表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/47

25話 【勇者】


「──坊ちゃん。目を開けておくんなさい」


低く優しい声に促されるまま、マグニは目を開けた。

眼前に広がるは、記憶の中に見たダダナランの城の中庭。背の高い生け垣によって整備された、迷路の最奥。薄紫の花畑に囲われた、正円状の鮮やかな敷石。観衆の如く、英雄やメリュジーヌを模した白い石像たちが、ぐるりと敷石の外周を等間隔に取り囲んでいる。

敷石の中央で、少年はモルトーと向き合っていた。彼は変わらず盗賊としての出で立ちのままだが、最初に会った時のような、プライドのなさそうなヘラヘラとした態度は打ち消えて、表情は凜々しく、それでいて儚さをたたえていた。


「ここは……?」

「この迷宮深殿の最下層でさあ。まさか、メリュジーヌだけでなく、荒ぶるヴィオレッタ様ご本人を、言葉だけで止めてしまうとはね……ですが、見込んだ通りでした」

「ど、どういう意味ですか?なぜ僕だけここに連れてこられたんです?それに、ガルム様やステラ様は?二人は無事なんですか?」

「そう急くもんじゃありゃせんぜ、坊ちゃん。質問は一つずつです」


やんわり窘められ、マグニは口ごもる。それを良しとしたのか、モルトーは言葉を続けた。


「まず、旦那とステラさんには御退室いただいておりやす。坊ちゃん、あんたと二人で話がしたかったんでね。

でも大丈夫、二人とも無事ですし、坊ちゃんの様子は向こうにも見えています。ま、手を出したところで、私たちが返り討ちに遭うでしょうがね」

「ほっ、……良かった。溺れちゃったかと思っていたので。……それで、どうして僕と話をしたいだなんて……ガルム様が相手なら分かるんですけど」

「──この迷宮深殿に取り込まれ、番人として此処を守り続けて、苦節百年余り。

私はずっと、我が主君、ヴィオレッタ様を解放出来る者を長らく待ち侘びていやした。坊ちゃん……いや、マグニ。君こそが、ヴィオレッタ様をお救い出来る唯一の希望だと、私は初めて出会った時に感じたのさ」

「僕が……ですか?ガルム様ではなく?」

「旦那は旦那で、思わぬ出会いでしたけれどもね。本命は最初から坊ちゃんでしたとも。……ヴィオレッタ様を救えるのは、きっと君だと」


かつん、とモルトーは足音を鳴らし、ゆっくり敷石の上をぐるぐると歩き始める。


「ここに君が来れたのは、心の底から「ヴィオレッタ様を助けたい」という気持ちを持っているからです。君は、あの方の絶望と悲しみに触れて、それを救いたいと胸の内に願った。だからヴィオレッタ様はこの最奥にまで通したのです。君を信じて」

「僕を?」


否定はしない。実際、あんな苦しい過去を見せられて、何も出来なかった自分が悔しかった。たとえ生きた時代が違う人だとしても、マグニは彼女が愛されていた時代を、彼女が生きた一瞬一瞬を、あの空間で、間近で見つめてきた。もう他人だとは思えない距離感に、ヴィオレッタを感じていた。

助けられるものならば、助けたい。青空の下で走り回る彼女を、もう一度見たい。


「それだけじゃない。その幼さと《《弱さ》》でありながら、私が手塩にかけて育てた戦士たちをたった一人で威圧してみせた、その潜在能力。君こそが、探し求めていた人──【勇者】かもしれない。私はその可能性に賭けたい」

「ゆう、しゃ?」


耳慣れぬ言葉に、マグニは首を傾げた。

その反応も予想の範囲内とばかりに肩をすくめ、モルトーの視線が石像達に向けられる。勇ましい姿勢を取る男たちや竜の像に混じって、ただ一人、数多の石像たちの中でこちらを見つめる一人の乙女。──ヴィオレッタだ。悲しげで、けれど強い決意を秘めた金色の瞳が、太陽を閉じ込めた宝石のように煌めいている。


希望の光(プリンシア)は厄災によりもたらされる穢れを聖癒し、厄災そのものを鎮める者。そしていずれは厄災の根源すらをも、この世から打ち払うとされる者。

……だが我々の時代はまさに、迷宮深殿からもたらされる富と、未だ厄災により穢されていない土地を巡って争いが起きる、激動の時代の黎明期にあった」

「……ヴィオレッタ王妃の存在そのものを快く思わない人がいた?」

「そういうことだ。だが奴等は知らなかった。希望の光(プリンシア)の力は、ダダナランにのみ伝わる伝承に記された【勇者】の力があって、初めて発揮されるものであると」


二人の足元に広がる敷石が、モルトーの声に呼応し、にわかにパズルの如く模様が組み変わりながら動き始める。

敷石が描くは、ファンタジアの古代文字、そして絵図。騎士の記憶に残るダダナランの伝承が、鮮やかな石たちによって紙芝居のように繰り広げられる。石の模様が織りなすは、厄災と《《人類》》により続く、長い戦いの歴史。


「──厄災の始まりがいつ、どこからなのかを知る者は居ない。だが遙か昔、我らの先祖たちは厄災を退ける力を、神より授かった。それこそがプリンシア、厄災を癒やし存在を滅する希望の光。

対して勇者は記述こそ少ないが、プリンシアと共に悪を滅ぼし、世界を救う力を持つ者だとされている。かつて天の厄災と戦った原初の英雄たちのように」

「世を救う、力……」

「我が王は【勇者】を、プリンシアの力を最大限に引き出し、厄災を《《在るべき正しい姿に戻す》》者だと解釈した。坊ちゃん、私は君にその才能の片鱗を見た。今はただの尖った石でも、磨けば誰もが目を奪われる宝石となるだろう。

──坊ちゃんたちがこの先も厄災を祓う旅を続けるならば、ヴィオレッタ様の浄化の力は必要不可欠となる。厄災を真に鎮めるには、厄災の核そのものを癒やさねばならないのだから」


だが、と一度モルトーは言葉を切る。

庭園に咲く花たちが強い風に吹かれ、辺り一面を花吹雪に染める。石像たちは身じろぎひとつせず、視線を二人へと向けるのみ。


「この迷宮深殿を守護する番人として、私は見定めねばならない。

君が果たして真に、この迷宮を打破する力を持つ者か。ヴィオレッタ様を預けるに相応しい勇者たりえるか。

勝てば君に従おう。迷宮深殿は、己を打破した者に忠誠を捧げる。だが勝てなければ━━この迷宮から一生出ることは出来ない」

「……!」

「これは私にとっても賭けなのだ。見ず知らずの者に愛する王妃を託していいのか。あの方がもう一度、我が王と再会できるのか。確証はない。それでも君に賭けるしかないんでさ」


モルトーは唇を噛み締め、その場で剣を抜いた。少年たちの逃げ場を奪うかのように、地から巨大なサクラの大木が次々と生えてきて、二人がいる空間を円形状に取り囲む。切り取られた丸い青空を、桜吹雪が舞う。

目を見れば分かる。彼は本気で戦う気だ。だがマグニ自身の唯一の武器は、ちっぽけなナイフと、掃除の報酬で手に入れた小さなマナ・クォーツのみ。

ガルムが一緒ならまだしも、たった一人で、ましてやヒトを相手に戦ったことなどない。


「我が名はモルトー・ジルヴェーニ。元ダダナランの近衛騎士団が団長にして、迷宮深殿の最後の番人なれば!

汝、この迷宮を踏破せんとする者よ。ダダナランの宝を求めるならば、この私に膝をつかせてみせよ!」


だがここで、背を向けるわけにはいかない。目の前にいる男は、迷宮の番人であり、ヴィオレッタの刃であり、主人の未来を本気で想う従者だ。

腹を括らねばならない。この男に勝たねば、この男に覚悟を示さねば、ヴィオレッタを救うどころか、迷宮神殿から脱することはできない。なにより……ガルムに顔向けができない。

マグニは澱みない視線を番人(モルトー)へ向けた。銀の瞳が、覚悟をたたえて煌めく。


「──我が名はマグニ。望みを託されたなら、それに応えるのが僕の役目!半端な覚悟で挑みはしない。貴方に、……必ず、勝ちます!」


刹那、マグニはナイフを抜き、臆することなく飛び掛かる。モルトーはその動きを読んで容易く受け止め、軽く弾く。

もう一度切り掛かる。やはり軽々と剣先でいなされてしまう。鋭く突いても、不意打ちで払っても、刀身の長さを理に流される。

剣をまともに扱って日が浅いマグニでも分かる。例えマグニが10年、剣術の研鑽を積んでいたとしても、まともに斬り合っては勝てないほどの強さだと。一撃交えるほどに、手汗が滲み、掌がじんじんと痛む。

その細身からは想像もつかない重たい一撃が、たえずのしかかる。


「隙だらけですぜぇ!貰った!」

「っあ!(ナイフが……!)」


斬撃を受け止めた刹那、手汗でナイフが滑り、宙を舞う。

━━いいか、死んでも敵から目を逸らすな!得物から手を離すな!その二つを破ればお前は死ぬぞ!

不意にガルムの声が耳元で蘇り、マグニは跳び上がった。くるくると回転するナイフの柄を無我夢中で掴み、着地する。すかさずモルトーの刃が眼前に迫る。ナイフの刃が長剣の刃部と摩擦しながら鍔迫り合い、夢中で弾いて、転がるように回避する。一連の動作を見ていたモルトーが唇の端を釣り上げた。


「一本取ったと思ったんだがね。なかなかいい動きをしなさる」

「まだまた……これからです!」


それからも、マグニは果敢に飛び掛かる。長い時間、ひたすらに刃が交わる甲高い音が響く。

打っては吹き飛ばされ、躱されてすっ転び、時には首を切り飛ばされかねない一撃を受け続ける。

一方でモルトーは、涼しい顔で何度もマグニの挑戦を受けつつ、時折厳しく「脇を広げたまま剣を振るな!」「庇い手はしっかり手刀を作れ!押し負けるぞ!」「姿勢はなるべく小さく、横向きに!常に相手の死角を狙え!」と叱咤し、打ち合いながら常にマグニの弱点や悪癖を指摘し打ち負かし続けた。

どれくらい時間が経ったかも分からないまま、休む間もなく二人の鍔迫り合いは続く。疲れはたまる一方だが、空腹や喉の渇きも忘れ、マグニは一心にモルトーへ挑み続けた。

一手、また一手と剣を交えるたびに、不思議とモルトーがどんな人柄か見えてくるような気がした。

疲労を乗り切った先は、もはや気が高揚し、我を忘れて闘い続けた。掌が擦り切れて血にまみれ、またたく間に、《《剣だこ》》だらけになっていることにも気づかないほど。

マグニはモルトーと交えた手数を通じて、振るう剣先が研ぎ澄まされていく。逆にモルトーの顔にも少しずつ疲労の色が見え始めたが、それでも剣を振るう手に迷いや遅れはない。

そしてマグニ自身も、己に発現した奇妙な現状に戸惑いを覚え始めていた。


「(不思議だ。こうやってジッとモルトーさんを見据えていると、彼の中に輝きが……命が巡る色のようなものが見えてくる。左胸と……臍の下あたりを中心にして……!)」


過酷な戦、或いは修練とも呼べる体験の中でマグニは覚醒し始めていた。

彼の目に視えるものは、生命に巡るマナそのものであり、臍の下にあたる部分は、マナを蓄積し保有するための重要な臓器、「第二の心臓」と呼ばれる部位である。地上では得難い、マナが濃密に満ちた空間のなか、極限の状態を維持したまま戦い続けることで、マグニ自身がマナを視る力に目覚めつつある証であった!


「(きっとあの部分が、人体にとっての急所なんだ!あそこを狙えば……!)」


マグニ自身もまた、無意識にそこが狙い目であると感じ取っていた。

絶え間ない攻撃の合間に、モルトーの隙を狙う。猪突猛進と見せかけ、兎のように死角となる右側へと回り込みながら跳ね回る。何度も見てきた剣戟の、息つぎのような、僅かな一瞬を見逃さない。

振り上げた刃の先をわざと誘い、素速く身を躱して──がら空きになった腹へと肉薄する!本来なら、長剣使いの間合いに身を晒すなど、自殺行為にも等しい蛮行。

だからこそ、わざわざ死に飛び込むかのような挙動に、モルトーは一瞬驚愕し、躊躇いを見せた。


「一点集中ッ──ここだッ!」

「しまっ……!」


──瞬きの間にも等しい偶発的な隙が、マグニに勝利をもたらした。

手にしたナイフが、腹当てを貫く。固い質感の音を伴って、腹当てがバラバラと崩れ落ちる。静寂が辺りを包み、逃げ道を覆っていたサクラの木々が、ばらばらとほどけて、全て薄紅と白の花弁となって散っていく。

モルトーは目を見開いたまま、ナイフの先を見下ろしていた。マグニのナイフの切っ先は、辛うじてモルトーの肌を裂くことはなく、寸でのところで静止している。

目をしばたかせ、静かな驚愕に浸るモルトーを見上げ、マグニ少年は疲れ切った無邪気な笑顔を向けるのだった。


「初めて、貴方に刃が届きました。モルトーさん!」

「……ええ。こりゃあ一本、取られちゃいました」


そこで初めて、マグニは全身の糸が切れたかのように崩れ落ちる。くしゃ、っと笑みを浮かべ、モルトーはマグニの体を抱き留めた。

そのまま、敷石の上に膝をつき、マグニの体を両腕で支えながら、頭を垂れる。


「君の勝ちです、坊ちゃん……いえ、勇者マグニ。よくぞ《《半年間》》、諦めずに私と戦い続けましたね」

「はっ……半年、間!?」

「この最奥の空間は、他の迷宮や外と時間の流れが違うんです。今頃外では5~6時間が経った頃でしょうかねえ。いやはや、恐れ入りました。まさか正気も削れることなく、この苦行に耐えきるとは。君は飲まず食わず、半年もの長い時間を、自分のマナだけを使い乗り切ったんです。凄いことでさあ、これは」


説明を聞き、マグニはぽかあんと、大口を開けて驚くほかない。

直後、少年の腹が盛大に「ぐぎゅううううううう」と、思い出したかのように空腹を知らせた。

その音に、我ながら呆れるやら、笑えるやらで、ふはっとマグニは笑みを零した。


「は……はは……ずっと……貴方に勝つことだけを考えてたから……時間の流れなんて、気づかなかった……」


そのまま、今度こそマグニは後ろ向きに倒れ込む。

だが背後から現れた巨体の、大きな両腕がぽす、っとマグニの体を受け止める。霞みかけた視界をぐるんっと向けた先には、なんだか懐かしさすら覚える顔が3つある。「チフ!」と甲高い声と柔らかい毛が顔にぼすん!とのしかかった途端、達成感と安堵で、涙で視界がにじむ。大きな手が、乱暴にマグニの髪をぐしゃり、と撫でた。


「お前にしては、良くやったな」

「……はい、ガルム様。やりましたよ、僕……!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ