35話 <運命> 中編
「くっ……がはっ……!」
『旦那!?大丈夫ですかい!!』
「ヴォーダン、あなた何を……!」
「ガルムから離れてっ!<水打撃>!」
光の槍に胸を貫かれ、ガルムは膝をつく。
その巨体をステラが支えようと駆け寄り、ヴィオレッタがすかさず杖を謎の男ヴォーダンに向け、先ほどよりも苛烈な水撃を放つ。
力任せに放たれた水鉄砲がヴォーダンへと襲いかかる。が、ヴォーダンが手袋をつけた右掌を激流へと向けたとたん、軽やかな「パァン!」という音一つを残して、水そのものが目の前で消失してしまった。
『(きっ……消えた!?蒸発したわけじゃない、その場で水そのものが、空間に抉り取られたみたいに……!?)』
「昔から後先考えず突っ走るお姫様だ。そんなだから旦那に愛想つかされるんじゃないの?」
「なっ……によアンタ、さっきから!ガルムに意地悪して、邪神なんて酷いこと言うなんて!
確かに乱暴でやること滅茶苦茶だけど、ガルムは悪い人じゃないわ!大体あんた、どこの誰なのよ!」
「正しい名前を呼んでやることは、人としての礼儀だろう?なあ、邪智暴虐なる獣よ」
その言葉に少女は狼狽え、ガルムを一瞥する。この男が何を言っているのか、理解はできても受け入れ難かったからだ。
質問に答えることなく、ヴォーダンは膝をついたガルムをせせら笑う。
ガルムが撃ち貫かれた胸には、鎧にも肌にも傷ひとつない。だが胸には白い奇妙な紋様が、不気味な光を放ちながら存在を主張している。
紋様は鎧をすり抜け、ガルムの体へと溶けるように消えた。
「罪の獣よ、その印は十三神によるの死の祝福である。祝福はその身を少しずつ蝕み、お前という存在を壊していく。
5年も経てば、その体と神は、マナとして還ることもなく、肉片一つ残らず塵となり消えるだろう。
お前が悪意や敵意を以って、他者の命を奪うときも同様に、祝福はお前の命を貪るだろうさ」
「き、消えちゃう!?そんな、ガルムは心を入れ替え善行を積み、許しを得るために<贖裁巡界>の刑罰を受けているではありませんか!こんなのあんまりです!」とステラが喚く。
だがヴォーダンは気にも留めない様子で、冷えた声で返した。
「決めたのは十三神たちだ、文句があるなら世界中の神殿にそれぞれお伺いでも立ててこうぎするんだな。
それに逃げ道を用意していないわけではないさ。お前が命を長らえる方法は一つ。人々に尽くし、世に尽くし、感謝されることだ。さすれば寿命は僅かにだが延びるだろう。
あとは天秤を善行の証で傾け、神に低頭し許しを請うて、呪いを外してもらうんだな」
チチフモルトーが駆け寄り、ふーッ!と威嚇の声をあげて、ガルムの前に仁王立ちする。
小さなチチフを見下ろし、ふん、と嘲りの一笑を投げつけると、ああと思い出したようにヴォーダンは言葉を続ける。
「そういえば風の噂で聞いたよ。お前、どこぞで拾ったイリスの子供と旅してるんだってね。一丁前に自分が育てた偽の勇者とで世直しの旅ってか?無駄な努力ご苦労様だ」
「に、偽の勇者ですって!?マグニは本物の勇者よ、バカにしないでっ!」
「そういうお前は……相変わらず子供でもできそうなお使いばかり押し付けられて、忙しそうだな?
お前も地に堕とされたらどうだ、余生をのんびり過ごすなら、ここはぴったりだろうよ……」
「余生の勧誘にしては華がない誘い方だな。
生憎、私には《《本物の勇者を育てる義務がある》》んだ。当分、お前にも構ってやる余裕はないのだよ。
それでは、そろそろ次の仕事があるのでね。しっかり贖罪に励みたまえ!はははははは!」
ヴォーダンは最後まで、愉悦混じりの胡散臭い笑みを貼り付けて、悠々と空を舞い去っていく。
去り行く白い点を睨みあげながは、ガルムは震える体に鞭打って、ステラの支える手を振り払い立ち上がる。
『旦那、マナが体の中で乱れを起こしてやす。あまり動かない方がいい』
「ガルム、無理をしないで……」
「問題ない。それより、今あったことも、聞いたことも全部、小僧には教えるな。いいな」
「はぁ!?今まさにとんでもない呪いをかけられたばかりなのよ!?マグニに内緒だなんて不誠実だわ!」
「何故かだと?《《俺様があんなヤワな男に片膝をつかされた》》んだぞ!」
「……はぁ?」
「師とは、導く者とは、例え相手が何者だろうと、弟子の前で膝をついて頭を垂れる姿など見せてはならん。
この呪いのことを知れば、小僧は俺様を、目標とすべき男として見ることがなくなる。指導者として、絶対的強者として慕わなくなる。
《《憐憫》》、《《労り》》、《《慰めの対象になってしまう》》!それだけはあってはならないんだ。分かったらお喋りな口はしっかり閉じていろ、いいな」
捲し立てるだけ喚くと、ガルムは己の足を叩きながら、ふらつく体を立て直し、マグニの元へと歩き始めた。
ヴィオレッタはその背中をすっかり目を丸くして見つめ、「あれ、本気で言ってるの?」とステラに尋ねる。
ステラは諦めたように首を振ると、「真面目に、本気で、そう思ってるのよ」と返すと、今度こそ呆れてしまい、「ほんっと、男って馬鹿なのね」とヴィオレッタはぼやく他なかった。
◆
時間は少し遡る。
一方でマグニはというと、美しい放射状を描いて自由落下の真っ最中。
「おんわああああああーーーーーーーーッ!」
着地地点は、森の中に流れる大きな川の中。
このままでは大岩に激突すること必至。血の花を咲かせて絶命待ったなし。
だがマグニにこそ見えてこそいないが、川の中には何者かが佇んでいた。
落ちてくるマグニを見つめていたかと思うと、白い手を掲げる。刹那、柔らかな空気の球がマグニを包み、ぽよん!と地面を何度もバウンド。
「うわっぷ!?」
バッシャーン!と激しい水飛沫をあげて川の中に飛び込む。防護術もあいまって、水面に叩きつけられても無傷のままだ。
無論、本来だったら全身がバラバラになるほどの衝撃なので、とんでもなく痛い。暫く痛みに悶絶しつつも、防護術に感謝しながら、水から這い上がる。
「ハアッ!ビックリした~ッ死んだかと思った……!
ヴィオレッタってへっぽこに見えて、魔術を使い分けたり、マナの量は多いんだもん。そりゃあ威力も絶大だよ、油断してたや……」
それにしても、さっきの柔らかな感触はなんだったのだろう?不思議に思い、首を捻る。
とはいえ、反省しつつも心配なのは、ヴィオレッタのほうだ。自分を吹っ飛ばしてしまったから、今頃パニックになっているかもしれない。
早く戻って安心させてやらないと、と思いつつ、びしょ濡れになった服をしぼっていると、ザブザブと水を掻き分ける音が近づいてきた。
この辺りを縄張りにしている魔獣か?すぐさま構えるマグニだったが、現れたものを見て、思わず言葉を失った。
「そこにいるのは、何者か」
涼やかな声と共に現れたのは、見るものを魅了する、という言葉が似つかわしい、美しい少年だった。
裸体でなければ、年頃の美少女と勘違いしたかもしれない。足先まで届くほどにうねる長髪は、炎が燃えるような赤色。鉄の焼肌に似た、暗くにぶい青緑の瞳。光にあたって、瞳の中に火の粉のような金の輝きがちらちらのぞく。
年頃はマグニとそう変わらないか、少し年上くらいだろうか。細身でありながら、玉のような肌に、彫刻で彫られたような無駄のない筋肉がついていた。
午後の木漏れ日を浴びながら、ザブザブと少年は近寄ると、「おい、そこなる童」とマグニへ呼びかけ、右手を差し出す。
その手には、ジョイナから貰った<マン・フリー>の通行手形が握られていた。
「これは、そちのものか?そちと一緒に、空から降ってきたのだが」
「あっ!は、はい!僕のです、拾ってくださってありがとうございます!」
反射的に、恭しく受け取ってしまった。
彼を前にすると、敬意と礼節をもって接さなくてはならないという、妙な迫力があった。少年がマグニにぐいっと顔を寄せて、まじまじと目を覗き込んでくる。
陶器で出来た人形より、整った美しい顔立ちに圧倒される。芸術作品というものは本でしか知らないが、目の前の少年はまさに芸術と呼ぶに相応しい美貌だ。
だがマグニの視線は、秋の森のように赤い髪へと向けられていた。長くうねった髪の隙間からのぞく耳は、丸く小さなもの。
「(この人、もしかしてイリス……!?)」




