【探偵#6】壊すなら絵ではなく、満たされない乾き
異界と人間が交わる世界へ。
そして、そんな世界にある、探偵事務所へ。
探偵事務所の名前は──
《金花探偵事務所》。
ここに集うのは、ちょっと普通じゃない高校生たちだ。
三人の主人公と異界と人間の世界が交差する時代、
彼らの物語が、今、走り出す──!
私の名前は星都風香、とある探偵事務所の探偵。
現在は依頼でホテルの中、とあるターゲットを待っている。
そしてーーー
夜のホテル裏口。
煌びやかなロビーの裏、
誰もいない静かな路地。
その暗闇で、二つの影が睨み合っていた。
煉城練斗――
そして、御影家に仕える風雷一族の護衛、疾風。
空気が、張り詰める。
穂花がホテルに入った頃、
練斗は、たった一人で戦っていた。
彼の役目は、穂花の護衛を食い止めること。
私たちのために、今、命を張っている。
⸻
「そこを退け、と言いたいとこだが」
練斗が低く、獣のような声で言う。
「まずは聞かせてもらおうか。
お前らが絵を壊し、加藤ミカを狙った理由を」
疾風は、微動だにせず答えた。
「若き異界の少年よ――」
その声は、夜気を切り裂く刃のようだった。
「この私に挑むことが、どれだけ重いか、覚悟はあるのか?」
御影家の影に仕える精鋭。
風雷一族のエース――疾風。
彼の周囲に、吹き荒れるような渦が立ち上る。
竜巻のような、圧倒的な殺気。
だが、練斗は――笑った。
⸻
「俺を止められるのは、信号機くらいだ」
挑発とも、本気ともつかない声。
次の瞬間。
地面が、爆ぜた。
練斗の爆発的な踏み込み。
まるでワープしたかのような速度。
(――速い!類を見ぬ踏み込みの強さ)
疾風が、突風のようなバックステップで間合いを外す。
だが――
「逃げんなよ」
練斗の射程は、常識外れだ。
瞬時に追い詰め、間合いを潰す。
疾風の足元から、鋭い風刃が放たれる。
「喰らえ!」
しかし練斗は――
「俺の頭は某猫型ロボット並みだっての!」
頭突きで風刃を弾き返した。
そして、その勢いのまま――
⸻
「オラァッ!」
煉獄刀が、紅の閃光を描く。
大地を裂く袈裟斬り。
疾風は、紙一重でかわした。
だが、その胸元に――
紅の一文字が刻まれた。
⸻
疾風が、静かに呟く。
「我が一族の技を耐える頑強さ……見事」
しかし――
ポタリ、と。
練斗の右肩にも、浅い裂傷が走っていた。
⸻
「我が一族の術はまさにカマイタチ、知らぬ間に切り刻まれて逝くがよい」
「……カマイタチか」
練斗が、肩を軽く回しながら笑う。
「こんなの、傷にカウントされねえよ」
その言葉から滲むのは、絶対的な自信。
⸻
疾風の雰囲気が、さらに鋭さを増す。
「ならば――強者よ。
この命、賭けるに値する」
彼もまた、真正面から剣を構えた。
(――忍びが、正面で斬り合う?)
疾風は、練斗という怪物に対して、誇りを賭けて戦いに来たのだ。
⸻
再び、地面が軋んだ。
練斗が、再度踏み込む。
「大事に話せよ。
いつ最後の言葉になるかわかんねーからな!」
疾風は応じた。
「私を――強くしてくれ、煉液!」
⸻
爆発する斬撃と、風を纏う刃。
二人の打ち合いは、まるで嵐だった。
練斗は規格外の爆発力で迫り、
疾風は暴風のごとく応じる。
火花と気流が交錯する。
⸻
だが――
練斗が、ぽつりと呟いた。
「できれば使いたくなかったけど――」
彼の髪が、うっすらと青く光り出す。
「久々だからって”暴れるなよ”」
瞬間。
練斗の身体を、スライムの膜が覆った。
⸻
疾風が、鋭く風刃を放つ!
だが――
それはスライムの膜に飲まれ、跳ね返った。
「倍返しだ」
跳ね返った風の刃が、疾風を襲う。
疾風は、辛うじて回避。
しかし、その隙を――
⸻
練斗のツノが、真紅に光る。
「お前も”暴れるなよ”」
煉獄刀に、紅蓮の氣が宿る。
⸻
「花火みたいに――散れ」
紅き一閃が、疾風を斬り裂こうと迫る!
疾風は、咄嗟に風纏いの手裏剣を投げる。
練斗が弾き飛ばすが、頬をかすめた。
⸻
「……我が風の術、完全回避はできまい」
血を滲ませながら、疾風は呟く。
しかし――
練斗も笑った。
「上等だ」
そして――
再び、刃と刃が激突する!
⸻
ホテルの中では――
その頃、私は。
穂花と、睨み合っていた。
煌びやかなホテルの一角。
シャンデリアの明かりが、冷たく床を照らしていた。
周囲の喧騒など耳に入らない。
ここには、私と彼女だけがいる。
⸻
穂花はスカートを揺らし、
強張った顔で私を睨みつけた。
だが、その目には――
迷いが、あった。
それを私は見逃さない。
「もう、いい加減にして」
穂花が、かすれた声で言う。
「御影財閥の跡取りが、こんなところで負けるわけにはいかないの!」
私は静かに首を振った。
⸻
「私はあなたの気持ちや加藤ミカがどうなろうと知らない。私はただ自分の身勝手な欲求を満たしたいだけ、真実を暴けたらどうだっていいの。」
一言。
穂花の目が揺れる。
私は、さらに言葉を重ねた。
「あなたが今していることは、
“自分自身をごまかすため”だけ」
⸻
穂花が、怒りを押し殺すように唇を噛んだ。
「……私は、親の期待に応えたいだけよ」
「それも違う」
私は容赦しない。
「親のためでも、世間のためでもない。
あなた自身が――」
言葉を一度、区切る。
そして。
「自分の『乾き』を満たしたいだけ」
⸻
穂花の顔が、真っ赤に染まった。
「な、に……っ」
私は、真っすぐ彼女を見据えた。
「認められたくて。
褒められたくて。
愛されたくて。
でも、満たされたことが、一度もない」
「違う!!」
穂花が叫ぶ。
その声は――必死だった。
⸻
「私は……!
ただ……っ」
声が、震える。
私は、静かに続ける。
「違わないわ」
「本当に守りたかったのは、親の期待じゃない。
自分の心――
産まれた環境についていけないほど才能に恵まれず、乾いた、自分自身だった」
「うるさいっ!!」
穂花が駆け寄ってくる。
まるで、感情をぶつけるように。
⸻
でも、私は動かない
このほとんど序盤にほぼ解決した、もはや推理すらもいらないこの事件にもう関心はない。
ただーー
⸻
「……あなたが今していることは」
私は、優しく、それでいて厳しく言った。
「絵を壊すことでも、
誰かを傷つけることでも、
賞を奪うことでもない」
「……!」
穂花が立ち止まる。
「あなた自身を、壊してる」
⸻
「財閥の名前で賞を取って。
忍びに守られて、敵を排除して。
自身の足りない才能を補うよりも
そんなもので得た『勝利』に――」
私は、低く言った。
「本当に、意味があるの?」
⸻
静寂が、降りた。
シャンデリアの光が、二人の間を満たす。
⸻
穂花は、俯いた。
小さな肩が、震えていた。
それでも――
⸻
「……でも、私は……」
かすれた声。
「私には、それしかないの……!」
悲しい叫びだった。
⸻
私は、一歩、踏み込んだ。
「違う」
穂花が、はっと顔を上げる。
「あなたには、まだ何も壊れてないし、何も得れてない」
「……」
「だから。
壊すなら――
満たされない乾きを、自分のプライドを壊して!
親にもあなたの気持ちを少しでも伝える努力をしなよ!」
穂花の瞳が、ぐらりと揺れる。
涙が、零れ落ちそうになった。
でも、彼女は、ぎりぎりで堪えた。
才能に恵まれず、でも家の力で何かを得る
自分とは全てにおいて真反対だと
私は、心の中で、そう思った。
「……何も……
わからないくせに……あんたみたいに普通の家に生まれて、そのくせに勉強もなんでもできるあなたに!」
穂花が髪を揺らしながら訴える。
私は、ふっと微笑んだ。
「わからないわよ」
正直に言う。
「私は産まれてからこの程度の事で悩んだことは一度もない、絶大な才能のおかげで努力なんてしたことないけど…」
「あなたがしてることは間違ってる」
穂花の唇が、わずかに震えた。
「だから。
あなたがもし――」
私は、そっと言った。
「満たされたいなら」
「……」
「最初に、あなた自身を信じなきゃ、ダメだよ」
私はいつも自分と、仲間を、二人を信じてる。
その時だった。
「風香さん!」
風香と穂花が睨み合う、ホテルのフロア。
静寂が張り詰めたその空気を、
破ったのは、思わぬ人物の声だった。
「――二人とも、もうやめて」
弱々しい、けれど芯のある声。
二人が振り返ると、そこには――
制服姿の、少女。
加藤ミカが、立っていた。
顔はまだ青白く、包帯の残る左腕も痛々しい。
それでも、まっすぐに歩いてきた。
(作戦通り…)
私はメリーにこう話していた。
「おそらく裏口から穂花はくる。だから私と練斗が穂花を見つけたらその瞬間に病院にむかって、ミカを連れてきて、それがこの件を解決する一番な方法。」
「おけ!私が急いで空飛んで連れてくるね!安全に!」
私は空に人を抱えて飛んでる時点で安全も何も…と一瞬思ったけど、まぁいい
そして
ミカは、穂花の前に立つ。
⸻
「……私ね」
ぽつりと、語り始めた。
「あの絵を描いてた日、思ってたんだ」
「才能がないと気づく瞬間って、いつなんだろう、って」
⸻
ミカの声が、静かに空間に染み渡る。
「天才に出会ったとき?
努力しても結果が出ないとき?
自分だけが取り残された気がしたとき?」
「……違うよ」
その言葉に、穂花が反応を見せる。
「本当に“才能がない”人って――
頑張ることさえせずに、“才能のせい”にして逃げる人だと思うの」
「私、怖かった。誰にも勝てないって、思ってた」
「でも……絵が好きだから、描いてた」
「賞をもらうのが目的じゃなくて、
絵を描くこと自体が――私の、好きなことだった」
⸻
沈黙。
そして、ミカは微笑んだ。
涙を浮かべながら。
「私は、あなたを許すよ、穂花さん」
「だから――絵、描こうよ、自分のために」
「親なんて、関係ない。
大事なのは、“自分がどうありたいか”じゃない?」
⸻
穂花の瞳が、大きく揺れる。
震える指先が、制服の裾を握りしめる。
それでも――言葉にはならなかった。
私がそっと声を添える。
「……あなたが本当に描きたい絵を、
これから選べばいい」
「誰かを蹴落としたり、苦しんだらせずに自分自身のために」
⸻
そして、場面は――
変わる。
⸻
ホテル裏口。
破壊された壁、瓦礫と吹き荒ぶ風。
煉城練斗と、風雷一族・疾風。
「まだ立つか、風の忍び」
練斗が刀を見ながら言った。
「我が一族に、退却の文字はない」
疾風が苦しげに笑う。
その時――
⸻
ズドォンッ!!
建物の上から、金色の氣の衝撃波が撃ち下ろされた!
「おっそーい!」
そんな声と共に、彼女が舞い降りる。
氣の波動が、疾風を押し返す。
「くっ……!」
疾風が地面に膝をつく。
「風香ちゃんの指示通り、あのあとミカちゃんを連れてきたよ!」
「これで……終わりだな」
練斗が、刀を構え直した――その瞬間。
⸻
疾風の懐から、通信端末が震える。
『穂花様より伝令。ここまでとせよ』
疾風の瞳が、一瞬だけ緩む。
「……穂花様の、意志か」
その言葉と共に、疾風は刀を納めた。
「本日は、ここまでに致しましょう。
煉液、そして……金花の氣の暴走娘」
「誰が暴走娘だってぇ!?」
メリーが詰め寄るのをよそに、
疾風は煙のように姿を消した。
⸻
数日後。
瀬礼文学園・金花探偵事務所のソファ。
午後の日差しが差し込む中、
私と練斗、メリーがのんびりとお茶を飲んでいた。
⸻
「にしても、あれだな……」
練斗が腕を組む。
「結局、風香の作戦通りか、こんなに上手くいくとは思わなかったなぁ…でも穂花は何も言わずに去ったな」
「でも――ちゃんと届いてたよ」
私が窓の外を見ながら呟いた。
「言葉は、全部伝わってた。
あの目を見れば、わかる」
⸻
「でもでも! あれからミカちゃんと話したとき」
メリーがスマホを操作しながら言う。
「美術展に――ミカちゃんと穂花ちゃんが、
一緒に応募したって!」
「へぇ……」
練斗が少し目を細める。
「まあ、悪くねえな。あいつら、なんとなく似てるし」
「別に本人達は元々仲悪くないし、穂花も自身の能力では親の期待が重かったのよ」
私が静かに付け加えた。
「でも大丈夫かな?御影財閥を敵に回してない?」
そんなメリーの不安は今後思いもしない所で的中してしまう
⸻
その一方で。
御影一族の屋敷では、
穂花の兄、そして両親が激怒していた。
失敗した任務。
傷を負った疾風。
そして、“探偵”という存在への不穏な警戒。
「役に立たなければ護衛の任務から外すだけだぞ」
兄の御影帝一が豪邸の絵画を見ながら、疾風を詰める
「必ずや次は…我が一族の誇りに賭けて」
⸻
この時はまだ誰も知らなかった、
あの日の少女たちの決意が――
やがて、世界を揺るがすような物語の序章になることを。