迷宮の赤竜
降り立った先で、いきなりボス戦とはならない。
暗くて小さな空間で俺は光源を出す魔法を発した。
「これは……」
目の前には宝箱。
今回は反省を生かしてスルーしよう。
「うーん、五分五分かな?」
「さっきもそうですが、その五分五分ってなんですか……?」
後ろからやってきたモレーノが宝箱を覗き込んで言った。
その言葉が引っ掛かってしまう。
「言葉の通りさ。半分の確率で粘液、もう半分でお宝だよ」
「うん! 開けましょう!」
「待って待って。さっきひどい目にあったばかりじゃないか」
「はい……それにしても、どこで確率が分かるのですか?」
五分五分ということは、他の可能性もあるのだろう。
「ここの色さ」
モレーノが指さした先には小さい金具があり、銅色であった。
「金が1割、銀が2割、銅が3割の確率でお宝が入っているんだ。もちろん金色の方が良いものが入っているよ」
読めてきた。
仕掛けが分かって、箱を開けるバカはいない。
この魔物は、中に宝があるという餌で釣っているのだ。
「分かりました。開けましょう!」
「その自信はどこから……」
「モレーノさん、知らないんですか? さっき5割を外したので、今回は当たるのですよ!」
「あー、うん、頑張れ!」
モレーノは諦めたように俺から離れる。
少女もグッと親指を立てて応援してくれている。
確率論的には問題ない。
さあ、どんなお宝が……
「ぶへっ……はい、分かっていましたよ……」
単独での確立には変化がないことぐらい知っていたさ。
それでもね、一回外れたからと思うのは当然じゃないか。
モレーノが優しい顔で布を渡してくる。
少女はまた、指の隙間から俺を観察していた。
何度見ても変わったことはないぞ?
服が修復されるのにしばらくの時間を要した後、俺たちは迷宮の終着点へと向かった。
四方を岩で囲まれた道の先、赤色の竜が眠っていた。
上方からは光が差していて、見上げると空があった。
なんだ、火口もしっかりとあるではないか……
外からは魔法で隠されていたようだが、赤竜の侵入経路を考えれば当然だ。
俺達には隠密の魔法が掛けられているため、赤竜はまだ気づいていない。
さて、どうやって料理しよう。
赤竜の討伐方法は簡単だ。
相手が耐えられる熱量を上回る火属性魔法をぶつければいい。
ただ俺の場合、そういった魔法を使えるが使えない。
それは特異魔法と呼ばれる、使った本人を特定しかねないものになるからだ。
魔法には大きく分けて2種類ある。
詠唱を省略できる基礎魔法とできない特異魔法だ。
人間界で学んだことだが、基礎魔法は下級中級上級とあり、特異魔法は最上級となっているらしい。
詠唱自体も短縮可能で、俺やモレーノのレベルになると魔法名自体を詠唱とすることが出来る。
ただ、特異魔法を使うと正体がバレてしまう。それには個人と深い関りがあるからだ。
だから俺は基本的に上級魔法を連続で放つことにしている。
一般の魔術師では中級でさえ詠唱が必要だというから、これでもすごいというが……まあ、勇者だしな。
「さあ、勇者様、どうやってあいつを倒す?」
モレーノがにやりと笑って俺に尋ねる。
これは試されているな……
「モレーノさんは赤竜を引き付けていてください。相手が炎を吐き続け、体温が上がるのを待ちます。私はこの娘を守りつつ援護します。赤竜が体を冷やすために上空へと飛び立った時、私が持つ最大火力の魔法で焼き切ります」
「うん! 最適解だ!」
そう言うと同時にモレーノが赤竜に向かって駆け出す。
さすがの赤竜も気配に気づいて、体を動かした。
ただモレーノの方が速い……いや速すぎるだろ。
身体強化魔法もかかっていない素の肉体で、モレーノは音を置き去りにしていた。
雷鳴のような破裂音が遅れて響く。
これは俺の出番は無いかもしれないな……さて、帰ろーっと……
俺の思考は、キーンという甲高い金属音と共に現実へと戻される。
赤竜の首元に振り下ろしたはずのモレーノの斧が弾かれ、間髪入れず炎が彼女を襲った。
「モレーノさん!」
俺は思わず叫んでしまった。
確かに竜の鱗は硬い。それでもあの攻撃で傷一つつかないとは思わなかった。
「大丈夫だー。予定通りに行こー」
モレーノが火に包まりながら戦っていた。
えーっと、あの人は人間なんですかね……
気の抜けた声に俺はだいぶ引いてしまう。
まあ、俺もやれることをやるとしよう。
右手を空に向け、魔法の発動位置を分散させるための魔法陣を赤竜の上に展開させた。
これによって俺自身からだけでなく、三次元座標どこからでも攻撃することができる。
魔法陣に魔力を送ろうとした時、左腕の袖が引っ張られた。
「どうしたの? 手伝いたい?」
少女の目はそう言っている。
「それなら私たちに強化魔法をかけてくれるかな?」
少女は何かしらの方法でで溶岩の熱を防いでいた。
そのことから、多少でも魔法が使えると踏んでお願いしてみる。
少女は頷き、両手を胸の前で組む。
痛てて、痛いって、え? これって、まさか聖属性?
俺の魂が悲鳴を上げる。
「あはは、ありがとう。でも、あまり無理しないでね? お願いだから……」
少女の正体は後回しだ。
俺は上空に浮いている魔法陣に意識を向け、光線を赤竜に浴びせた。
「二人ともー、ありがとー」
モレーノが炎のブレスを受けながら、こちらに振り向き手を振っている。
もうこの人だけでいいんじゃないかな……
俺の攻撃ではダメージを与えられない。
それでも、絶え間なく降ってくる魔法の光線に対して鬱陶しくなったのか、赤竜はやたらめったら炎を放つ。
俺は少女を守りつつ、時が来るのを待った。
赤竜の尾に火が灯る。
この分かりやすい合図は魔界の竜と同じだ。
「モレーノさーん! そろそろですー!」
「はいよー」
戦闘だというのになんと間の抜けた会話だろうか。
モレーノが追撃を止め、俺は唯一見せても良い特異魔法の準備に入った。
赤竜が、体を冷やすために空へと飛ぶ。
お疲れ様、そしてバイバイ。
「勇の炎」
俺の右手から発せられたこぶし大の白球。
それが当たった赤竜は、白色の炎に焼かれる。
赤より数倍は熱い白。
赤竜が灰となりゆっくりと落ちてくる光景は壮観だった。
この魔法は、俺が勇者であるために作った”勇シリーズ”だ。
我ながら、なかなかに良いものが出来たと思っている。
白をイメージして作ったかいがあったものだ。
いや、勇者の魔法として完璧でしょ?
自画自賛を惜しまない。俺の10年間の魔法学習は、これの設定作りに費やされたと言っても過言ではないのだ。
……冷静に考えると、ちょっと時間を無駄にしすぎたかもしれない。
後悔はいつものことだと諦めていると、赤竜だったものが地面に落ち、完全に動かなくなった。
「おつかれー。いやーすごいね、勇者の魔法って」
モレーノがこちらに戻ってくる。
身を焼かれたというのに焦げ跡が少しついているだけで、外傷は無いように見える。
そして俺の隣にいた少女も両こぶしを握り締め興奮していた。
もっと褒めてくれてもいいのよ?
「いえいえ、皆さんのおかげです」
魔王としての魔法を使えば、眠っている赤竜を丸焦げにすることも可能だ。
今回は赤竜の体温が上がっていたからできた、完璧な勝利だ。
「帰ったら、街で好きな物買っちゃうぞー!」
モレーノが声を上げる。
俺は少女とハイタッチをした。
我は砂糖菓子を所望しま……す……
「モレーノさん、血が……」
「え?」
モレーノの右わき腹に赤色の棘が刺さっていた。
急いで確認する。
赤竜の亡骸があったその場に、二足歩行の魔物が立っていた。