げられてから数日後、クレマンと遭遇した時に奴は『お前が何と言おうと僕は1番の勇者になってみせる!』『そう遠くないうちにゲオルグに危機感を持たせてみせる』言っていた。
そして月日が流れて今日――――ボルトム王の抱えていた黒陽が大勢のスパイを抱えて俺とシーワイル領に牙を剥いている。ボルトム王が黒陽たちを操る権限をクレマン渡していたとしたら今回の事件の黒幕は……
「クレマン……か?」
「…………」
黒陽はさっきみたいにとぼけもせずに黙っている。これはもう決まりだ、本当に残念だ。クレマンは一線を越えてしまったのだ。
「沈黙は肯定と取らせてもらう。聞きたいことはほとんど聞けた。あとは黒陽と盗賊たちを捕まえてからグリーンベルの牢屋で細かいことを聞かせてもらうとしよう」
俺は黒陽を拘束しようと歩いて近づく。すると奴は不敵に笑う。
「クックック、私が大人しく捕まると思うか?」
「なんだと? 逃げる手があるとでも言うつもりか?」
「ああ、その通りだ。何故私が長々と会話していたと思う?」
「まさか、お前!」
俺は嫌な予感を覚えてフロアの入口に視線を向ける。すると、いつの間にか最初に会話していた盗賊2人を含めて7人の盗賊が集まっており、その全員が素肌が見えないように布を覆い、目にはゴーグルを付けていた。
奴らは何かをするつもりだ。俺はダメージを負っている黒陽を人質にするべきだと考えて視線を戻すが、その判断は遅かった。黒陽は既に俺たちから距離をとっており、盗賊たちは手に爆弾と思わしき球体を持っている。
盗賊の中の1人が「投げろぉぉ!」と合図を送ると盗賊たちが一斉に俺たちへ爆弾を放り投げた。パウルたちを守らなければ! 俺は瞬時に手を地面に当てて岩壁魔術ロック・ウォールを発動させる。
爆弾は強烈な破裂音を発して俺の岩壁を破壊する……ことはなかった。意外にも爆弾は全く破壊力が無く、青色の粉末をフロアに散らばらせているだけだった。よく分からない攻撃に困惑していると突如鼻と口を押えたエノールさんが焦りに満ちた声で呟く。
「まずいぞ……この匂いは毒じゃ……」




