【選挙#3】将を射んと欲すれば(1)
異界と人間が交わる世界へ。
そして、そんな世界にある、探偵事務所へ。
探偵事務所の名前は──
《金花探偵事務所》。
ここに集うのは、ちょっと普通じゃない高校生たちだ。
三人の主人公と異界と人間の世界が交差する時代、
彼らの物語が、今、走り出す──!
瀬礼文学園、南棟の空き教室。
時刻は放課後。すっかり生徒の姿もまばらになった校内で、ひとつだけ灯りの点いた教室があった。
「……つまり、護衛を依頼したいってこと?」
風香が腕を組みながら言った。
「はい。新聞部の夜間イベントに、僕と桜花が補助として参加するんです。ですが、最近になって妙な視線を感じることが増えていて」
ラント――新道ラント。
異界人と人間の平等を掲げる陣営の生徒会長候補。見た目は物腰柔らかだが、内には芯を秘めた少年。
その隣に座るのは、透き通るような肌と淡い青の髪を持つ少女、内美桜花。
異界種・人魚の血を引く副会長候補だ。
「新聞部って、そっちの派閥に近いんだよね?」
「ええ。私たちの主張に共感してくれていて。でも、それゆえに目立ちます」
「なるほどな。……で、そのイベント、何時から?」
練斗が眠そうにあくびを噛み殺しながら聞く。
「土曜の夜八時からです。場所は校外の旧図書塔。新聞部が独自に確保した会場です」
「よしよし、じゃあメリーちゃんがついて行きましょう!」
机に足を乗せていたメリーが元気よく言った。
「えっ、お前行くの?なんで」
「逆に行かない理由がない!夜間の注目イベント、ライバル陣営も来るかもって空気。こういう時こそ“探偵事務所”の見せ場でしょ!」
風香は眉をひそめる。
「でも、私と練斗はその日、別件の依頼があるわ」
「うん、それは分かってるよ。終わり次第合流、でしょ?ね、風香ちゃんのバイクで」
「……了解。私は合流後、警戒に徹する」
⸻
「新聞部の夜間イベントに、彼らが出るんだって」
机を指先でなぞりながら微笑む少女。
真っ赤な瞳に黒のセーラー服。
鷹取凛火。人間優位派の筆頭候補――生徒会長を狙う野心家。
その隣には、鋭い眼差しを持つ男子。
竹刀を背負い、制服の下から微かに刀気が漂っている。
神代鷲真。剣道部のキャプテンであり、“実行部隊”の切り札。
「新聞部も平等派も、まったく仲良しね。あれじゃ票も伸びるはずだわ」
そう言ったのは、長い銀髪を揺らすもう一人の少女――夜凪美玖。異界の暗殺者の一族で、見た目はギャル、しかしその本質は“処理専門”。
「放っておけばいいのに。どうせ噂ひとつで崩れるのよ」
凛火は、椅子の背に指を絡めると小さく笑った。
「“将を射んと欲すれば、まず馬を射よ”ってね。メリーたちを潰せば、選挙にも影響が出る」
「神代くんと私なら煉液に負けないよね?」
「情報は掴んであるわ。任せたわよ、神代くん」
神代は、立ち上がり、短く答えた。
「了解」
⸻
土曜、夜七時半。
「迷子のスライム探しの依頼、終了っと……そろそろ会場に向かうか」
「スライムと話せる練斗のおかげで見つけることができた、礼を言うわ」
「らしくなさすぎて反応に困る!」
街の路地裏。風香がバイクにまたがり、後部座席に練斗が乗る。
「桜花たちは会場で準備中らしいよ」
「わかってる。ルートは安全優先で行く」
しかし――その道の途中、唐突に暗がりから姿を現した影が一つ。
練斗の眼が鋭くなった。
「止まって」
風香がブレーキを握る。
その瞬間――!
「これもまた運命…」
シュンッ!
金属音と共に、前輪が斬られた。
バイクのバランスが崩れる!
「風香ッ!!」
練斗が咄嗟に風香の身体を引き寄せ、後方へ飛び退く!
バイクは斜めに滑り、火花を散らして地面に倒れ込んだ。
その前に立つ男――神代鷲真。
「まさか直接出てくるとはな……!」
「足止めだ。通すわけにはいかない」
「ってことは、お前が相手ってわけだな」
練斗は風香を後ろへやると、赤いツノを煌めかせて前に出た。
「星都風香、人間を…ましてや女を斬るつもりはない、先に行くがいい」
「……風香、メリー達を頼む!」
「任せて!」
風香は、即座に裏路地を選び、走り出す。
「じゃ、始めようか。そろそろ本気で来いよ。こっちは“用心棒”だからな」
「走れば25分の間に合うかの瀬戸際だが、まぁいいだろう応じよう。“剣”で語ろうじゃないか」
夜の静寂が破られ、二人の戦いが始まる…
その頃…
_________
──瀬礼文学園・北棟ホール《夜間特別開放ゾーン》
「ねえ、そこにプロジェクターつけたら文字が反転するよ。もう少し角度を……そうそう!」
「音響ケーブル、控室の奥にあったわよー!」
「ライト調整、OK!これで準備完了だな!」
土曜の夜。
いつもは静まり返ったこのホールが、新聞部主催の《夜間特別イベント》のためににわかに熱気を帯び始めていた。
壇上では、ステージ演出の確認が進み、客席ではパイプ椅子がずらりと並べられていく。
そして、その中央には――
「ふふん♪ 学園イベントって、なんか文化祭の前夜みたいで楽しいね!」
と、やたら楽しげに張り切る少女が一人。
金花メリー。
今日の護衛役の一人であり、《金花探偵事務所》の所長(自称)である。
「ご苦労さまです、メリーさん。本当に来てくださって助かりました」
静かに頭を下げるのは、内美桜花。
端正な顔立ちに、水のような透明感をまとった人魚の少女。
ラントと共に“平等派”の生徒会長候補として、今まさに注目を集めている人物だ。
「おーい、桜花。ステージ横のアーチ、手伝ってくれ」
声をかけたのは、新道ラント。
爽やかな笑顔を貼りつけた、完璧主義の青年。
彼もまた、桜花と並ぶ会長候補の筆頭だ。
(……この雰囲気なら、イベントは無事に始まりそうだね)
メリーはそう思いながら、携帯端末をちらと確認する。
《風香たちは別依頼の現場を片付け次第、会場に向かう予定》
そのはず、だったのだが――
ピコンッ
通信バッジに通知が走る。
メリーが開くと、風香からの緊急通信だった。
『緊急。会場に向かう途中で襲撃された。現在、神代鷲真と交戦中。
練斗が応戦中。私は回避行動に移る。遅れる。』
「……マジ?」
メリーが目を細めた瞬間――
「……え?」
会場の空気が、凍った。
一人の新聞部員が叫んだ。
「これ、ラントさんたちのカバンの中にあったんですけど……」
掲げられたのは、未開封のアルミ缶の酒。
明らかに未成年者が所持していてはまずい代物だった。
「え……? そんな……」
桜花が小さく息を呑む。
ラントは眉をひそめた。
「待ってくれ、これは誤解だ。僕らのじゃない」
だが、周囲の新聞部の生徒たちがざわめく。
「え……ちょっと、マジ? ラント先輩ってそういう人だったの?」
「副会長候補の桜花さんも? そんなはずないよね?」
「これ、わざと? どういうこと……?」
「これが表に出たら……選挙終わるぞ」
次第に、不安と疑念の声が渦を巻き始める。
メリーは、風香からの連絡を反芻しながら、周囲を観察した。
(これって……絶対、仕掛けられたものだ)
手口は古典的、だがタイミングが完璧だった。
風香と練斗が不在。
人目の多い準備中の会場。
そして、証拠となる“物証”を誰かが「偶然発見」。
(……ふーん、なるほどね)
メリーは髪をかき上げ、すっと目を細める。
「皆さん、少し落ち着いてくれる?」
その声は、いつになく冷静で、通る声だった。
「その缶、本当にこの2人のカバンに“最初から”入ってたって、証明できる人いる?」
新聞部の生徒たちは、互いに顔を見合わせる。
「……見つけたときは、確かにラントさんのバックパックの脇にあって……」
「でも、開封もされてなかったし、他に荷物も多くて……」
「ほらね。じゃあ、そこのカバンをみんなの前で調べてもいい?」
メリーは、にこりと笑った。
(見てなよ、風香。私だって……たまには“所長”するんだから)
⸻
一方その頃、校舎裏の敷地では――
練斗が剣を交えながら、神代鷲真と激しく激突していた。
バイクの前輪を斬り落とされた風香は、すでにメリーに連絡を済ませ、別ルートでイベント会場に向かっていた。
「ちっ……さすがに厄介だな、コイツ……!」
そして、その屋根の上――
「ふぅん。探偵の頭脳は逃げられた、か」
夜凪美玖が、月明かりの下で、ゆっくりと動き出していた。
目指す先は――
煉城練斗…
「煉液もこのイベントも全部まとめて終わらせよー」
彼女は、まだこの“仕掛け”の本番を見せていない。
嵐の序章は、静かに、確実に――その牙を剥こうとしていた。