【探偵#1】ウワサの三人組?依頼と出会いと始まりの鐘(1)
異界と人間が交わる世界へ。
そして、そんな世界にある、探偵事務所へ。
探偵事務所の名前は──
《金花探偵事務所》。
ここに集うのは、ちょっと普通じゃない高校生たちだ。
三人の主人公と異界と人間の世界が交差する時代、
彼らの物語が、今、走り出す──!
「私のペットが、一週間前にいなくなったの。だから――探してほしいんです」
その言葉が、私の平凡な学園生活を変えるきっかけになるなんて。
あの時の私は、まだ知らなかった。
⸻
あの日、私は一つの雑居ビルの前に立っていた。
錆びたネームプレートに、白いテプラで貼られた「金花探偵事務所」の文字。
ビルの2階。少しだけ迷ってから、私はインターホンを押した。
「はーいっ! お待たせしましたっ!」
元気な声とともに開いた扉の向こうから、金髪ショートボブの女の子がぴょこっと顔を出す。
上に、黄色のダボッとしたパーカー。そして、眩しいくらいの笑顔。
「私が所長の――金花メリーです!」
金花。
その名前に、思わず胸が高鳴る。
“覚さとり”と呼ばれる異界の一族。その中でも、心を読む力を持つ名家・金花財閥の跡取り。
確かにそんな噂を、クラスの誰かが話していた。
『隣の2年B組の三人組が、探偵事務所をやってるらしいよ』
私は――黒崎麻衣。
隣のクラスの彼らの噂を聞き、藁にもすがる思いで、この事務所を訪ねてきた。
⸻
メリーに案内され、中へ入る。
ソファのある応接スペース。壁際には電子機器が並び、窓からは柔らかい光が差し込んでいた。
少し安心した、その瞬間――
「お客さんが来たと思ったら……隣のクラスのやつか」
赤と青のメッシュが入った髪。白いパーカーの上から羽織った赤のジャケット。
額から伸びる、左右対称の赤いツノ。
煉城練斗――隣のクラスの、有名人。
異界人か、そうでないかはわからないけど……とにかく、強そうな雰囲気をまとっている。
彼は黙ってお茶を差し出し、そのまま壁際に寄りかかった。
そしてもう一人。
応接室の奥から、長い青みがかった黒髪を揺らしながら、ひとりの少女が現れた。
「――依頼の内容は?」
凛とした声。整った顔立ちに、知性の光を宿した瞳。
上に羽織るスモーキーブルーのブルゾンが、彼女のクールな雰囲気をさらに際立たせている。
星都風香――入学以来、学年1位を維持し続けている天才。
誰とも関わろうとしない彼女が、なぜかこの二人とだけ行動を共にしている。
たぶん、この中で“探偵”なのは、彼女なんだろう。
私は、深く息を吸って――話し始めた。
「私のペット……文鳥の“リコ”が、一週間前からいなくなってしまったんです。
どこを探してもいなくて、でも……ただの迷子じゃない気がして」
三人の目が、一斉にこちらを見た。
ふざけた反応が返ってくると思っていた私は、その真剣な眼差しに、思わず言葉を止めた。
「それは――大事件だね!」
メリーが勢いよく立ち上がる。
「待って」
風香が静かに言った。
その目は、鋭く私を見据えている。
「ここまで来たってことは、何か“普通じゃないこと”があったんでしょ?」
私は、ほんの少しだけ迷ってから、打ち明けた。
「……見たんです。
黒い、何かが……リコを捕まえて、窓の外に飛んでいくのを。
でも、両親に話しても信じてもらえなくて……
“異界のせいだなんて、お前、何を言ってるんだ”って……」
その瞬間、風香の瞳がわずかに細められた。
「なるほど。……原因、わかった。行くよ、二人とも」
「俺は何もわかってないけど……」
「風香が言うなら間違いないよっ!」
メリーがぴょんと跳ねて、私に笑いかけた。
その笑顔が、とても頼もしく思い、
なぜだかあの日を思い出す。
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「麻衣、あなた疲れているのよ」
「夜更かしせずに、早く寝なさい」
そう言った母の目は、私の訴えを一切受け取っていなかった。
あの時、餌入れにエサを入れている
両親を冗談だと思った。からかうつもりだったのかもしれない。
――でも私は、本気だ。
だから、久々に本気で言い返した。
ひどい言葉を。今も、胸がちくりと痛む。
⸻
春の風が吹いていた。
探偵事務所の鍵を閉めに戻ったメリーさんを置いて、風香さんと煉城くんは自然と先に歩き出していた。
私は、二人の背中を追って坂道を下っていく。
「で、風香ちゃん。なにがわかったの? あと少しくらい待ってくれてもいいじゃん!」
少し息を切らせて追いつくと、メリーさんは不満そうに頬をふくらませる。
「家に行けばすぐわかるよ。というか……メリーは、わからないの?」
「あんまり所長をいじめると、金花財閥の支援が途絶えるからやめろ」
「あと麻衣さんも、メリーに優しく接してくれ、すぐ拗ねるから」
面識のある煉城くんが、わざとらしい笑顔で冗談めかして言う。
笑いながら歩いていたら、いつの間にか桜が咲き始めた公園を抜けて、私の家の前に着いていた。
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「リコがいなくなったのは、一階のリビングの窓から。今日は両親いないから、自由にしていいよ」
そう伝えると、三人は何も言わず靴を揃えて玄関に入ってきた。
こんな細かい気配りができる人たちだったなんて、ちょっと意外で、なんだか嬉しくなった。
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「ねぇ、麻衣ちゃん困ってるって。風香ちゃん、そろそろ教えてよ〜。部屋見たらわかるの?」
「いや、居間は“見るだけ”。今日初めて入る部屋の微細な変化なんて、さすがの私でも無理。……というか、私は推理担当で、超天才だけど探知機じゃないからね」
「異界の痕跡は……今んとこねーな。てか女子の家、緊張する……」
煉城くんの口調と距離感、やたら女子を意識してる風なセリフに、二人の美少女とこんなに仲良いのに?と思わずツッコミそうになる。
が、それよりも――
「この窓から、確かに“リコを連れて行った何か”は外に出たの。……一週間前の夜に」
窓辺に立つ風香さんの横顔を、私は思わず見とれてしまった。
揺れる髪、凛としたまなざし。
同じ女の子なのに、かっこよすぎる。
そして――
「……さっぱりわかんない」
「えっ!?!?」
その言葉に、全員が一斉に風香さんの方を向く。
「お前、あれだけ“来ればわかる”って言ってたじゃねーか……」
「風香ちゃん……! 私、麻衣ちゃんのお部屋にも行ってみたい!!」
私の目の前で繰り広げられる混乱と謎テンションに、私はもうネットで低評価レビューを書きそうになった。
でもその時。
風香さんが、ちらりと私を見る。
「……まぁ、リコの居場所も、原因も、もう全部わかってるよ」
「え、え? さっき“わかんない”って……」
「さっきのはちょっとしたミスリード。テンション下がりかけてた麻衣さんを、回復させたかったの」
……この人、ほんとに探偵だ。
「じゃあ、煉城くんはここで待ってて。私とメリー、それと麻衣さんで部屋、見に行こ」
「俺? ……まあ、じゃあ麻衣さんに渡す菓子でも探しておくよ。謝罪込みで」
「謝罪前提とはいえ風香ちゃん、部屋は荒らしたらダメだよ?」
この混乱にツッコミたい思いを殺してながら、私は二人を連れて部屋へ向かう。