【探偵#3】ミツバチは花ではなく雑草にとまりたい(1)
異界と人間が交わる世界へ。
そして、そんな世界にある、探偵事務所へ。
探偵事務所の名前は──
《金花探偵事務所》。
ここに集うのは、ちょっと普通じゃない高校生たちだ。
三人の主人公と異界と人間の世界が交差する時代、
彼らの物語が、今、走り出す──!
“才能がない”と感じる瞬間って、実はこういう時じゃない。
凄まじい天才に出会ったときでも、
努力しても報われないときでもない。
――頑張れない自分を、“才能のせい”にして逃げたときだ。
青を基調とした空の絵。
カーテン越しに夕陽が差し込まない、美術室の隅。
手元が暗くて、空の色も、何も見えなかった。
私はそこで、そう思った。
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「私の名前は――金花メリーっ!」
とある夢のために設立した《金花探偵事務所》の所長をやってます!
一緒にいるのは、ちょっとクセの強い仲間たち。
「うちの用心棒、煉城練斗!
赤ツノに赤青メッシュの最強男子。ちょっと怖いけど、マジで頼れるよ!」
「それから、頭脳担当の星都風香ちゃん。
成績はいつも学年トップで、クールで美人でちょっと怖くて……うーん、やっぱり怖い! でも正義感は本物だし、たぶん私のことちょっとは好き!たぶん!」
探偵事務所には、今日も悩みを抱えた依頼人がやってくる――
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事務所を訪ねてきたのは、瀬礼文学園の美術部に所属する女の子。
名前は、加藤ミカ。
「私の作品、毎回――壊されるんです」
話を聞けば、美術展の応募前、作品が破壊されるのは必ず彼女のものだけ。
他の部員には一切手が出されていないという。
「加藤さんって……加藤重工のお嬢さん、だよね?」
風香が湯気の立つお茶とは対照的に、冷静な声で問いかける。
「はい。でも、家では好きなことをしていいと言われていて……」
「つまり依頼は、“作品を守って犯人を捕まえること”。
いいじゃん、燃えるね」
練斗が腕を回しながら、不敵に笑った。
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「心あたり、ある?」
メリーが優しく問いかけると、ミカはうつむいて髪を揺らし、小さく答えた。
「ひとりだけ……御影穂花さん。美術部で同じ学年。
直接の関わりはないけど、御影家と私の家は……親同士の関係が、あまり良くないみたいで」
瀬礼文学園は、異界と現代の最先端が交わる超名門校。
生徒の半数以上が政財界・異界名家の子女で、親の力関係がそのまま校内に影響を及ぼす。
「……その気持ち、わかるよ。親なんて関係ないって思いたいけど、現実はそうもいかない」
メリーの声に、風香がそっと言葉を重ねる。
「母しかいない片親とはいえ、医者の娘の私でさえ“庶民枠”扱いだからね。ほんと、規格外な学園よ」
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「じゃあ決まりだな。三人で美術室を見張って、犯人を捕まえる」
「待って、ちゃんと推理もしようよ! 探偵事務所なんだから!」
「……美術部、少し興味あったの。引き受けるわ」
「……お願いします。どうしても――賞を、取りたいんです」
ミカのまなざしは、まっすぐだった。
壊される恐怖よりも、“作りたい”という気持ちが勝って
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けれど…このときは、まだ知らなかった。
この依頼の裏に、御影家に仕える“影の忍”が潜んでいたこと。
そして加藤ミカの本当の悩みが、
“犯人”とは別の場所にあることを。
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私の名前は――星都風香。
一応、《金花探偵事務所》の探偵ということになっている。
いま私は、美術室に潜んでいた。
依頼人の絵を守るため。
そして、破壊者を――捕まえるために。
放課後の美術室。
人が消えたあとの空間は、空気が妙に重たかった。
絵の具と油、乾いたキャンバス、石膏のにおい。
すべてが静かに、しかし確かに、室内に滲んでいる。
私は窓際の椅子に座り、膝の上に手を置く。
目を閉じ、意識を散らした。
空気の流れ、微細な音、温度の揺らぎ。
――異常なし。
隣では、メリーが落ち着きなく動き回っていた。
「うわぁ……思ったより怖いね……」
無駄に声が大きい。
「静かにして」
一言だけ返す。冷たく、しかし、優しく。
「え〜、別にいいじゃん。まだ犯人いないし〜」
メリーが小声でぶつぶつ言いながら、美術室を歩き回る。
……少しは警戒心というものを持てないのかしら。
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ふと、視界の端に映る、加藤ミカ。
彼女は、自分の作品――青一色で塗りつぶされた空の絵の前に座っていた。
指先をぎゅっと握りしめて、じっと、じっと、見つめている。
その横顔は、ただ怯えているわけじゃない。
――抗っている顔だった。
「ミカちゃん、大丈夫だよ!」
メリーがそっと、彼女の肩に手を置く。
私には、ああいうやり方はできない。
けれど、メリーがするなら、それが正解なのだと思った。
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時間が、じりじりと過ぎる。
夜の帳が落ち、校舎の明かりも一つ、また一つと消えていく。
時計の針の音すら、耳障りだ。
私は静かに、空気を読む。
気温。気圧。気配。
――混じった。
「……来るわよ」
誰にも聞こえないような声で、私は告げた。
その瞬間。
カタリ。
誰も触れていないはずの台座が、わずかに揺れた。
「今、動いた……?」
メリーが囁く。
私は答えず、静かに立ち上がる。
練斗も、同時に動いた。
音もなく、絵の間をすり抜けるように進む。
――違和感。
目には見えないが、空気を押し潰すような、異質な気配。
私はそっと息を吸った。
そして、見えた。
油絵のキャンバスの陰。
薄闇の中に、何かがいる。
黒く、曖昧な輪郭。
人ではない。けれど、確かな意志を持った“何か”。
ミカの青空の絵に向かって、
そいつは音もなく、滑り出した。
「練斗、前!」
「わかってるよ!」
叫ぶより先に、練斗が踏み込む。
ドスッ。
重い鈍音。
練斗の拳が、影の存在を吹き飛ばす。
私はすかさず、ミカの前に立った。
「ミカさん、下がって」
「は、はい……!」
震える声。けれど、彼女は逃げなかった。
偉いわね、と少しだけ思う。
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床に跳ねた“それ”は、なおも蠢いていた。
私は冷静に、分析を重ねる。
異界由来のオーラを帯びている。
「異界生物。しかも……かなり悪性ね」
メリーが呆然とつぶやく。
「これ、どう見てもヤバいやつじゃん……」
「安心して。私たちが何とかする」
私は、靴音を消して歩き出した。
練斗は拳を鳴らし、メリーは両手に氣を集める。
異界の闇。
誰かの意志で、ここに侵入している。
破壊のためだけに。
だが――
バリンッ!
窓ガラスが爆ぜた。
月明かりを遮る黒い影が、美術室に滑り込んでくる。
顔を覆うマスク。鋭く光る黄色い瞳。
「偵察用の”黒風”を潰すとは、なかなかの手練れだな」
少年とも少女ともつかぬ声。
黒装束の男――忍び。
左手に小太刀、右手にクナイ。
全身から滲み出る殺気。
(狙いは、ミカ――)
即座に判断する。
「ミカさん、伏せて!」
私はミカを抱き寄せ、床に押し倒す。
頭上を掠めたクナイが、背後の壁に突き刺さった。
「くっ……!」
素早く立ち上がる。背中合わせにメリーと構える。
「今度は、人間相手か……!」
メリーが苦笑交じりに呟く。
忍びは、一瞬も躊躇わない。
素早くミカを目指して踏み込んでくる。
私はバットケースを掴み、叫んだ。
「練斗!」
バットケースを放り投げる。
練斗が受け取り、すばやく開封。
中から現れたのは――金色に輝く一振りの刀。
――《煉獄刀》。
「……お前か」
練斗が、低く殺意をにじませる。
忍びは、マスクの下でわずかに笑った。
「煉獄の使い手か。厄介な……」
名乗りもせず、忍びは飛びかかる。
「スライムでもあるけど」
ギィン――!
金色の刃と小太刀が、火花を散らしてぶつかる。
⸻
弾丸のように飛び交う斬撃。
爆ぜる炎と、焼け焦げた空気のにおい。
忍びは速い。
だが、練斗の速度とパワーは、それを凌駕していた。
「悪いけど俺、強いんだわ」
練斗の煉獄刀が、縦横無尽に弾ける。
忍びは搦手に苦無を投げ、手裏剣を放つ。
だが練斗は、それらすべてを見切っていた。
「搦手も、通用しないか……」
忍びが舌打ちする。
その隙に、私はミカを安全な場所へと退避させた。
「風香、こっちは任せて!」
「わかった」
練斗にすべてを預け、私は美術室の外を警戒する。
私は、鋭く息を吐いた。
「……面倒なことになったわね」
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これが、《金花探偵事務所》最初の本格的な戦いだった。
――そして、まだ序章に過ぎなかった。
適当に書いてるので感想ください。