目的
「それなんですけど、俺には分からないんですよね」
テオは少し不服そうだ。
「疑問があるようだな。言ってみろ」
クイは元居た位置に戻り、俺たちを向く。
「エクテさんって、文字通り”最強”じゃないですか。フィアーラはともかく、俺は足手まといになると思うのですが……」
「確かにそうかもしれない」
「あの、お話の途中申し訳ないのですが、エクテさんってどれくらい強いのですか……?」
俺は手をあげて質問をする。
帝国でエクテと再開してからずっと気になっていた。
妹は身体の力が異常に高いだけで、俺の前で魔法を使ったことなどなかった。
それが今や、時間魔法の使用者となっていたのだ。
「フィアーラが知らないのも無理はない。テオ、回答は後だ。まずはエクテの説明をする」
「大丈夫です。俺も、その話は先生からした方がいいと思うので」
クイが指を二度鳴らした。
またもや空間が入れ替わった。
「あれは……」
ここは魔王城”決戦の間”。
空間中央の端に立っている俺たちの右側にエクテ。
そして左側、玉座に座っているのは先代魔王だ。
「これは以前、私の記憶にある魔王とエクテを戦わせたときだ」
クイが指を鳴らすと、止まっていた時が動き出した。
先代魔王が右掌をエクテに向ける。
地面だけでなく空間からも腕が生え、全方位からエクテを襲う。
禍々しい黒い炎を纏ったそれには、触れただけで即死する量の”魔の呪い”が掛けられていた。
「エクテには魔が効かない」
腕がエクテに触れたかに見えた、が光の粒子となって消えた。
先代魔王は魔法を諦め、爪を伸ばす。
そして座ったままの体勢から、一瞬でエクテの背後に移動した。
俺の目だから動きを追えた。
「エクテには力が当たらない」
エクテは振り返りもせず首を左側に傾ける。
次の瞬間、エクテの頭が”あった”位置に先代魔王の爪があった。
「エクテには理が通じない」
いつの間にかエクテの右手に掴まれていた剣。
白と黒、聖と魔、ふたつの色で揺らめいている。
エクテは剣を前に斬り上げる。
先代魔王の背中に閃光が走り、魔の象徴は消え去った。
クイが再度指を鳴らす。
俺たち以外の時間が止まった。
俺は唖然とするしかなかった。
前世で戦った時より強い。
それに、エクテの持っているそれは……
「聖剣なの、か……」
俺の疑問に答える形でクイが話し始める。
「聖属性も元は、魔の派生にすぎない。ただ、人間でここまで根源に近づけた者を、私は見たことがなかった」
「それ聞いたとき、俺も驚きましたよ。確かに”魔”力ですけど……」
「そもそも、私には人間族が魔族を恐れている理由が分からない。貴様らは同じ”人”だろ」
「それなら! それならなんで……魔王を倒そうとなんか……」
俺は思わず声を出してしまった。
クイと俺は、考えが同じだ。
「フィアーラ」
いつも以上に真剣な声音。
クイが俺の前で屈み、感情の灯った瞳で目を見てくる。
「魔王は、違う」
クイの力強い言葉。
俺は負けじと返す。
「クイ先生は、魔王と会ったことがあるのですか?」
エクテと戦わせるためにクイが作った虚像、それは先代魔王だった。
「会ったことはない。ある人の記憶を見ただけだ」
クイの感情に怒気が混じり始める。
それでも俺は引かない。
「誰の記憶ですか?」
「聞いてどうする。貴様はなぜそうも魔王に固持する」
「私は何も知らずに”人”の命を奪いたくないだけです」
クイは俺から視線を外した。
そして立ち上がり、固まっているエクテの方を向く。
しばらくして、口を開いた。
「私の姉だ」
俺はクイの横に立ち、エクテを見る。
俺は何も話さない。
先代魔王が俺に継承をするときまで存命だったことから、理解した。
「姉は失敗した」
クイは一人で話を続ける。
「私にとっては魔王など、どうでもいい。だから今代魔王を見逃していた」
エルフから目的が語られ始めた。
俺が帝国にいる理由だ。
「奴は他の魔族と同じ、世界に興味がない……はあ、それでよかったのに……」
クイがため息をついた。
「私は姉の意思を継ぐだけだ」
いつもの顔に戻ったクイが、指を二度鳴らす。
俺たちは”白い靄”に包まれ、空間を転移した。
「フィア、大丈夫か? さっきからおかしいぞ」
テオが心配そうに聞いてくる。
俺たちは元居た白の空間に戻っていた。
「大丈夫、私には想いが必要だっただけ」
「それならいいけど……」
俺は椅子に座り、前で立っているクイを見る。
「良い目だな。テオ、質問に対する回答はこれだ」
「へ、へえ?」
テオは困惑している。
「なぜ『エクテと共に』と言った理由だ」
「あ、そうですよ! あんなに強いんですよ? 俺なんか必要無いと思うのですが……」
クイがテオの前に立ち、彼の目をじっと見つめる。
「超絶美人さんにじっと見られると、さすがに恥ずかしいな……」
テオが助けを求めるように、俺に視線を向けてきた。
「貴様も良い目をしている」
「いやあ……褒めてもらって嬉しいのですがね、俺は一般帝国民ですよ? 特別な力なんて……」
「大丈夫だ、私が保証しよう」
「は、はあ……ありがとうございます」
クイは元の位置に戻りなが話を続けた。
「だが、エクテはダメだ」
「なんでですか!?」
俺は立ちあがってしまった。
妹を否定されたことに怒っていた。
「ど、どうしたんだよフィア……なんか怖いんだが……」
テオの言葉を無視して俺は訴える。
「エクテさんは私に優しくしてくれました。まだ少ししか会っていませんが、彼女はとても”良い人”です!」
「それは本当か?」
「はい! 私の目に狂いはありません!」
クイが立ち止まり、振り返った。
「そうか……でもダメだ」
「なんで!?」
「確かに魔王なら倒せるかもしれない。しかしフィアーラ、その後はどうだ?」
「どういう意味ですか?」
意味が分からない。
クイの目的は魔王討伐のはずだ。
「エクテは私と同じ目をしている」
「それがどうしたと……」
「エクテには魔を導くことができても、世を導くことはできないということだ」
俺は釈然としないが、クイの言葉を飲み込むしかなかった。
「フィアーラ、テオ、貴様らの目的は”魔導の先”、世界だ。この世を幸せな理想郷に変えてくれ」
クイの瞳に映るは愛の感情。
願いに噓偽りはない。
本当の目的はそっちか……なら、俺の未来は決まっているな。
──勇者に倒されよう。
俺がいなくても、平和な世界になれば野望は達成される。
今後俺がすることは、テオ、そしてエクテの手伝いだ。
クイはあんなことを言っていたが、俺はふたりが世界を優しく征服してくれると信じている。
頃合いを見て、俺の正体を明かす。
そうだ、ソキウス含め、魔王軍の配下にも魔王討伐に参加してもらおう。
有能すぎる相棒だ、事情を説明したら察してくれるはず。
魔族が戦っている姿を見たら、人間も考えを改めるだろう。
人類共通の敵となった魔王が、本物の勇者に倒され、平和な世界が訪れる。
考えてみれば最適な、そして最高な結末だ。
「フィア? なんで泣いてるんだ?」
気がつくと、テオが俺の肩を揺さぶっていた。
「え……あ、これは、平和な、未来を想像していて……」
俺は袖で涙を拭く。
「フィアーラ、貴様は優しい。今は言えないことがあるようだが、いつでも相談してくれ」
クイが反対側の肩に手を置いてきた。
「ありがとうございます」
エルフは敵ではなかった。
彼女らの知識を借りれば、世界征服も現実味を帯びてくる。
「先生が、先生らしいことを言ってる……」
驚いた顔のテオ。
そんな彼の額に指をはじくクイ。
「いってー! 暴力反対」
椅子数十個分は吹き飛ばされたというのに、テオは額に手を当て拗ねているだけだ。
よく見ると、彼の頭からボロボロと鱗のような物が落ちていた。
「新作か?」
「完成したばかりで、まだ調整中ですねー」
鱗を拾い集め戻ってきたテオが、クイと俺にそれらを渡してくる。
「それ、攻撃を感知すると自動で防御魔法が発動されるんだ」
鱗の表面には、びっしりと魔術式が刻まれていた。
王国では最上級に分類されるその魔導具を、弱冠18歳の青年が作ったというのだ。
「テオ、凄いじゃん! 私なんかよりよっぽどすごいって!」
俺は笑顔で、いつも通り笑顔で褒める。
「まだ使い捨てだからな。実用化には程遠いぜ……」
テオもいつも通りのやれやれといった表情を見せる。
「テオ、課題だ。次までに読んでこい」
クイがテオの手の上に分厚い本を乗せた。
「ってこれ! エルフの魔導書じゃないですか!? 勘弁してくださいよー」
「貴様ならできる」
「でた、謎の信頼」
「あの……私には……」
この二人はいつもこんな感じなのだろう。
先生と生徒、日常の光景が俺の不安を流してくれる。
「フィアーラはそうだな、帝都内で美味しい菓子でも探してこい」
「いえ、私にも魔導し……」
「お、楽勝じゃん! フィア、今度俺が案内してやるよ」
「違う、私もエルフの……」
「まかせろ、こう見えて甘党なんだぜ?」
いや、俺はエルフの魔導書が欲しいのだが……
「ふふ……」
俺を元気づけようと頑張っているテオを見ていると、自然と吹き出してしまった。
「お、元気が出たみたいだな。まあ、先生もこんな感じでちょっと堅苦しいが、不器用なだけだから気にすんな」
「貴様、今日調子に乗ってないか? 初めての友人がそんなに……」
「はいはーい! 先生、俺、次の授業があるんで、戻してください!」
クイがため息をつきながらも、指を二度鳴らした。
「じゃあ、またな!」
テオが逃げるように研究室から出て行った。
元の部屋に戻った俺は、その様子を眺めていた。
大丈夫、世界には後を任せられる人がたくさんいる。
俺は覚悟を決めた。
今後も”普通に”生きよう。
妹との最後の時間を楽しもう……
「フィアーラ、次は明日だ」
研究室に残っていた俺に、クイが話しかけてきた。
「明日!? あの、課題は……」
「貴様のものに期日はない」
「ははは……」
クイ先生、テオにとんでもない無理難題を押し付けたな……
第一印象とは違うエルフのイメージ。
俺は彼女のことを知りたくなった。エルフとしてではなく、クイとしてだ。
「クイ先生、一つ質問いいですか?」
「遠慮するな」
「ありがとうございます。クイ先生のお姉さんのことなのですが……」
「ああ、それについてか」
魔王と戦った後、クイの姉がどうなったのか、同じ姉として気になった。
「私の姉は消された。この世界から存在ごとだ」
「そんな……」
「均衡を破り、エルフが世界に干渉したのだ。姉も覚悟していた」
「じゃあ、クイ先生も……」
「私は姉の後を追う、それだけだ」
覚悟を決めているのは俺だけではなかった。
「気にするな。姉は今頃、自分の理想郷でも探しているさ」
「え、生きているんですか?」
「さあな。言えるのは、姉を消したのは妹ってことだ」
クイの口角が少し上がった気がした。
「ふふ、そうですね」
俺はそれ以上聞かず、研究室から出ようとする。
扉を閉めようと、廊下側からクイの方を向く。
「では、失礼しま……」
クイの様子が変だ。
両手を胸の前で組み、祈っている。
「愛してます、お姉様……」
そう言って天を仰いでいるクイの目は、確かにエクテとそっくりだった。




