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39話 ギルド・イン


約一時間後、コウ・リウランはやっと立ち直った。

計器は元々あまり使う機会もなかったため、立て続けに酷使した上、チチフが体重を乗せたことがトドメとなったのだろう、と彼は納得したようだった。

「元々修理するつもりでしたから」と言いながらも、コウ・リウランはすっかり肩を落としている。

相棒のチチフが壊してしまったようなものなので、罪悪感がひしひしとマグニの両肩に圧し掛かった。


「あの、やっぱり弁償します。チチフが壊しちゃったのは事実だから……」

「そんなにお気にナさらズ~……と言いたいところですガ、気にしちゃうなら致し方ナイですね~。ではこうしまショウ!」


コウ・リウランに連れられ、一同はギルドの一階にある掲示板まで案内された。

掲示板には、嘆願書と呼ばれる紙が貼りつけてある。このディアファンの町を中心に、いくつかの村や集落から集められた依頼だ。

内容は魔獣の討伐、家事手伝い、素材の蒐集や商談まで幅広く、依頼の内容はギルドが吟味して難易度を五段階で提示している。

難易度は六段階にそれぞれⅠ~Ⅵと格付けされており、例えば格級の低い【Ⅵ】級は誰でも受けやすく、高い【Ⅰ】級は複数のパーティーを組んで挑んでも命の危険があり難易度も高い、といった具合だ。


「マグニさんが仮免許証を受け取られたら、最初の依頼を受けてほしいのデス!計器の修繕に必要な素材を、代わりに探していただくということで!」

「えっ、それでいいんですか?」

「勿論。デビュウしたての新人さんでもこなせる依頼ですし、高額な賠償金をただ受け取るよりも楽でいいですヨ!」

「……えっと、受けてもいいですか?ガルム様、ステラ様」

「そういうことなら、私も手伝うわよ!」とヴィオも力強く手を挙げた。

「私は構わないわよ。難しければ手伝うもの」

「甘やかすなステラ、依頼の内容次第だ。マグニ、ヴィオ、さっさと仮免許証を受け取ってこい」

「はっ、はい!」「はぁい」


マグニとヴィオは書類を抱えて、すぐにギルドの受付に向かう。

夜であるにも関わらず、ギルドは先程よりも賑わっているようだった。特に、「素材引取・解体所」と半開きのドアに書かれた部屋からは、野太い歓声が上がっている。

ヴィオは楽しげな気配に誘惑されて、「なにやってるのかしら!」とさっそくドアの隙間を覗き込む。よくないとは分かっていながらも、マグニも「早く行こうよ」なんて口では言いながら、こっそりドアの奥を覗き見た。


「うおお!こんなデッカいシュネルトクレーテ、どうやって仕留めたんだ!?」

「この甲羅の硬さと厚みといい、頭に残っていた傷といい、Ⅲ級の討伐依頼にあった川のヌシだろ!?長年上流に居座って人間を食い荒らしていた奴が、こうもあっさりやられるだなんて、まだ夢を見てる気分だぜ」

「お前たち、ぼやぼや見てねえで解体を手伝えよッ!これから町の連中に均等に配るんだからな、人手はあればあるほど良いってもんだ!」


ギルドのむくつけき男達が、こぞって肉包丁を手に、巨大な肉の塊を解体している。

マグニはその肉の塊に見覚えがあった。森で見た魔獣だ。

まさか、と視線をさまよわせると……いた。鮮やかな赤毛のヴィーザルだ。あの川で仕留めた魔獣を、ここまで運んできたのだろう。皆がめいめい肉を切り分ける様子を、彼らから距離をとった位置でひとり見つめている。

思わずマグニは部屋に足を踏み入れて、「ヴィーザル!」と駆け寄った。だが、振り返ったヴィーザルの瞳が、まるで真冬の氷柱みたいな冷たい鋭さをはらんでいたものだから、たじろいでしまった。


「……何の用だ?」

「あの、僕、マグニだよ、昼間に森で会った!

あ、隣にいるのはヴィオっていうんだ。また会えたから嬉しくて、つい声かけちゃっ……」

「急ぎの用がないなら」 ヴィーザルは素っ気なく視線を外す。 

「無闇に声をかけてくるな。煩わしいのは好かんのでな」

「え……あ……………ご、ごめんなさ……」


突き放すように一言告げると、ヴィーザルはフードを被った付き人を伴って去っていく。昼間に会った時とは真反対の態度に、さしものマグニも驚きと困惑で凍りついていた。

横で見ていたヴィオは「なによあの態度、失礼しちゃう!お高く止まっちゃって」と憤慨して、ヴィーザルの背中にベーッ!と舌を突き出すと、未だショックで硬直しているマグニを「早く免許証貰ってきましょ」と引っ張るのだった。


「お待たせいたしました、こちら仮免許証となります」

「はぁい!こっちが私で、こっちがマグニね!」

「うん……ありがとうございます……」

「それでは、これからギルドの冒険者依頼の仕組みなどについて説明いたしますね」


数十分後、それぞれの名前とランクを示す、ランタンのマークが彫られたギルド証が発行された。仮免許は、青と黄色が半分ずつランタンを描いている。

約一ヶ月ほど研修を重ね、基礎的な仕事が出来るようになれば、最低ランクの緑のランタンになるのだと受付で説明を受けた。

研修期間では主に、ギルドの受付が提示する簡単な仕事をいくつか請け負い、依頼主とギルド側が下す評価で、適正な戦闘職(ジョブ)や仕事の割り振りも助言するのだという。

説明を受けている間も、マグニは終始うわの空。なんであんなに冷たい態度を取られてしまったのか、友達とは何だったのか、それとも昼間のあの光景は、ただの幻だったのか?ぐるぐると考えが巡って止まらない。

説明が終わった後も、呆れたヴィオがやや強引にマグニを引きずる形で、ガルム達の元に戻っていった。


「さて、これで皆様は一応、パーティーとして登録されましたので、これより【ギルド・イン】へご案内しまショウ」

「ギルド・イン?名前からして、ギルドが経営している宿屋ってこと?」とヴィオ。

「ええ、ギルドが発行する免許証があれバ、どなたでモご利用いタダける仕組みでしテ!まあ百《《耳》》は一《《目》》にしカズですヨ」


コウ・リウランは二階の廊下に出ると、一階に繋がる階段とは真反対のほうへ進み、突き当たりまで向かう。突き当たりの壁には複雑怪奇な紋様が描かれており(後ろでヴィオが「古代の転移魔術の術式だわ!」と興奮気味に囁いた)、壁に金属製のレバーがにょっきりと生えていた。コウ・リウランの手がレバーをガチャンとおろす。

すると、ガラガラガラ……と金属を引っ張る音と共に、壁が左右に開いていき、古びた大きな昇降機が壁の奥で待ち構えていた。


「わあっ!」

「とっても古い型の昇降機ね?本で見たことあるわ!」

「さアさアお乗りになってくだサイ。身を乗り出さヌよう、お気を付けテ」


全員が乗り込むと、コウ・リウランが昇降機内の壁にはめ込まれた、小さな押釦(ボタン)の列に手を伸ばす。ボタンは何十と設置されており、それぞれ数字や記号がボタンの上でうっすら光っている。そのうちの一つを押すと、ペポンという軽やかな音の後に、ガコンと昇降機が揺れて下降し始めた。

数秒ほど暗闇に包まれたのち、光が全方位から飛び込んできて──マグニとヴィオは歓喜と感動の声を上げた。

何百層にも及ぶ回廊と吹き抜けの空間や、上下左右に張り巡らされた、チューブ状の長いガラスの水路。

回廊の一部では露店が開かれ、階層ごとに回廊に敷かれた絨毯の色やステンドグラスのデザインが異なる。

回廊の最下層には巨大な、極彩色に輝くたくさんのマナ・クォーツが、これまた巨大なドーム状のガラスによって保護されている。

あまりにも荘厳で広すぎる空間に、マグニは圧倒され、言葉が出ない。


「すっごーい!ここだけでおっきな国みたい!」

「世界各国、すべテの冒険ギルドで共有さレた空間デス。

それぞれに属する国、ランクに合わせて部屋が当てがわれます。勿論個別部屋、相部屋などもありまスよ。ああ、でも入れないエリアもありマすのでご了承を」

「ねえねえ、あの露店は何かしら?外の露店とは違うの?」と弾んだ声でステラが質問する。

「ああ、あちらは冒険者同士の露市場にナリます。店を持てない商人や、外では買えない、売れナい代物を、こちラで金銭やマナ・クォーツなどデ取引するノでス。勿論、売上の一部はギルドに納めマスがね」


あれこれと説明をするうち、昇降機がチン!と軽やかな音を鳴らして静止する。

緑の絨毯が廊下を彩り、等間隔に吊るされたランタンが屋内を照らす。

これまたずらりと並ぶドアには金属製のプレートがついており、それぞれ名前や番号が記されていた。よく見れば、いくつかのドアには何も書かれていない。

「ギルド証を」とコウ・リウランが手を出し、ガルムが自身のギルド証を差し出すと、それをドアのプレート前にかざす。

途端、金属のプレートにまるで筆ペンで書くが如く、サラサラと番号と名前が刻まれた。


「はイ、これにテ皆様のお部屋が登録さレましタ。四人部屋となっテおりマス。家賃は月に一度、銀25ドラーほどでス」

「私たちの部屋ってこと!?わーい、一番乗りー!」

「あっずるいぞヴィオ!」


すかさずドアを開けるヴィオ。続くマグニと、微笑ましそうな笑顔で後を追うステラ、仏頂面のガルム。

部屋の内装は、とても素朴……というよりは、必要最低限の家具以外は何も置いてない。

4人分のベッド、ドレッサー、テーブル、土間。カーペットやクッションなどもなく、かなりだだっ広い空間だ。

ヴィオはあっという間に気落ちして「なによ、何もないじゃない!幽霊が住んでそうね!」と文句を垂れた。コウ・リウランは「最初は皆そんなものですよ」と苦笑し、話を続ける。


「今は入居さレたばかリですかラね、何も無いノは当然デす。皆様は稼いで部屋を賑ヤカにしたり、ランクを上げて良い部屋も貰ウことが出来るノですよ」

「ふーん……家賃払えなかったら、やっぱり追い出されるの?」

「家賃の未納ハ2ヶ月まで許されマスが、エエ、払えナいヒトはギルドでもまともに仕事が出来ナイ人というコトですかラ、当然ですトモ」

「まっその点心配ないわね!要は稼げば良いんでしょ、稼げば」

「それが皆さん出来タラ、苦労しなインでしょうけドね〜」


荷物を置き、まだまだコウ・リウランの案内は続く。水路をちらっと見上げると、長い尾をくねらせて、ミーマン人がこちらに手を振りながら行き来する。中には水棲動物たちを連れている者もいた。

露市場では、コウ・リウランのいう通り、冒険者や商人達が各々商品を広げていた。

食材や魔獣の素材、武具や防具の修理、中には家具や日用品を扱っている者もいる。

ヴィオは店の一つをしげしげ見やった。


「ねえねえ、竈屋ってなあに?」

「文字通り、竈を貸す場所よ。パン、肉、魚や野菜……料理をするにも竈が入り用だけど、大抵の家には竈がついていないの。だから皆、竈屋でお金を払って、料理していくのよ」

「えっ、なんでー!?私の(うち)にはあったわよ、竈!」

「当たり前だろたわけ。税金取るためだよ。普通の奴らは共用焼きかまどを使って、使用料は領主に納める。常識だろ」とガルム。

「なんでよ、みんな自分の家にかまど作ればいいのに……」

「煙突がつけれたら良いんだけどね。大抵どこの国も、法律で煙突をつけちゃいけないって言われてるのよ、火災や防犯の対策って名目でね。

だからかまどを設置しても、すぐ部屋が煙たくなるし、火事の原因になっちゃうから、かまどをそもそも作らない家が増えたんですって」

「何それ、バッカみたい!私が王様だったら、皆の家に煙突やかまどをつけてもいい法律を作るわ!料理するたびに税金をおさめるなんて、ちゃんちゃらおかしいわよ!」

「……だからダダナランって他の国に敵視されたのかもね……」

「なんですって?」

「まあギルド・インの場合、皆さンの部屋はあまり通気性に優レておりませんので、竈屋で皆焼き料理を持ち込むノですよ。火のマナを使うのもコストがかかりマスから」

「そうそう。それに誰しもが火の扱いに長けているわけじゃないから、竈屋があるって便利なのよ。料理を分け合うことも出来るし、待ってる間に交流もできるし」

「ふぅん、そういうもんなのね」


露市場の冒険者たちは、「おうリウラン、新人か?」「ウチの店贔屓にしてくれよ、安くするぜー」と気安く声をかけてくる。

中には、どうみても冒険者らしくない装いの者もいる。リウランは「商人ギルドの人達モ、ここを利用するコとがままアルのです。国では違法であレど、希少なモノが流れ着クこともあるノデ」と説明してくれた。

まだまだ案内は続く。途中、廊下の絨毯の色が別の色に切り替わった途端、見えない壁に「ぽよん!」とぶつかり止まった。


「うわっ!?今の何!?」

「ああ、ここから先は上のランクのエリアとなりマス。ギルド証のランクが上の者は下のランクの階層を行き来出来マスが、低いランクの者は上のランクのエリアに上がることハ原則出来まセン。許可があレば別ですガね」

「階級で分けてるの?皆平等に行き来出来るようにすればいいのに」

「昔は行き来でキたのですガ、上の階級に上がるほど、意味の分からない部屋や危険なエリアが増えるのデス。このギルド・インの空間に張り巡らレた古代魔術そのモノが、意志を持っテいるンだとか。

下級の冒険者が迂闊に足を踏み入レて、見知ラぬエリアに迷いコみ、永久的に行方不明にナッたなんて話もあるんですよ」

「ひえっ……怖いわ。マグニ、気をつけ……あれ?」


コウ・リウランの話に恐怖し、手を繋ごうとヴィオは振り返る。

そこでやっと一同は気がついた。……先程まで一緒にいたはずの、マグニの姿が消えていることに。

さっと空気が張りつめるなかで、コウ・リウランがぼそりと「ありゃア、飲み込まれマシたかね」と呟く声が、やけに大きく響いて聞こえた。



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