【探偵#4】ミツバチは花ではなく雑草にとまりたい(2)
異界と人間が交わる世界へ。
そして、そんな世界にある、探偵事務所へ。
探偵事務所の名前は──
《金花探偵事務所》。
ここに集うのは、ちょっと普通じゃない高校生たちだ。
三人の主人公と異界と人間の世界が交差する時代、
彼らの物語が、今、走り出す──!
俺の名前は――煉城練斗。
元・生物兵器、今は探偵事務所の用心棒。
経歴なんてどうでもいい。
俺にとって、今ここにいる奴がすべてだ。
黒装束の暗殺者。
自ら「風雷一族、蒼風」と名乗った男。
御影家に使える影――
そいつが、俺たち《金花探偵事務所》を狙ってきた。
⸻
ギィン――!
煉獄刀と小太刀が、火花を散らしてぶつかり合う。
蒼風の動きは速い。まるで風そのものだ。
しかも、ただ速いだけじゃない。
搦手――
苦無や手裏剣、異界由来の毒、あらゆる手を使って隙を突いてくる。
(……面倒くさいなぁ)
だが、逃げる気はない。
俺は、戦うためにここにいる。
⸻
だが、気付いた。
蒼風の視線は――俺たちではない。
美術室の奥。
メリーが抱えている、「青空の絵」。
そして、震えるミカ。
(こいつ……本命は――絵と、ミカ本人か)
すぐに確信した。
⸻
「狙いは、絵とミカだ!」
俺は叫んだ。
「了解!」
メリーが、絵を必死に胸に抱き締め、後方へと下がる。
「……っ!」
風香も、即座にミカの前へ躍り出た。
「大丈夫、絶対に……私が守る」
その声は、静かだけれど、決意に満ちていた。
⸻
蒼風が、冷笑する。
「ふ……無駄だ」
蒼風は懐から、紫陽花色に鈍く光る苦無を取り出した。
「これは紫陽花の哭針。
刺されば、数ヶ月は指一本動かせず、絵筆も握れん。
……お前に、未来など与えん、加藤ミカ。」
投げた!
高速で、苦無が放たれる。
標的は、ミカ!
⸻
俺は走る。
間に合わないとわかっていても、走る。
だけど――
「――させない!」
風香がミカを庇い、地面に倒れ込む。
苦無が、風香の服をかすめた。
「っ……!」
小さな悲鳴。
だが、彼女は崩れなかった。
ミカをかばうその姿勢を、絶対に崩さなかった。
⸻
俺は怒りに任せて飛び込む。
煉獄刀を横薙ぎに振るう。
蒼風が跳び退き、かわす。
だが、俺は追いかけない。
――メリーの方が、危ない。
メリーは、必死に青空の絵を抱えて逃げていた。
そこへ、蒼風が次の苦無を投げる!
「メリーッ!!」
俺はスライムの柔軟性を最大限に引き出し、
筋繊維を龍のパワーで爆発的に収縮・伸縮。
弾丸のように吹っ飛び――
ドッ!
メリーと絵を、ぎりぎりで抱きかかえて守った。
苦無は俺の服を掠めたが、絵にもメリーにも届かなかった。
⸻
「練斗、ありがとう!」
メリーが、泣きそうな顔で絵を抱き締める。
「今度でかいパフェぐらい奢ってくれよ」
俺は軽口を叩きながら、立ち上がった。
⸻
だが――
蒼風は、なおも諦めない。
左手を翳すと、空気が爆ぜた。
強烈な風圧。
「邪魔をするな、探偵ども……」
俺とメリーと風香は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
視界が歪む。
その隙に――蒼風は、ミカを目掛けて、最後の紫陽花色の苦無を投げた。
ミカの瞳が、恐怖に凍りつく。
(間に合わない――!)
絶望が、廊下に満ちた、その瞬間――
⸻
バシュッ――!
細く鋭い音とともに、苦無が宙を裂いた。
紫陽花色に鈍く光る苦無が、
ミカの左腕に突き刺さる。
「きゃあああっ!!」
ミカの叫び声が、夜の校舎に響いた。
「ミカさん!!」
俺と風香が同時に叫んだ。
ミカは、痛みと恐怖で震えながら、
必死に立っていようとする。
でも、体は、
どんどん紫陽花色に染まっていく――
(毒……!)
間違いない。
あれは異界由来の神経毒だ。
絵を描くための手指を、
数ヶ月にわたって麻痺させる、残酷な毒。
⸻
「やりやがったな……」
俺――煉城練斗は、
低く呟いた。
怒りが、全身を灼く。
煉獄刀を、
ギリギリと握り締める。
⸻
「ふ……これで十分だ」
蒼風は、薄く笑った。
「加藤ミカの美術展への未来は、潰えた」
冷酷な声。
俺の頭の奥で、何かが弾けた。
「ふざけんなよ……!」
殺意と怒りが全身を満たし、俺は突っ込んだ。
⸻
「速い……まだ底があるのか、“煉液”!」
蒼風は、マスクの下で薄ら笑いを浮かべるような雰囲気をまとい、構える。
俺は全身全霊の袈裟斬りを落とした。
爆発的な踏み込み。
スライムの柔軟性で筋繊維を弾き、
龍のパワーで叩き破る。
――本気の一撃。
煉獄刀を逆袈裟に振り下ろす!
ギィン――!!
蒼風は小太刀で受け止めた。
けれど、受けきれない。
蒼風の足が沈む。
壁が軋む。
床が砕ける。
俺は、一気に畳みかけた。
「オラァァァァッ!!」
剣速と闘気が爆発する。
煉獄の名を持つこの刀が、
龍の怒りをそのまま叩きつけた。
⸻
「ちっ……!」
蒼風が苦しげに後退し、体が紅に染まる。
袈裟に浅く斬り裂いた手応え。
でも――
蒼風は、まだ倒れない。
鋭い眼光をこちらに向けたまま、
その場で氣を練り上げ始めた。
「……目的は果たした。退散する」
奴の周囲に、風が巻き起こる。
美術室に、まるで竜巻のような白煙が広がった。
⸻
風香がバットケースを乱暴に手に取り、髪を靡かせながら叫ぶ。
「逃がすわけないでしょ!」
白煙の中へ向かって、バットケースをぶん投げた。
しかし――
⸻
「ミカさーん!!」
白煙が晴れた先にいたのは、
紫陽花色に染まり、苦しげな表情を浮かべる少女。
加藤ミカだった。
__________________
「まったく! あんたたちは!!」
教師の怒声が、職員室中に響き渡った。
私は――金花メリー。
一応、《金花探偵事務所》の所長をやっている。
で、いま。
星都風香ちゃんと、煉城練斗くんと一緒に――
怒られてます!
⸻
机をバンバン叩きながら怒るのは、生活指導の鬼・三枝先生。
「美術室の窓を壊すわ、壁に穴を開けるわ……!
どう説明するつもりなのよ!」
うぅ……言い訳、思いつかない……。
隣を見ると、風香ちゃんはいつも通りのポーカーフェイス。
(すごい……こんなに怒鳴られても微動だにしない……)
一方、練斗くんはというと――
「……全部、俺がやりました」
完全に開き直っていた。
(いや、それもどうかと思うよ!?)
⸻
でも、本当のことは言えない。
まさか、
「御影家の闇忍者が美術室を襲撃してきました」
なんて、言えるわけない。
異界由来の事件は、基本的に“面倒事”にされる。
学校も、役所も、世間も。
だから、私たちがこうして怒られるのは――
まあ、しょうがないっちゃしょうがないのだ。
⸻
「名前を言いなさい!」
先生が机をドン、と叩いた。
「はいっ!」
私はびしっと立ち上がる。
「金花メリー! 《金花探偵事務所》の所長をやっています!」
(……言っちゃった)
「金花一族の名に恥じぬよう、行動をあらためろ」
その名前、強いからね。
金花財閥。異界でも地上でも有名な大財閥。
ちょっとだけ、先生が黙った隙に――
「すべて、私たちの責任です」
風香ちゃんが、きっぱりと言った。
その言葉に、私も練斗くんも、自然とうなずいた。
(そうだよ。私たちは、探偵だから。
依頼人と、守るべきものを守っただけ)
⸻
⸻
あの日。
美術室での戦いのあと。
毒の苦無を受けたミカちゃんは、すぐに倒れた。
私たちは、練斗くんが無理やり体を引きずって、
夜の校舎を駆け抜け、タクシーを止めて、
ミカちゃんを病院に運んだ。
本当に、必死だった。
ミカちゃんの顔が青ざめていくのが、怖かった。
でも――
ミカちゃんは助かった。
後遺症も、きっと残らないって、お医者さんが言ってくれた。
よかった。
それだけで、よかったんだ。
⸻
「……今後は、くれぐれも問題を起こさないように!」
先生の最後の怒鳴り声が、職員室に響く。
「はぁーい!」
私は元気よく返事した。
(まあ、またすぐ事件は起こると思うけどね)
⸻
職員室のドアが、乱暴に閉まる音がした。
「ったく……こっちがどれだけ必死だったと思ってんだよ」
練斗くんが、ぼそりとぼやいた。
私たちは三人で、瀬礼文学園の中庭へと歩いていった。
陽の光は柔らかかったけれど――
空気は、どこか重たかった。
⸻
ベンチに腰掛け、
持ってきたコンビニのお弁当を広げる。
いつもなら、きっと楽しいはずの時間。
でも今日は、みんな無言だった。
心のどこかに、しこりのようなものが残っている。
⸻
私は、そっとおにぎりにかじりついた。
風香ちゃんはサンドイッチを、
練斗くんはカツ丼弁当を黙々と食べていた。
そんな中、練斗くんがぽつりと呟く。
「……結局、絵を壊すのが目的じゃなかったんだな。
御影一族は、どこからか情報を得て、俺たちが動く前に目的を果たそうとしたんだ」
私は顔を上げた。
「本当の狙いは、ミカちゃんだったってこと?」
風香ちゃんが、小さくうなずく。
「うん。たぶん……絵を壊すより、本人を潰した方が手っ取り早いと判断したんだろうね」
静かな声だった。
だけど、その言葉は重く胸にのしかかる。
⸻
「護衛って……こういうことなんだな」
練斗くんが、ぼそっと呟いた。
「この世界で、財閥や富豪が護衛を雇う意味。
ただの見栄でも、形式でもない。
……自分たちの、“命”を守るために必要なんだ」
彼の声には、いつになく真剣な響きがあった。
私は、なんとなく、握ったおにぎりを見つめた。
(未来を……守るために)
私たちは、ただの高校生だ。
でも――
この世界では、ただ生きることさえ、簡単じゃない。
異界も、異能も、財閥も。
すべてが、誰かの命を脅かす時代。
そんな中で、
私たちは探偵事務所をやっている。
⸻
「……行こう」
風香ちゃんが、そっと呟いた。
「美術展に。
御影一族の娘――御影穂花が来るはずだから」
練斗くんも、無言で立ち上がる。
私は、両手で胸をぎゅっと押さえた。
怖くないわけじゃない。
でも、それ以上に――
――守りたいものがあるから。
私は大きく深呼吸して、立ち上がった。
「うん。探偵事務所の出番だね!」
笑いながら、二人に続いた。
陽の光が、ベンチの上のお弁当の空き容器を、
そっと照らしていた。